古代の城
「俺ら勝ったから開くんだよな、ラーフ」
赤い光で出来た障壁を見上げながら、ヴァーユが呟く。
二人は、巨大な建造物の前に居た。三つの国の首都に跨がる、通称〝古代の城〟である。
「ここに神子が居る。ニブルヘイムの人間は通してくれるはずだよ。ほら、こういう風に」
ラーフが腕を通すと障壁も波打ち消える。
「行こう。神子に会えばバロンも息を吹き返すはずだ」
二人は古代の城に足を踏み入れる。ラーフの革靴が床を叩き、金属音を返す。薄暗い通路の足元にはぼんやりと緑色の光が続いている。それに従って奥へと進む。突き当たりにあるエレベーターの扉が開く。
「んだこれ?」
「確か……運搬用の装置だったはずだ。中に入って、数字のボタンを押して、扉を閉じる。すると指定した数字の高さまで自動で運んでくれる。試しに使ってみようか」
エレベーターに入り、ラーフは取り敢えずRを押してみた。すると扉が勝手に閉まり、しばらく機械音が鳴り響いたあと、扉が開いた。エレベーターから出ると、ムスペルヘイムの景色を一望できた。そこから歩くと、どういう仕掛けなのかすぐにパラミナについた。パラミナ側の屋上の左側には、古代の城の近代的な外見には見合わぬ洞穴があった。二人がそこへ行こうとすると、一匹の機甲虫が降りてきた。
黒い体にオレンジ色が差されているその機甲虫は少し俯くと光に包まれ、二人の少年へと姿を変えた。
「んな!?ディディエールが人間になったァ!?」
二人が驚いていると、少年の内、槍を背負った気丈そうな少年が口を開いた。
「失礼。貴殿方を驚かせるつもりはなかったのですが。僕はサーマと申します。こちらの彼はヤジュル。我々は使命の許に、この世界に機甲虫として存在しておりました」
ラーフが問う。
「君らは何のために私たちの前に出てきたんだ」
「まあ……率直に言えば最終決戦のサポート、でしょうか。あと十数分ほどで双神が起動するのはご存じでしょう」
「ああ、もちろん。それの前に戦争を終わらせるためにここまで来たんだからな」
「ええ。ですが、双神は起動します」
「何?私たちがこの戦争の勝者のはずだ」
「双神の起動条件は戦争が終わらぬことではありません。神子とバロンが出会えることが確定的になったときです」
「なぜそれがトリガーになっているんだ?」
「それは神子から教えてもらった方が良いでしょう。付いてきてください」
サーマは二人を促し、洞穴へと入っていく。二人は顔を見合わせたが、一先ず付いていくことにした。
洞穴のなかは淡い光を放つ鉱石がまばらに露出していて、それでぎりぎり視界が確保できていた。
「なあ、サーマ。お前は何もんなんだ?」
ヴァーユがヴァルナを抱え直して問う。
サーマは前を向いたまま答える。
「お二方はヴェヱダというものをご存じでしょうか」
「ヴェヱダ?なんだそりゃ」
「シャングリラ・エデンより始まった全ての歴史を刻む、生きた歴史書というべきものでしょうか。そのヴェヱダには、リグゥ・サーマ・ヤジュル・アタルヴァの四つがあり、纏めて四聖典とも言いますね」
「それがなんだ?」
「我々はその生きた歴史書の二人です。そう遠くない未来起こる全てを賭けた戦いに勝利するため、我らはここにやってきました」
ヤジュルが交代して話す。
「そちらも知っているのでしょうが、この世界とは別の世界からカルブルム、神子、バロンはやって来た。その別世界から更に二つの世界が別れています。その二つの世界に、残りの聖典は向かった」
神子の護所
洞穴を抜けると、大きな空洞へ出た。鉱石の放つ蒼光の中に、一人の少女が佇んでいた。
「あれが神子……?」
ラーフが呟く。青い髪の少女はその声に振り向く。
「待っていたわ。まずはその二人を治療しましょ。そこに寝かせて」
ラーフとヴァーユは神子の前に二人を置く。神子は目を閉じ、手を翳す。すると二人の傷が一瞬で塞がり、目を覚ます。
バロンはサッと起き上がると、神子をまじまじと見つめる。
「……エリアル!」
バロンは神子、もといエリアルを抱き締める。
「わ……ちょっバロン!みんな見てるから!」
「……あ、ああ。そうだった」
バロンは少し照れながらエリアルを離す。
「……ここは?」
ヴァーユが返す。
「神子の護所だろ。俺も初めて見たけど」
ラーフが付け加える。
「私たちが運んできたんだ、アジュニャーから」
「……そうか。ありがとう、二人とも」
ヴァルナが起き上がり、ラーフに問う。
「さっきぼんやりと聞いていたが、神子に聞くべきことがあるのだろう、ラーフ、ヴァーユ」
「あ、そういやな。神子、お前がバロンと会うことがトリガーになって双神の戦いが起こるって聞いたんだが、それは本当なのか?」
エリアルは頷く。
「元々、この世界はバロンと私が作った世界なの。ギリシャの大英雄にして、最強の機甲虫たるヘラクレスにね。ヘラクレスが求めたのは究極の強さ。そのために、こうやってただひたすら戦乱を起こすための世界になっていた。でも、この世界はその強さゆえに次第に狂竜王の実験場になっていった。そう、私をトロフィーのように仕立てあげたり、不死となることで終わらない戦争を繰り返すように。それを止めるために、まず私は
「……ちょっと待てエリアル。今回の世界のバロンとはどういうことだ」
「そのままの意味よ。世界は巡り巡って何度も生まれ変わる。貴方はその世界輪廻の中心、宙核の化身。始源世界で交わした契約により、私と貴方は絶対に結ばれるようにできている。宙核としての力を行使するにはこの世の外側にあるニルヴァーナに行く必要がある。そうすれば、狂竜王の支配から逃れることができると思ってたんだけど……それを読まれて私とバロンが会うことをトリガーにされたのよ。私には双神をコントロールする手段なんてないし」
「……では僕がニルヴァーナに行けばどうにかなるのか?」
「ええ。でも今からでは間に合わないわ。この世界のニルヴァーナは古代世界・日本・福岡県・折那区の上空に固定されてるわ。もし仮にこちらからDAAにアクセスできたとしても、DAAがあるのはイギリスの地下。とてもじゃないけど、古代世界より圧倒的に速く時間の進むこの世界の崩壊に間に合わせることはできない。でも策はあるわ、安心して」
ラーフが眼鏡の位置を直す。
「策とは?」
「双神はある種の機械のようなものよ。起動したら、この護所を目指す。けれど、地形には従い、パラミナの地に辿り着いた時点でパラミナに封印されている角竜王と交戦する。つまり、みんなで進路を妨害してパラミナへ誘い込めば、時間稼ぎができる」
「……時間稼ぎでは意味がないのではないか、エリアル」
「いいえ、大丈夫よ。双神は質の低いシフルで形作られた泥人形だもの。シフルの力で出力に問題は無くても、存在証明がどんどん薄れていくわ」
「……専門用語で捲し立てられているみたいだ」
「要は時間が経てば勝手に死ぬってこと。でも、連峰が続いてるニブルヘイムならまだしも、平坦な溶岩平地が続くムスペルヘイムでは厳しいわ。そこはまた別に策を考えなくちゃ――」
突然、凄まじい振動がやってくる。
「来ました」
サーマが呟く。
「……来るか……!」