アジュニャー内部
「パラワンが死んだか」
バンギは表情一つ変えない。
「ええ。やはりこの戦争から死者が出るようになったのは、狂竜王が原因でしょうか」
ディディエールは小首を傾げる。
「あの騎士は〝結審〟が下ったと」
「結審……それは一体?」
「恐らくはこの世界に伝わる黒き神と白き神の決戦の話だろう。狂竜王が渡して来たこの異世界の道具、〝トケイ〟によればあと〝ヨジカン〟、つまりはこの短い針が四つ進めば神が動き出すらしい」
バンギが立ち上がる。
「狂竜王!入ってくるがよい!」
そう叫ぶと機械仕掛けの扉が上がり、黒馬に乗った騎士が現れた。
「原初世界のタンガロア遺跡もこのような仕掛けであったか。懐かしいものよ。帝王よ、パラワンとの戦いで鋼の竜は天使の子の力を呼び起こした。そなたはどうするのだ?」
「ならば真正面より砕く。狂竜王、我がムスペルの兵を武装解除させるのだ」
「帝王よ、それだけでよいのか」
「我が求めるはムスペルヘイムの未来。神子ではない」
「了解した」
「ディディエール、真の主の許へ帰るがよい。我につく必要はない」
ディディエールはそれを聞くと、狂竜王と共に外へ出ていった。が、狂竜王は黒馬を置いていった。
「なるほど、汝が我が戦いを見届けるか」
バンギは外へ出て、黒馬も従った。
ムスペルヘイム首都・アジュニャー
「……ここがアジュニャー?」
溶岩地帯の中に、鋼鉄で出来た神殿があった。
バロンの問いに、カルブルムが答える。
「ここだ。タンガロアと呼ばれる遺跡を改造して作ったらしい」
「……行こう」
五人は長い直線の通路をしばらく歩いた。大きな階段を眼前に捉えたとき、広場に出た。
「ようバロン。待ってたぜ」
アグニが階段から降りてくる。
「……また負けるためにか」
「確かに俺は、テメエに一回も勝ったことがねえ。テメエが記憶を失う前からずっとな。だがな、重要なのはそこじゃねえ。戦いの勝ち負けなんざどうでもいい。俺はテメエに勝つ。バロン・エウレカを真正面から否定し打ち砕くこと、それが俺の望みだ」
「……そろそろお前にも止めを刺さねばなるまい。みんな、すまないがタイマンでやらせてくれ」
四人は同意する。
「ハハッ、血管が破裂しそうだ!早く炎を撃ちたくて堪らねえ!」
「……この戦いを終わらせる」
二人は一定の距離を保ちつつ、広場の左右へ移動する。
「誰にも邪魔はさせねえ」
「……同感だ」
二人が同時に構える。
「いざ尋常に!」
炎と闘気が入り乱れ、二人の拳が激突する。
「おおおおおおおおっ!」
アグニが打ち勝ち、バロンの拳甲の皮と肉が引き千切られる。そのまま拳はバロンへ進むが、バロンは壊された手でその拳を上へ逸らし、もう片方の腕で拳を放つ。後退するアグニへ闘気を打ち出し、アグニはそれを怨愛の炎で撃ち破る。もう一度二人は拳をぶつけ合い、それを合図に猛ラッシュを叩き込み合う。
「……そこだッ!」
「甘いッ!」
バロンが放った拳よりも速く、アグニが数発の拳を与える。バロンが空中へ逃げる。
「あん時のお返しだぁ!」
バロンを空中で炎に巻き、無防備な体に渾身の連打を叩き込み、止めに蹴りで叩き落とす。アグニは着地し、落下点へ近付く。
「どうだバロン!リベンジを果たされた気分は!」
「……なるほど、リベンジ、リベンジか……」
落下点が弾け、バロンが立ち上がる。
「あ?」
「……そんなものに拘るからお前はいつも負けるんだ。過去から学ぶことは重要だが、過去に囚われてしまったら未来に進めない」
「なんだと?」
「……こういうことだ」
バロンの拳がアグニの顔にめり込み、続けて連打が体に叩き込まれて吹き飛ばし、倒れたアグニへ拳を放つ。
その拳はアグニの頭の少し横へ刺さっていた。煙を上げる拳を、バロンは引き抜く。
「止めを……外したのか……」
「……お前は強いが、絶対に僕には勝てない。だから止めを刺す必要もなくなった」
バロンは立ち上がる。ヴァルナたちへ視線をやり、階段を上がる。
上がった先には、紋様のような溝に溶岩の流れる先程の広場の数倍の大きさの場所だった。
その中央に、一人の男が立っていた。
「待っていたぞ、バロン」
「……お前がバンギか」
「いかにも。我こそがムスペルヘイムの王、ヴァナ=ギラス・ヨーギナである。バロン、まずは汝を讃えよう。記憶を失いながらも、よくぞここまで辿り着いた」
「……僕だけの力じゃない」
「わかっている。その上で汝を讃えているのだ。汝が居なければ、この世界は動かなかった。汝がこの世界に現れたことで神子が本気でこの世界を、この戦いを終えるために命の制限を取り付けたのだ」
「……どういうことだ」
「今言った通りだ。神子がこの世界を終えようとしている。そのことと汝がどう関係しているのかはわからぬがな。汝がここまで来た、それはこの世界の終わりが近いことを表している」
「……それが双神による世界の滅びだと」
「そうともいう。さて、強者には礼をせねばならぬ。それがムスペルヘイムの礼儀だ。既にムスペルヘイムの全兵力は汝らに投降した。この戦いは汝らの勝ちである。だが――」
周囲に異様な気が漂う。バロンは悪寒を覚え、震え出す。
「汝らは戦わねばならぬ。この我と。これを見よ」
バンギは一つの金属片を取り出す。
「アロンダイト!?」
バロン以外の四人が驚く。
「……なんだ、あれは」
ラーフが震えた声を出す。
「あれはアロンダイト……エンブルムの使っていた剣……!」
「……まさかそれで連絡がつかなかったのか」
「そうだ。我が倒した。どういうつもりだったのかは知らんが、たった一人で我に挑もうなど笑止千万」
「黙れェッ!」
ヴァルナが飛び出す。バンギが投げたアロンダイトの欠片を弾き飛ばし、氷剣で切りかかる。
「怒りは刃を鈍らせる」
「黙れ!エンブルムはまことの武人、貴様とは違うッ!」
バンギはひどく気の毒そうな顔をした。
「主君の闇すら見抜けぬ阿呆とは」
バンギが軽く左腕を振るう。凄まじい衝撃で氷剣が砕け、ヴァルナが吹き飛ぶ。
「ぐああああっ!?」
「バロン、汝はクロザキとやらと融合し、本当の汝となった。我にはなんのことかさっぱりだが、少なくともひとつ言えるのは」
バンギがマントを脱ぎ捨てる。
「この世界は、汝と神子が巡り会うために存在していたのではない。誰もが全身全霊で戦ったこの世界、断じてそんな下らぬことのためにあるのではない」
バンギは目を見開く。
「だが、戦いに私怨は不要。汝らと我、どちらがより強いのか、純然なる力比べだ」
バンギがゆっくりと歩き始める。ヴァーユが一瞬で接近し、切りつける。が、刀は容易に止められ、素手で折られる。追撃をヴァーユはぎりぎりで避け、折れた刀を投げつける。既にヴァーユのことなど視界から外したバンギは闘気を発するだけで弾く。
「……ラーフ、カルブルム、頼むぞ」
カルブルムが大きく仰け反り、渾身のビームをエクスカリバーから放つ。バロンはその波に乗ってバンギへ飛ぶ。
「……ハァァァァッ!」
エクスカリバーのビームはバンギの闘気に沿って二つに分かれる。
「……でぇい!」
バロンの拳がバンギの拳と激突し、溝を流れる溶岩が全て消し飛ぶ。爆発的な闘気の流れでヴァルナたちが吹き飛びそうになるが、ラーフが岩で壁を作り上げて止める。
「……くぅっ……!なんてふざけたパワーだ……!」
バロンは直ぐ様拳に鋼を流し、無理矢理バンギの拳と己の拳を拮抗させる。
「この程度か、バロン!」
「……いいや……!」
バロンの拳がバンギの拳を弾き飛ばし、高速の反撃を放つ。
「温いわ!ぬあああっ!」
それより速く、バロンの胸を剛拳が打つ。骨が粉々になり、鈍痛が全身を駆け巡る。耐えることすら許されないその暴威に瞬時に床に叩きつけられる。
「どうやら神子の力の残り香も限界のようだな」
「…………ぐふっ……まだだ、まだ勝敗は決していないぞ、バンギ……!」
バロンが立ち上がる。
「……僕はエリアルに色々聞かなくちゃならないんだ……!」
「良かろう。汝の戦う意志を尊重しよう」
再び、二人の拳が激突する。床は歪にひしゃげ、無数の破片が激しい闘気の流れに乗って消えていく。
「……オオオオオオオオッ!」
バロンは今までにないほどの膨大な闘気を放ち、拳に更なる力を注ぐ。
「うっ……くぅ……弱い……余りにも弱い!」
涙を零しながら、バンギが呟く。
「やはりこの世界は飯事ということか!」
恐るべき剛拳が再びバロンの拳をぶち壊し、全身を打ち砕く。バロンの体は宙を舞い、ラーフの前に落ちる。
「カルブルムよ。汝はこの程度の男のために命を、兵を、パラミナを差し出したのか?」
「許せバンギ。私は神子とバロンを会わせねばならない義務がある。ここでこの男を死なせるわけにはいかん」
「汝も神子に与するか。まぁ良い。そんなことは些細な問題よ。ここで汝とも雌雄を決してくれるわ」
「先程の
「手緩い」
「やはりか。一体どこにそんな力が……」
「才という他ない」
カルブルムがバンギとの距離を詰める。
「ラーフ、バロンを抱えてエリアルのところへ行け。ヴァーユはヴァルナを」
二人は指定された人間を抱え、バンギを通りすぎる。
「どうしてバロンに止めを刺さなかった」
「女の亡霊に憑かれ、眼前の敵を見失う男など、殺す価値もない。汝はどうなのだ。神子に何の価値を見出だした」
「娘が、家族が出来ればわかるさ。自分を犠牲にしてでも助けたくなる気持ちがな」
「愚か者め。情を持てば戦士の力は鈍る。バロンのようにな」
「違うな。守るべきものは、何にも変えがたい力をくれる」
両者が睨み合う。
「いざ……」
「行くぞ、カルブルム!」
エクスカリバーが闘気の渦を放ち、バンギと打ち合う。一切押し負けず、むしろ出力を上げて連続で切りつけるカルブルムに対し、重く堅実な反撃を重ねるバンギ。二人はかすり傷一つ負わない。
「流石の剣術だ、カルブルム」
「そちらこそな。バロンもリッチーもそうだが、一体素手のどこにそんなパワーがあるのやら」
談笑を交わしつつ、瞬間的な殺意をぶつけあう。