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その3 第三話

 ――……――……――

 遠く、思考の向こうに何かが見える。

「……エリアル、彼の望みを果たしたいと君は言った」

 男は水晶の椅子に座り、月光に照らされていた。

「ええ。彼……ヘラクレスは、正しさと強さを併せ持った素敵なヒトよ」

 少女は水晶の椅子に座り、夕日に照らされていた。

 薄水が張られた水晶の上で、二人は穏やかに話していた。

「……わかった。君が言うのなら、彼は素晴らしいのだろう。叶えよう。ヘラクレスの、永遠の戦いの望みを」

 男は立ち上がると、夜と黄昏の合間へと歩いていった。

 ――……――……――


 ムスペルヘイム・ツェリノ

 記憶が白けて、気がつくと要塞の前にいた。

「……ここは」

「ツェリノだ」

 ヴァルナが装備を整える。先程のグロズニィと違い、多くの機甲虫が飛び回っていた。

「ここを落とせばあとは首都アジュニャーだけだ」

 カルブルムが四人の方を向く。

「準備はいいな」

 全員で要塞へと侵入する。と同時に、無数の機甲虫が降下する。偏平な体のそれは、パラワン直属の機甲虫、鉄騎隊だった。鉄騎隊の機甲虫は着地すると直ぐに動き出し、先陣を切るヴァーユと顎で打ち合う。機甲虫は、ヴァーユの刀を弾き返し顎を捻り込む。それをヴァーユは避け、一歩退き、目にも止まらぬ斬撃で切り捌く。続いてヴァルナとカルブルムも機甲虫に攻撃を加える。それと同時に、鳴り響くサイレンに乗じて爆音の放送が響き渡る。

「バロン!ここまで来い!決着をつけるぞ!」

 響く声はパラワンのものだった。機甲虫の群れは初めからそうするつもりだったのか、全方位に隙がないように見える陣形ながら、バロンの前は僅かに隙間があった。バロンはそれに気付くと、ラーフと顔を見合わす。

「行け、バロン。戦士の命は望まれる死闘で絶たれるべきだ」

 バロンは頷くと、機甲虫の陣形の隙間を縫って駆けた。要塞の城門を粉砕し、そのまま突き進んで要塞内の中央へ突き進んだ。すると、溶岩で満たされた巨大な管のある部屋に辿り着いた。

 薄いオレンジの輝きの前に、一匹の機甲虫が居た。左顎の折れた偏平な機甲虫、パラワンだ。

「来たか。どうだ、私の隊は。私の手足として動く、寸分の狂いもないムスペル最強の部隊だ」

「……だがあいつらには勝てない。わかっているはずだ」

「それがどうした。この戦い、元より勝ちは無い。バンギ様は私に好きに果てよと言った。それは戦士として誇り高く死ねということだ。ならば私の隊も、同じ定めだ」

「……了解した。お前とはここでお別れだ。どういう結果になろうと」

「ああ、今までどれだけ傷ついても喜びなどなかったのに。死ねることに気付いてから、この体が震えて堪らない。教えてくれ、バロン。貴様は別世界の人間なんだろう?死ぬとどうなる。この震えはなんだ?」

「……それは誰にもわからない。だからこそ、僕はこうやって死んだものの遺志を引き継ぐ。戦いによって」

 パラワンは器用に前足を使って左顎の包帯を解く。思い切り身震いし、暗黒闘気を放つ。

「では始めよう。死を臨む、世界の淵でな」

 パラワンは頭を振るう。暗黒闘気の真空刃がバロンへ飛ぶ。バロンは拳でそれを弾き飛ばし、猛進する。拳が届く距離まで詰めて、闘気を槍に変えて放つ。パラワンも右顎から同じようにして闘気の槍を放ち、相殺して爆発させる。そして顎を振り抜いてバロンの拳と競り合う。鋭さを増したパラワンの顎はバロンの拳へめり込み、血潮を滲ませる。

「死ぬことはわからなくても、生きていることはわかる!」

「……そうだな。僕たちは、この戦いで生きている。僕たちにはそれが正しい」

 パラワンに傷つけられる拳を闘気を流して回復しながら、ひたすら押し返す。そして顎の間に向けて蹴りを叩き込む。パラワンは怯まずに前足を丸めて拳を放つ。蹴りで僅かに隙が出来たバロンは避けることが出来ずに腹に拳がクリーンヒットする。機甲虫特有の鋭い前足はバロンの腹を抉り、血を吹き溢す。バロンはパラワンの前足を掴み引き抜いて至近距離で拳を放ち、パラワンの右顎を折り飛ばす。続いてもう一度顎の間に蹴りをぶつけ、パラワンの頭部に皹を入れる。パラワンは飛び退き、頭をもたげる。

「ぐっ……私は……私は……まだだ……!」

 パラワンから暗黒闘気がフッと退き、代わりに眩い閃光が放たれ始める。そして次第に、折れた顎を復元するかのように闘気が刃となっていく。

「……バカな、これは……」

「なんだこれは!?」

 パラワンの顎を伝う闘気は噴水のように揺らめき、その勢いを増していく。


 神子の護所

「これは……」

 狂竜王は何かを感じ取って空を見つめる。

「主、どうしたのじゃ」

 レッドライダーが狂竜王へ近寄り跪く。狂竜王はレッドライダーを見ると、すぐに口を開く。

「レッドライダー。私は出る。しばらく留守とするが、私以外は例えエンブルムであろうが、レベンであろうが、他の騎士であろうが切り捨てよ。今神子の身を脅かすわけにはいかん」

 それだけ言うと、狂竜王は巨大な黒馬を現出させ、それに跨がってガルガンチュアから駆けていった。

「主がああ言うのなら正しいことなんじゃろう。はてさて、此度は終幕か、それとも結末か……それとも黒が乱れ掻き消えるか……どのような最後であろうとも、我ら黙示録の四騎士はあなたの剣であり続ける。

 それはそうと、お主は何をしておる」

 レッドライダーがドスの効いた声で横へ視線を流すと、岩影から赤い髪の幼い少女、レベンが姿を現した。

「そんなに怖い声出したらダメだよー」

「癪に障る。近寄るな、牝犬が。痴情に狂った貴様が我らの仲間であることそのものが吐き気を催す」

 レッドライダーはレベンに吐きかけるように暴言を発し、レベンは少し悲しげな表情をすると、腕に布を巻き付け出す。

「そんなこと言うなら私だって怒っちゃうもん!」

「クソアマが……!」

 レッドライダーは剣を引き抜き、構える。レベンは布を放ち、それは巨大な腕のように五本に分かれ、拳を形作って放たれる。レッドライダーは軽々とそれを往なし、早々に足払いでレベンを倒し、首を掴んで護所の奥へ放り投げる。

「全く……女というものは信用ならん。この世の悪徳とは、全て女と言っても差し支えない」

 神子は正座のまま、そう呟くレッドライダーを眺めていた。


 ムスペルヘイム・ツェリノ

「ふっ……ふはははは!バロン!これが純粋な闘気か!そうか、こんな感覚なのか!」

 パラワンが歓喜に包まれて叫ぶ。顎の形に湧き出た闘気は炎のように揺らめいて、どんどん勢いを増していく。

「……これが命の輝き、天使の子の力」

 バロンは足を広げ、しっかりと床を捉える。

「行くぞバロン!これが命、死を知らなかった我らが宿した、永遠の輝き!」

 パラワンが羽を広げ、バロンへ飛ぶ。バロンは右腕を放ち、パラワンの大顎と火花を散らす。バロンは至近に見えるパラワンの機甲虫特有の大きな複眼を覗き込んで、そこから放たれる殺気を感じて怯む。それと同時に、パラワンの闘気が更に勢いを増し、バロンを焼き焦がしながら吹き飛ばす。バロンは転がりながら立て直し、追撃で飛んで来たパラワンの攻撃をかわして羽を開いて露出している腹を狙う。パラワンは闘気を地面に突き刺し、無理矢理反転しバロンの拳を頭で受ける。そのまま空中で組み合い、前足でバロンを掴んで鋼鉄の床に叩きつける。パラワンがバロンへ向けて大顎を叩きつけ、バロンは両腕でそれを防ぐ。バロンの腕から溢れる闘気は、次第に光へと変わっていく。

「死ねぇっ!」

 パラワンの大顎が床をズタズタに引き裂き、パラワンは背中が焦げる感覚を覚えた。そして発生点の知れない光が視界を一瞬包み込む。バロンはパラワンの後ろに居た。

「バカな!あの状況から逃げられるなど!」

 バロンは振り返る。

「……(今の感覚は一体……)パラワン、勝負を続けようか」

「ちっ、下らん大道芸だ。私の優位は変わらん!」

 大顎を振り抜き、真空刃がバロンの居た場所を切り刻む。が、パラワンの視界には光しか映らず更には左目が焼け焦げて見えなくなる。

「うく……貴様、何を隠していた!」

「……不思議な感覚だ。僕自身はこんな技を使えたという記憶はないのに、戦うという本能だけで、ここまで戦えるなんて」

「何」

「……不思議だ、それしか言いようがない」

 闘気の大顎とバロンの足が交錯し、大爆発して背後の動力炉が弾ける。

「……僕たちはこうして命を賭け合う。その対価に生きる喜びを得る!」

「それには同感だ!」

 流れ出る溶岩を闘気で弾き飛ばして、大顎を捻じ込み突き刺す。バロンは避けず、そのまま腹を貫かせる。

「な……に……?」

「……決着といこうか。ぬあああああああっ!」

 闘気の大顎を掴み、更に深く腹を貫かせる。折れた大顎の根本まで達して、バロンが拳を振り下ろす。パラワンはバロンから流れ出る血の反射する溶岩の光に飲まれて呆けて、その拳をモロに受けて顔面を崩壊させる。

「あぁっ……ぐはっ……」

「……勝負……あったな」

 闘気が失せて、バロンは腹から大量の血を流す。が、それはすぐに傷が塞がったことで止まる。パラワンの大きな体を抱えて、バロンは闘気で溶岩を吹き飛ばしながら歩く。

「バ……ロン……」

「……せめて最後は、ちゃんと弔うべきだろう」

「断る……」

 パラワンはバロンの腕から滑り落ちると、そのまま溶岩の中へと落ちていく。

「……」

 バロンは急いで溶岩に沈む部屋から出た。




「止めだ!」

 ヴァーユの刀が機甲虫を串刺しにして、その命を絶つ。

「バロンは!」

 辺りを見回す。ヴァルナやカルブルムとも視線を合わせ、機甲虫の死体の山を踏み越えて要塞の中へ歩きだそうとしたとき、バロンが中から駆けてきた。

「何があった!」

「……ああヴァーユ。走ろうか」

「マジか」

「……マジだ」

 その場の全員が要塞の入り口へと走り出す。ちょうど、要塞から出たところで流れ出た溶岩にじわじわと内部が飲まれていった。

「……次は首都か」

 ヴァルナが頷く。

「そうだ。あとはアジュニャーを残すのみ」

「……時間は」

「あと四時間」

「……移動にどれくらいかかる」

「一時間といったところだ」

「……時間が惜しいな。ところでラーフ、バンギに対する策はあるのか?」

 ラーフは真顔になる。

「ない」

「……ない?」

「バンギなど、エンブルムでさえ正面衝突を避けるような化け物だ。例え溶岩に落ちようが心臓を貫かれようが動いて獅子奮迅の振る舞いを見せたこともある。だが技の面で言えば同格程度のはずだから、そこはもう気合いの問題だ」

「……き、気合い……今更だが、本当に今までの作戦は意味があったのか?」

「わからん。私たちも、なぜ戦わねばならないのかわかってないからね」

「……まあいい。全てエリアルに……神子に聞こう」

 五人は要塞を後にした。

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