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その3 第一話

 ムスペルヘイム国境

「コーカサスは居なくなったか」

 ヴァルナが砂竜から降りると、国境からパラミナの砂漠を見渡す。ラーフが眼鏡の位置を戻し、手持ちの端末を開く。ホログラフのようなものが現れて、そこに地図が浮かび上がる。

「ムスペルヘイムは首都アジュニャーに辿り着くまでに二つの要塞がある。しかもムスペルヘイムは全域が溶岩地帯になっている。パラミナはニブル・ムスペル両国の間にあるために比較的過ごしやすい気温だが、ムスペルヘイムは正真正銘、灼熱地獄だ」

 カルブルムが更に補足する。

「ラーフが言った二つの要塞だが、一つはグロズニィ、もう一つはツェリノという名前だ。どちらも大量の動力炉で稼働しているが、溶岩が吹き出るホットスポットを塞ぐように建造されている。どう見てもデメリットしかないのだが……動力炉を破壊して進むのが最も手早く終わるはずだ」

 ラーフが続ける。

「カルブルムの言うとおり、ムスペルヘイムの要塞はホットスポットの上にある。動力炉を止めれば、動力炉で処理できなくなったエネルギー源の溶岩が暴発して要塞は吹き飛ぶ。要塞は機甲虫を生産しているところだ、破壊するのが適当だろう」

 ヴァーユが口を挟む。

「まあそれはいいんだけどよ、エンブルムと連絡がつかねえのはどういうことだ?」

 バロンは新しく着た服の調整をすると、ムスペルヘイムの方を見る。

「……だが国境からガルガンチュアに戻るとなれば相当の時間がかかる。このタイミングでもたつくわけにもいかない」

「背に腹は変えられねえってか。まあ今の状況でエンブルムを倒せるようなやつがウチを襲撃するとも考えにきーしな」

 五人は国境を越え、若干溶けている岩石の大地の上に足を踏み入れた。

 ムスペルヘイムの大地は草木の一本もなく、ただ淡いオレンジ色の光が赤黒い岩石の隙間から涌き出ている光景が無限に続いている。

「さて、お出迎えのようだな」

 カルブルムが空を見て呟く。三匹の機甲虫が遠くから飛んできているのが見える。

「なんだザコじゃねえか」

「ああ、ならヴァーユが一人で倒せるか」

 ラーフがヴァーユを見て少し意地の悪い笑みを浮かべる。

「んだよきもい顔しやがって」

「……ああ、なるほど」

「バロンまでなんだよ」

 三匹の機甲虫は姿形が把握できるまで近づくと、腹部から脚を展開する。溶岩の光と日光を反射して黒光りする体は存在感を示す。

「げえ!?リッパーかよ!」

「……まあ雑魚には変わりない。油断は禁物だが」

「ええい!俺が叩き切ってやるよ!」

 飛んでくるリッパーに向けてヴァーユが走り、先頭に居たリッパーを一撃で両断する。二つに別れた死体はしばらく宙を前進したあと落下し、地面の溝の溶岩に落ちて溶けた。続く二体のリッパーはそれを見て着地、ヴァーユへ進む。

「ぎゃああああああ!?バロンバロン!」

「……仕方ない」

 叫ぶヴァーユを尻目に、バロンはリッパーに拳を叩き込む。リッパーは腹をぐちゃぐちゃにされたが、平然と起き上がる。バロンはそれを見て、ポツリ呟く。

「……誰が相手でも手を抜くのは無礼だな」

 バロンは殴り飛ばしたのとは別のリッパーの攻撃を避け、頭部にアッパーをめり込ませる。そして一歩踏み込み、撃掌をリッパーの腹に重ねる。鈍い衝撃がリッパーの体内をボロボロにして、内蔵を吹き出してリッパーが崩れる。そして殴り飛ばした方のリッパーに裏拳をぶつけ、鋼をリッパーの体内に流し込んで止めを刺す。

「ふぃ~、やっぱ雑魚だな!」

 ヴァーユが何事も無かったかのように清々しい笑顔を振り撒く。

「……君の刀で両断すれば一撃なのだから、僕を戦わせなくてもよかっただろう」

「きもいやつはきもいんだよ」

「……行こう」


 神子の護所

「我が王よ」

 エンブルムが膝を折り、跪く。淡い光に照らされた中で、狂竜王はただ直立していた。

「用件を聞こう」

「アグラヴェインの記憶を復元しました」

「ふむ」

「いずれはやつを再び円卓に加えることも可能かと」

 狂竜王は僅かにエンブルムへ顔を向ける。

「そなたは彼が円卓に必要であると?」

「いえ……アーサーなどという愚物に付き従った騎士に存在意義などない。モルドレッドは六罪の化身に丁度良いものでしたが、それ以外は……」

 狂竜王はすり寄ってきたレベンの頭を撫でながら、エンブルムへ向き直る。

「エンブルムよ。そなたは何を望む。そなたは原初世界で私のシャングリラへ迷い込み力を得たが、この長い輪廻の中で、そなたが自らの望みを語ることは無かった」

 エンブルムは顔を上げ、狂竜王と目を合わせる。

「人間を滅ぼすこと」

「そうか。それには、そなたも含まれるのか?」

「当然。人間などという浅ましい種族が繁栄するなど本来あり得てはならないのです。それならば、物言わぬ|焦げた妄人<<ドリーマー>>にしてしまった方がいい」

 狂竜王はそれを聞いて優雅に笑う。

「そなたを不義の騎士と言う者は多かったが、私から見ればそなたほど忠に厚いものも居るまい。己の真心にのみ忠を尽くし、己のために剣を振るう。真の忠義の騎士よな」

「勿体無きお言葉。我が王よ、僭越ながら、一つ願いが」

「ほう。出来る限り叶えよう」

 エンブルムは立ち上がり、尚も上回る身長の狂竜王を見上げる。

「禁呪の許可を」

「アロンダイトを使うというのか?あのような玩具、そなたの力を縛るだけと思うが」

「しかし王よ。このアロンダイトを上手く使えば、彼らを結末へ導く第一歩となるでしょう」

「では何か策があると。よい、私はそなたを信じている。存分に暴れよ」

 エンブルムは肉厚の両刃剣を受け取ると、腰に提げ、正面を向いたまま一歩下がり、狂竜王に深く礼をしてから踵を返す。護所から出る直前、レッドライダーに遭遇する。

「おお、ランスロット卿。アロンダイトなど当の昔に捨てたと思っておったのじゃが」

「少しばかり愚策を思い付いたものでね。少々急いでいる」

「うむ。気をつけてな」


 ムスペルヘイム・炎火ノ原

 溶岩地帯を歩いていく一行は、要塞を遠くに見据えたとき、気配を感じて後退する。極彩色の翼が、一行の前に舞い降りる。

「アーヴェス!」

 カルブルムが名を呼ぶと、極彩色の翼を脱ぎ捨ててアーヴェスが姿を現す。アーヴェスは黒い革の鎧に、鎖を結びつけていた。

「どうしてお前がここに……」

「なに、単純なことだ。今お前らがバンギの下へ辿り着くのはまずいんだよ」

「……ここは僕が行こう。止めを刺す」

 アーヴェスが構えを取り、流れるように指で空をなぞる。

「俺に退く道はない」

「……僕たちもだ」

 アーヴェスが軽く手を振ると、鋭利な空気の刃がバロンの鼻先を掠める。バロンは回避に専念し、アーヴェスは鋭く突きを繰り返す。僅かにバロンの体を刻んでいるように見えて、かなり深くバロンの体に傷をつけていく。アーヴェスの放つ突きの威力が僅かに乱れた瞬間、バロンはアーヴェスの腕を掴む。そしてその至近距離のまま、掌底を放つ。アーヴェスの体に強烈な衝撃が走り、焼け焦げる。アーヴェスは飛び退く。

「ぐっ……」

 アーヴェスが膝を折り、崩れる。

「ゾルグの撃掌にリッチーの闘気槍を組み合わせたのか……!」

「……何者でもない僕は、戦いの中で自分を作る。この技も、僕と戦った者たちから僕が手にしたものだ」

「クハハハハ……それでこそバロン、ニブルヘイム最強の勇士!」

 アーヴェスは一気に間合いを詰め、強烈な真空刃を放つ。ムスペルヘイムの大地を縦横無尽に引き裂き、バロンの右脇腹から首、頬にかけてを切り裂く。しかしバロンはあえて距離を詰め、反動をつけずに蹴りを放つ。度肝を抜かれたアーヴェスの腹に一文字の傷を付け、追撃にもう一蹴り放ち、それを防いだアーヴェスの右腕の肘から上を粉砕する。アーヴェスは砕かれた右腕を左手で切り落とし、左腕一本を地面に叩きつけて宙へ飛ぶ。バロンも宙へ飛び、空中で身を擦り合わせ蹴りで交差する。そして落下する途中、アーヴェスはバロンの足に自らの左腕を捻り込む。そのまま地面に突き刺し、バロンを釘付けにする。

「……どういうつもりだ」

「こういうのはゾルグの方が得意なんだがな、背に腹はかえられん」

「……一体何を」

「戦況は沈黙した」

 アーヴェスはバロンの足に左手を突き刺し、バロンは膝立ちで構えているという奇妙な姿勢で、戦闘は硬直した。

「ん?なんで二人とも動かねえんだ?」

 ヴァーユが不思議そうな顔をする。

「アーヴェスの手が今まで傷つけた地面の噴出口になろうとしている。今バロンが動き、アーヴェスの手を退かせば、溶岩が溢れ出てアーヴェスはバロン諸共死ぬ」

 ヴァルナが冷静に解説する。

 アーヴェスの表情が次第に崩れていく。それに比例して、バロンの足裏に感じる熱も激しくなっていく。

 両者が大粒の汗を垂らして、静寂の中で耐え続ける。


 ムスペルヘイム・アジュニャー

「バンギ」

 エンブルムが真っ黒な鎧を着て、薄暗いバンギの玉座の前に現れる。

「汝が出向くとは、珍しいものだな」

「まさに時代が動かんとしているのだ、我らもそろそろ雌雄を決する時であろう?」

 エンブルムはアロンダイトを抜くと、仰々しくバンギへ向ける。

「さあ、行くぞバンギ」

「汝がその玩具を使う姿をまた見ることになろうとはな。心境の変化か」

「私も多少は情熱的でね。頑張る若者には影響されるのだよ」

「底の知れん男だ」

「それはお互い様だ」

 エンブルムが切りかかる。バンギは難なくそれを片腕で受け止め、もう片方の腕で闘気を放つ。エンブルムの鎧がひび割れ、その体が大きく後退する。エンブルムはアロンダイトから光を放ち、踏み込み切り上げる。バンギは拳を振り下ろし、アロンダイトをへし折る。エンブルムはその瞬間にアロンダイトを手放し、バンギから発せられる激流のような闘気を受け流し、拳を放つ。バンギもその拳を迎え撃ち、闘気が爆裂する。

「汝は何のために、あんな剣を使った。この程度の玩具使わずとも、汝ならば我と同等以上に戦えよう」

 エンブルムは折れたアロンダイトを拾い、断面を見て投げ捨てる。上げた右腕を下げ、不敵に笑う。

「あれが折れればそれでいい」

 その答えに、思わずバンギは笑う。

「ならば我も、汝の策に乗ってやろう。だが容赦はせぬぞ」

 バンギが両腕を目の前で回転させ、闘気を練り上げる。そしてそれを放つ。バンギの放つ闘気をエンブルムは受け流す。バンギはその隙を潰すように追撃の拳を放ち、エンブルムは寸前で避ける。身を擦り合わせながらも僅かに攻撃を避け合い、エンブルムが渾身の突きを放つ。バンギはその突きを左腕で抱え込み、右腕でエンブルムの胸目掛けて拳を叩き込む。エンブルムは吹き飛び、床に叩きつけられる。

「本来であれば止めを刺すところではあるが……汝の策に乗ったのは我。故に、我は汝を見逃そう」

 エンブルムは立ち上がりボロボロになった鎧を脱ぎ捨てると、闘気を流して傷を癒す。

「君が求める理想に辿り着けることを願っている」

 そしてバンギの傍を通り過ぎ、古ぼけた城の方へと去っていった。

「この世界の決着が近いということか」

 バンギは呟き、玉座に座り直した。


 ムスペルヘイム・炎火ノ原

「くうっ……」

 アーヴェスが苦痛に悶えるが、それでもバロンの足に腕を突き刺したまま耐える。バロンも声こそ発しないが、足の裏から伝わる強烈な熱に耐えかねていた。

「……(アーヴェスもそろそろ我慢の限界のはずだ。細かな気の乱れが見え始めた。もう少しで時はくる……)」

 バロンは大粒の汗を溢しながらも、微動だにしない。そしてアーヴェスの左肩が僅かに動いたのを見逃さず、自らの足を思いきり動かし、足を切断してアーヴェスから離れ、拳を振り下ろす。アーヴェスの頭に拳が直撃し、腕を刺したまま瞬時に絶命する。バロンはそこから急いで離れ、ヴァルナたちも合流してすぐその場から離れる。一つ目の要塞の前に辿り着いたとき、後ろで溶岩が轟音を立てて吹き出した。

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