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その2 第八話

 ムスペルヘイム国境

「……ラーフ!」

「わかってる!総員配置に付けぇ!」

 ラーフの号令で全員が敵を見据える。巨大な黒い壁、闘気が作り出す障壁が砂漠の向こうからじりじりと迫ってくる。一糸乱れぬその隊列に、カルブルムの率いる砂竜隊と角竜隊が突撃する。角竜が剛顎隊と激しく衝突し、猛烈に競り合う。剛顎隊の作り出す壁は角竜の角をへし折り、角竜を押し退けて進む。退いていく角竜の合間から砂竜隊が現れ、先頭のカルブルムがエクスカリバーから闘気を極太のレーザーに変えて発射し、剛顎隊の闘気壁と正面衝突し、穴をこじ開ける。そこへ砂竜が砂を吐き掛けようとしたとき、一斉に剛顎隊の機甲虫が飛び立つ。砂竜の砂は虚空を裂き、砂漠に着弾する。剛顎隊は各々砂竜や角竜に突っ込み、戦闘を開始する。角竜の強烈なラリアットを甲殻に直撃しても、剛顎隊の機甲虫は全く怯まず、大顎の一撃で角竜を硬直させる。

 飛び立った剛顎隊の中に、一匹だけ微動だにしない機甲虫が居た。

「グランディス!」

 カルブルムは自らの駆る砂竜を走らせ、その機甲虫の前で止まる。

「カルブルム殿か。最初から裏切るとは思っていましたが」

 グランディスは触覚をふよふよと動かす。不満なようだ。

「しかし、あの騎士が言うことに乗る気持ちもわかる。あらゆる知性は、より大きな目的のために生きることで些細な倫理観を投げ捨てられる。死ぬ自由さえ奪われ、子すら作れず、食料など気を紛らわす程度のものでしかない。呼吸も排泄も、何もかも、この世界では奪われている。カルブルム殿、貴殿はあの騎士に拐かされて、この世界に迷い込んだのだろう」

「なぜお前がそれを」

「あの騎士は大いなる流れだ。必要なものに必要な事象を伝え、不要なものを間引く。全ては神子ではなく、あの騎士が動かしているようにも感じる」

「……」

「まあいい。我々戦士には大局などどうでもいい。必要なものは勝利、ただそれだけだ。大局を見据えるのはバロンや我が主、神子やあの騎士だけでいい。一介の戦士は、ただ戦場で消え去るのみ」

 カルブルムが砂竜から降り、グランディスと向かい合う。

「ならば私たちが選ぶ道は一つ」

「いざ尋常に」

 カルブルムがエクスカリバーから闘気を吹き出しブーストしてグランディスに接近する。グランディスは山のごとく構え、エクスカリバーの一撃を真正面から受け止める。グランディスの装甲は赤熱し、足の爪が掴んだ砂漠の砂が形を崩す。そして頭をかち上げ、カルブルムを弾き返す。カルブルムは空中で立て直し、エクスカリバーを逆手に持ち突き立て、グランディスの顎と火花を散らす。そして至近で砂を吐き掛け視界を潰す。エクスカリバーを持ち直し、闘気を込めてグランディスに叩きつける。凄まじい衝撃で砂漠の砂が舞い上がり、巨大なクレーターが出来上がる。それでもグランディスの甲殻が砕けることはなく、グランディスは顎でカルブルムを挟み込んで放り投げる。クレーターの壁面に叩きつけられて体勢を崩されるが、カルブルムはすぐさま立ち上がる。

「流石に堅いな…」

「貰い物の力で、この牙城を崩せると思うな」

「ほざけ……!」

 カルブルムは砂を深く蹴り込み、猛烈な勢いでグランディスに接近し、闘気の嵐をエクスカリバーに纏わせて解き放つ。爆風がグランディスを包み込み、跳ね上げる。そして空中へ飛んだグランディスを追ってカルブルムもエクスカリバーの闘気で舞い上がる。羽を開いたグランディスと、カルブルムは空中で切り付け合う。グランディスは横殴りの闘気でカルブルムを叩き落とし、切り揉み回転しながらカルブルムに突っ込む。カルブルムはエクスカリバーの闘気で盾を作り出し、その突進を眼前で凌ぐ。


「……ラーフ!空を見ろ!」

「鉄騎隊!バロン、ヴァルナ、ヴァーユ!出番だ!」

 その声に他の二人も勢いよく外へ出る。

 空を覆うように現れた機甲虫は、獲物を見つけたかのように三人を捕捉した瞬間、一斉に降下する。ヴァーユが先陣を切り、鉄騎隊の一匹を切り捨てる。ヴァルナがバロンの進む先にいる鉄騎隊を纏めて凍らせ、バロンは真っ直ぐ突き進む。不思議なことに、バロンを追撃しようとする鉄騎隊の機甲虫は居なかった。

 バロンは眼前に佇むただ一匹の機甲虫と対峙する。

「……借りを返しに来た」

「来たかバロン。いかに死を目の当たりにしようとも戦わぬ道を選べない…因果なものだな」

「……行くぞパラワン。リベンジで負けるつもりはない」

 砂漠の熱気の中に、仄かに火の粉が混じり始める。バロンは着ていた服を脱ぎ捨て上裸になると、凄烈なほどの闘気を放つ。それに呼応してパラワンは暗黒闘気の瘴気を放つ。

「今回は誰にも邪魔はさせん!行くぞ、バロン!」

「……来い!」

 パラワンが頭を振ると空気が揺れ、バロンを滅茶苦茶に切り刻む。

「…!(この速さ、やはり尋常ではない…!)」

 バロンは力むと刃を吹き飛ばし、瞬時に傷を塞ぐ。そして膨大な闘気を槍のようにして放つ。それはパラワンの暗黒闘気の鎧を突き破り、パラワンの甲殻を焦がす。

「ぐっ…なぜ暗黒闘気の傷を癒せた!?それにこの技…リッチーの技を…!」

「……戦士の死は終わりではない。勝者の血となり力となり、生き続ける」

「バカな、貴様は」

「……そうだ。既に暗黒闘気は見切った。既にお前も僕の力となった。暗黒闘気とは闘気とは真逆に流れる力、故に闘気の流れを遮る」

「クク…クハハハハ!そうか!なるほどな!だが、所詮暗黒闘気を破っただけだ!私が貴様の一部になるのではない、貴様が私の血肉となるのだ!」

 パラワンは頭をX字に振り、刃を飛ばす。バロンはそれを避ける。偶然後ろに居た鉄騎隊の一匹がそれを喰らって粉々に砕ける。バロンが凄まじい加速でパラワンに接近し、鋭く拳を放つ。拳は触覚を掠め、パラワンがその右拳へ斬撃を放つ。バロンは右腕に鋼を流して堪え、パラワンの頭部の裏に拳を叩き込む。パラワンはバロンの胴を挟み込んで締め上げる。

「…がっ……!」

「千切れろ、バロン!」

 バロンはパラワンの大顎の左鋸を右腕で抱え込む。鋭い闘気の刃がバロンの体を切り刻む。

「……くっ…ぬおおおおおおっ!」

 左拳の渾身の一撃で、パラワンの左鋸がへし折れ、砂漠に突き刺さる。解放されたバロンは飛び退き、パラワンは苦痛に身を捩る。

「不覚…!」

「……ぐっ…」

 両者は一瞬崩れるが、直ぐに立ち直る。


「さすがカルブルム殿。ニブル・ムスペルだけの戦いに参戦できるだけの力はある」

「そちらは加減でもしているのか?先程からまるで傷が付かんが」

 グランディスは立て直すと、僅かに頭を下げる。

「申し訳ない。戦いを侮辱しているわけではないのだが、どうにも戦う気にならん」

「ならばここで逃げるのか?」

「それはない。私が倒れたら、誰が主の…いや、戦いに雑念は要らんか」

 カルブルムはクレーターの上の動向に気付き、砂竜に手をかける。そして更に、グランディスの闘気の流れが乱れていることに目を向ける。

「(闘気とは意志の強さ、気高い魂に呼応するもの…それが弱まっているのか。察したか…それとも)」

「カルブルム殿」

 グランディスは空を見上げる。

「いつも私は空を見ていた。どうして空は青いのかと思っていた。そちらの世界で言えば気体と宇宙が関係しているらしいが、この世界はこの戦乱の大地だけで成り立っている。ならばなぜ、こう変わらず空は青いのだろうか」

 カルブルムは思わず硬直する。空を見ると、高高度から黒い点が地表へ向かってきていた。

「ああ、コーカサス。お前のように狂えるなら、私は主を…バンギを殺そうとしたのだろうか」

 カルブルムは叫び、クレーターから飛び出す。それに面喰らったニブル・パラミナの兵はパニックになりながらも後ろへ下がる。黒い点がクレーターに落下する。凄まじい衝撃がクレーターから噴出してカルブルムたちを吹き飛ばす。そしてクレーターの中央でその三本角にグランディスを串刺しにしたコーカサスが吠え猛る。そしてコーカサスの起こした衝撃でクレーターの壁が雪崩を起こし、クレーターを埋める。コーカサスが埋まったクレーターから飛び出し、真っ黒な瘴気を放つ。その瘴気が風に乗って、ニブル・パラミナの兵士が持ってきた機関砲を破壊していく。そして角に刺さったグランディスをカルブルムへ放り投げる。カルブルムはそれを避けて、砂竜から降りる。

「オオオオオオオオ!!!」

 コーカサスはまだ薄黄色の羽を広げ、カルブルムへ突進する。エクスカリバーから闘気を放ち、カルブルムはコーカサスと打ち合う。コーカサスの欠けた角から暗黒闘気が溢れ、エクスカリバーが見る見るうちに光を失っていく。

「クソッ!暗黒闘気とは分が悪いか!」

 コーカサスがエクスカリバーを吹き飛ばし、角の先で小規模な竜巻を起こしてカルブルムを吹き飛ばす。

「まずい…まだ二期なのにこの強さだと…!」

 コーカサスがカルブルムへ突っ込む。

「ここまでか…!」

 カルブルムが諦めて目を閉じる。

「アーステッパー!」

「!?」

 コーカサスの回りに岩が隆起し、魔力の網がコーカサスを留める。カルブルムが驚いて立ち上がり、後ろを見ると、眼鏡の男が走ってきた。

「大丈夫かカルブルム!」

「ラーフ!」

「鉄騎隊はまだ予測できたが、コーカサスまで来るとは」

 コーカサスは出鱈目に魔力の網に突進する。しかし、暗黒闘気が魔力に触れて乱れ、僅かに全力から外れているようだった。

「この網は魔力で出来ているのか」

「ああ。カルブルム、早く逃げよう。バロンもパラワンを撤退させたらしい。コーカサスは倒さなくてもこの戦いは勝利だ」

「わかった」

 二人はそれぞれ砂竜に乗り、その網から離れていく。しばらく離れると遠くで轟音が鳴り響いた。


 ムスペルヘイム・アジュニャー

「グランディスは死んだか」

 バンギが玉座に座ったまま、大顎のへし折れたパラワンに問いかける。

「はっ。剛顎隊は全滅、鉄騎隊も潰走してしまいました」

 パラワンは死を覚悟して硬直する。しかし、バンギは動ぜず、ゆっくりと姿勢を変える。

「気にせずともよい。最後には、我がこの拳で全てを平らげるのみ」

「ですが…それならば我らが戦う必要も……」

「汝ほどの猛将ならばわかっていよう。この世界の戦いは何か大義のためにあるわけではないことを。戦略的な意味で戦っているのではない。我らの本能を満たすためだけに戦っているのだ」

「しかし……」

「汝も律儀な男だ。負い目を感じているのか。ならば、汝にはツェリノの防衛を任せよう。果てるのならばそこで果てよ」

 パラワンは頭を上げると、大きその2 第八話く頷く。

「ありがたき幸せ。必ずやこのパラワン、陛下に我が命の最後の輝きを見せましょう」

 パラワンは踵を返し、ゆっくりと闇へと消えていく。

「我は未だ微睡みの中、目覚めるのは今少し先よ……」

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