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その2 第七話

 ――……――……――

「バロン、ここで決着をつけるか」

 金色の闘気を纏った黄金の騎士が、構えを取り殺気を放つ。

「……兄さん。もはや僕たちに選択肢はない……あなたがエリアルを求め、僕がそれを阻むのなら……容赦はしない」

「初めからわかっていたことだ。ならば行くぞ、バロン!」

「……来い!」

 ――……――……――


 ムスペルヘイム国境

「……っ」

 視界を包んでいた記憶が抜けると、砂漠の熱気ではない、灼熱の臭いが漂っていた。

「気がつきましたか、バロン」

 ラーフが右前方に立っている。バロンは椅子に座っているようだ。

「……すまない、少し眠っていたか」

「まだ作戦は開始されていません。もう少し休んでもよいですよ」

「……いやいい。戦いの直前まで寝るバカがどこにいる。ムスペルヘイムに動きはあったか」

 ラーフは首を横に振る。

「まだですね。グランディスは慎重なことで有名ですから、まだ打って出はしないでしょう」

「……他のみんなは」

「各々の準備に取りかかっていますよ」

 バロンは慌ただしく動くパラミナとニブルヘイムの兵を見つめる。

「……彼らは死を思っているのか」

「いえ、私もヴァルナも、ヴァーユも皆死というものを理解できない。ゾルグやリッチーが死んだとき、アグニや我々も驚きました」

「……カルブルムや僕はわかる。死の意味を。そして君らにもすぐわかるはずだ」

「死の意味……」

「……さあ行こうか、ラーフ」


 ニブルヘイム・ガルガンチュア

「来たか、ベルガ。君の弟はついに動き出した」

 雲に霞んだ太陽が朧気な光を放ち、城の柱の間から射し込む。

 腕を組み外を眺めるエンブルムに、一人の男が近寄る。ベルガと呼ばれたその男は、西洋の騎士のような黄金の鎧を着て、凄まじい殺気を放っていた。

「終わりは今から始まる。エンブルム、いやランスロット。原初世界からの因縁、ここで決着をつける」

 それを聞いて、エンブルムは苦笑する。

「ははは。そういえばそうだな、アグラヴェイン。いや、今はベルガか。全く、ギネヴィアもアーサーもあそこで死んでいれば、私が黄泉よもつを宿せたと言うのに」

 ベルガは闘気を迸らせ、鎧を粉々に吹き飛ばす。闘気は金色の光を放ち、周りの冷気が湯気へと変わっていく。

「死を貴様に」

「哀れなやつだな、君は。原初世界からずっとこの世界で、弟と同じように記憶を失って彷徨していたとは」

 ベルガが踏み込み、黄金の闘気がエンブルムの頬を掠める。

「甘い」

 エンブルムの体はふわりと浮き上がり、闘気の全てを流す。そしてエンブルムの体はいつの間にかベルガの後ろに回っていて、ベルガの体が切り刻まれていた。

「くっ……ぬああああ!」

 ベルガが勢いよく腕を振りながら後ろを向き、闘気を放つ。ガルガンチュアの壁を破壊しながら闘気は駆け巡る。

 エンブルムは闘気を流しながら無数の影となってベルガを翻弄する。

「変わらないなあ、ベルガ。よくも悪くも猪突猛進で、力任せで全て解決すると思っている」

 影がベルガの横をすり抜けると、ベルガの脇腹を深く切り裂く。

「ギネヴィアを手にかけようとした私を止めに来たときもそうだった。モルドレッドから逃げたあとも、何も考えずに神子と共に戻ってきた」

 ゆらゆらと流れ出る闘気がエンブルムを包み込み、その像を無数のものにしている。

「貴様こそ己の実力を買い被り過ぎだな」

「何……?ふぐぅっ!?」

 エンブルムの体が蒸発して、皮膚を千切り飛ばす。

「君は……その闘気をそれほど上手く使えるようになっているとはね」

「貴様を倒すため、俺は天使の子の力を調べ続けた。ランスロット!貴様はここで死ぬのだ!この真なる闘気の前に焼け死ね!」

「(ぷっ……こいつは何もわかっていない。つくづく哀れな男だ。だが……ある意味好都合だ)」

 ベルガが闘気を纏った拳をエンブルムへ放つ。エンブルムはそれを避けすれ違い様に切りつける。不敵に笑うエンブルムを、光の輪が吹き飛ばす。エンブルムは咄嗟に受けの構えを取り、衝撃を逃がす。そこに鋭い突きが飛んで来て、エンブルムの胸に四本の指が突き刺さる。

「終わりだ、ランスロット!」

「フフ……クハハハハ!」

「何がおかしい!」

「哀れな男だ、ベルガ。真の闘気とはこんなものではない。君が天使の子の力を使えると思うなよ」

 エンブルムから真黒い闘気が溢れる。

「な……ッ!貴様暗黒闘気を!」

「フハハハハハハハハ!」

 激流のような闘気はベルガを飲み込む。感覚を失ったベルガは攻勢が緩み、そこを逃さずエンブルムは指を引き抜く。そして無防備なベルガに暗黒闘気を叩き込んで吹き飛ばす。

「さあ止めだベルガ。神子への愛に善がり狂え。私も知らぬ始源の呪いに堕ちるのだ」

 エンブルムが倒れたベルガに突きを入れようとすると、気配を感じて振り返る。

「レベン、君はまだ出番ではないだろう」

 そこには、赤いツーサイドアップの少女が立っていた。レベンと呼ばれたその少女は、狂竜王と似た鎧を来て、両腕から血塗れの布を垂らしていた。

「私もそう思ったの。でもおねーちゃんが行けって言うから。その人を痛めつければいいのかな?」

「狂竜王から何か言われなかったのか」

「ううん、何も」

 エンブルムは構えた右手を降ろし、レベンに促す。レベンはそれを見て、可愛らしい顔を凄まじく歪めて笑みを浮かべた。エンブルムとレベンが立ち位置を入れ替わり、レベンは腕を上げる。すると、布が意思を持っているかのようにゆらゆらと動き、中腹から手のように五つに千切れる。そのままベルガを掴み、肋骨をボキボキと砕き始める。

 エンブルムは思わず苦笑を漏らし、口許に手を当てて目を細める。ベルガは暗黒闘気によるダメージがよほど甚大なのか、全く目覚める様子はない。

「(全く……愛情ってものは恐ろしいな。理解不能だ)」

 エンブルムはふとそんなことを考えた。

「(そもそもこの世界自体、奴の神子への愛で成り立っているようなもの。この女もまた、遠い昔の伴侶の幻影に惑わされている)」

 エンブルムがボーッとレベンの行為を見続けていると、明らかに人間からは起きないような音が鳴り響いているのに気付いた。

「待てレベン!そいつを殺すな!」

 レベンはゆっくり振り向いて、健やかな笑みを浮かべて、布をベルガから離す。壊れたぬいぐるみのように、ベルガはガルガンチュアの石床にドサッと落下した。

「ランスロットはこの人のこと好きなの?」

「いいや、全く。しかしそいつは狂竜王の目的に必要なものだ。まだ殺しちゃいけない」

「ふーん。私はおにーちゃんが誉めてくれるならなんでもいいよ」

「(おにーちゃん……この女の執着する男か)」

 エンブルムは僅かに思索したが、レベンからの詮索を避けるためにすぐベルガに近寄り、背中に突きと共に暗黒闘気を流し込む。

「君に正しい記憶は要らない。愛か憎しみか。人の六罪の中で最も深い罪か、最強の力足る愛か、君が示すんだ」

 エンブルムは会議室に戻る通路に戻ろうとして、レベンの方に振り向く。

「レベン、余り君はこの世界を彷徨くな。余計な面倒を起こしかねん」

「わかった。私おねーちゃんのところに帰るね!」

 レベンはスキップしながら、古代の城へと消えていった。


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