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その2 第六話

ニブルヘイム・ガルガンチュア

「皆の者、よくぞ帰ってきてくれた」

 エンブルムが仰々しい身振りでバロンたちを出迎える。

「ん、カルブルムも来たのか。まあいい。ヴァルナたちと一緒に来たということは味方になってくれたということだな?」

 カルブルムはエンブルムと向かい合うと、手を差し出す。

「これは?」

「挨拶だ。異世界流の」

「ふむ」

 エンブルムはその手を取り、握りしめた。

「うむ。これでよし。では会議室へ行こう」


 会議室

「まずはカルブルム、貴様がムスペルヘイムに付いた詳しいわけを聞こう」

 ヴァルナがカルブルムへ問いかける。

 カルブルムはふっと目を閉じ、そしてゆっくりと開く。

「ヴァルナ、お前には話したが、私はこことは違う異世界、古代世界にあるchaos社という企業の社員だった。私にはエリアルという一人娘がいた。エリアルは特別顧問であった黒崎奈野花の息子、バロン・クロザキの秘書をしていた。だがバロン・クロザキはエリアルに暴行を加え続け、それを悪びれる様子もない。そこで私は奈野花特別顧問に直談判をしに行った。そこで提案されたのがこの世界に来ることだった。奈野花の話によればこの世界で唯一の女としてエリアルは存在しているとかで、それが真実なら、バロン・クロザキの傍に置くより明らかに危険だ。私はchaos社で試用段階だったインベードアーマーで竜の体を得て、DAAの核であるエクスカリバーを借り受け、パラミナにやってきた」

 その場にいる全員が聞き入っていたが、バロンが口を挟む。

「……待て、僕をなぜ回収する必要があるとパラミナで言ったんだ。今の話では、黒崎とやらは僕のことを話してはいないし、お前の目的も娘の救出だけのはずだ」

「いや、お前も必要だバロン。お前はchaos社で最も優秀な研究員だからな。奈野花特別顧問は息子でありchaos社にも必要なお前を取り戻すことを条件に協力すると持ちかけてきたのだ」

「……それでだ。その黒崎奈野花が僕の母というのは本当のことか?」

「ああ。バロン・クロザキ。奈野花特別顧問の息子、27歳だ」

「んあ?どういうことだ?」

 ヴァーユが首を傾げる。

「その異世界にもバロンが居て、この世界にもバロンが居て、今ここにいるバロンは記憶が飛んでてどっちのバロンかわからねえ。んなら、どうして黒崎奈野花ってやつはこのバロンが自分のバロンだってわかってるんだ?」

 カルブルムはその疑問を確かに受け止めた。

「確かに、そう言われれば……今私の前に居るこのバロンからは、一切の邪念を感じない。無垢な男だ。クロザキから感じた邪気を感じない」

 ヴァルナも付け加える。

「そういえば目覚めてから最初に話したときも違和感だらけだったな。私たちが知っているバロン・エウレカとはまるで違った」

 ラーフが口を開く。

「そういえばバロン、あなたは神子の名を知っていますか」

「……エリアルだろう。やつの娘と同じ名前だ」

「ふむ……そちらのバロンはエリアルという少女と関わりを持っていた。そして今のバロンは恐らくクロザキのものではないが、エウレカの時の記憶ではないエリアルとの記憶を持っている。だが性格はエウレカのものに近い……ただし昔のように極端な獰猛さを持っているわけでもない……」

「……カルブルム。お前は元の世界に戻る方法を知っているんだな?」

「ああ。だがまだ使えんだろう」

 ヴァルナが疑問を投げ掛ける。

「どうしてだ」

「私が目的を果たせば奈野花特別顧問がゲートを開いてくれるらしい。だが私も、それがどこに作られるか知らん」

「……そうか。なら、ムスペルヘイムを落とし、エリアルを手に入れるだけだ。僕は自分自身がどうあるべきなのか知りたい」

 ラーフが眼鏡の位置を戻す。

「ならば行こう、ムスペルヘイムへ」

「……それで、ムスペルヘイムへはどう向かう」

 ラーフは液晶に映像を映す。

「ムスペルヘイムは三国中もっとも過酷な灼熱の大地。国土の全てが溶岩の冷却された岩石であるという国。首都アジュニャーを除き、二つの要塞があり、それぞれに大量の機甲虫がいるようですね。まあそれはあとの話として、ムスペルヘイムの何がもっとも危険か、それは国境を守る機甲虫の軍隊、剛顎隊です」

「ごーがくたいってのはなんだ?」

 ヴァーユが問う。それを受けて、ヴァルナが説明する。

「剛顎隊だ。覚えてないのか。あの肉厚の機甲虫だ。ドルクス属、鋼鉄の肉体を持つ」

 ヴァーユは右手で左手をポンと叩いて合点する。

「あーあれか!ぐ……ぐらん……ぐらんなんとかが隊長のあれだな!」

「……ぐらんなんとか……?」

「グランディスです。パラワンと双璧を成すというムスペルヘイム最強の勇士の一人。ゾルグが籠城などの耐えることに特化しているのなら、彼は真正面から完膚なきまでに守ることに特化している」

「……真正面から……守る?」

「ええ。真正面から守る、それが正しいでしょう。ヴァルナ将軍もそうとしか言えないと思いますよ」

「私に聞くな。そういうことは軍師が説明しろ」

「グランディスは優れた闘気の持ち主で、闘気を盾にして突き進むんですよ。剛顎隊の一糸乱れぬ編隊によって全員の闘気が融合して、すさまじい防御力を発揮しつつ進軍してくるのです」

「……つまり、闘気を盾にこちらを押し潰しながら進むと」

「その通り。その守りは一部の隙も作らない、まさに金城鉄壁といえるものです」

「……どう戦う。まさか、また僕が一人で相手にするとかいうことじゃないだろうな」

「流石にそれはありませんよ。今回は陽動も必要ありませんし、拳法使いも居ませんからね」

「……では」

「砂竜の砂煙を活用し、彼らの隊列を乱します。あ、やっぱりバロンは一人で戦いますね」

「……見切り発車か!?」

「こほん。グランディスの相手を出来そうなのはバロン、エンブルム、カルブルムでしょうが、エンブルムは離れられませんし、いざとなればカルブルムに任せるとしますが、ともかく。剛顎隊の隊列を砂竜のブレスによって撹乱し、グランディス本人を誘き出す。そして剛顎隊を対空砲や角竜で撃破していく。グランディスはカルブルムやヴァルナ、ヴァーユで相手をする」

「……ちょっと待て、やっぱり僕は一人じゃないか?」

「仮にパラワンやコーカサスも来た場合、対処しきれませんからね。あなたには切り札として残しておきましょう」

「……一人なのか……まあ慣れたが。もしかしてラーフ、君は今までも見切り発車で作戦を……」

「それはないですね。ただ突貫工事な作戦なところはありますが」

「……まあいい。他のみんなはもう準備は出来てるのか」

 バロンは他の全員を見渡す。全員が視線が合うと同時に頷く。

「……今回は準備がいいな。僕が一人で砦を荒らしに行かなくていいらしい」

 バロンがやれやれと悪態をつく。

「ふむ、話が纏まったのなら行こうか」

 カルブルムが両手をパンと叩いて立ち上がる。

 ヴァルナとヴァーユもそれに続いて立ち上がり、会議室から出ていく。

 エンブルムがバロンの肩を叩く。

「君は君の宿命に殉じるといい。この世界は動き始めた。今までの終わりのない世界ではない。君と神子が出会うことで、君が自分自身を見つけるのなら、ニブルヘイムは君の味方であり続ける」

 バロンはそっとエンブルムの手を掴み、強く握りしめる。

「……ありがとう。そちらも己の望む生き方を」

 バロンは踵を返し、会議室から出ていった。

「原初より歯車は回り続け、ついに終わりを迎えるか」

 エンブルムは譫言のように呟く。

「エンブルム様……?」

 ラーフが不思議そうに顔を覗き込む。

「ラーフよ。わかるか、九つの竜が暴れ狂っていた原初の世界から、遂にこの周で結末を迎えるのだ。天使の子と悪魔の子の宿命を終わらせる、最後の戦いが、直に来る」

「何を……おっしゃっているのですか」

「我々も三千世界の終焉に参加することができる。恐らくその時、我々は世界の全てを知る。今は分からずともよい。この世界を制することが先決だからな」

「そう……ですね」

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