「でやぁぁぁぁぁ!」
アグニの凄まじい蹴りが繰り出されるが、狂竜王は右手を軽く上げて受け止める。
「バカな!」
「もっと本気で来るといい」
「ほざけ!」
アグニは空中で体勢を変え、猛ラッシュを打ち込むがその全てを狂竜王は受け止める。
「侵略する炎のごとき剛拳、電のごとき俊敏さ。なるほどこれはよい。だがしかし、手緩いな」
狂竜王は僅かに呼吸をし、人差し指をアグニへ突き刺す。アグニは吹き飛び、砂漠の上に落下する。
「バカな……お前は一体……!」
狂竜王はゆっくりと黒馬に座り直し、フードの少女に合図する。そして黒馬がアグニへと歩を進め、フードの少女がアグニに手を翳した。するとアグニの体がみるみる治癒されていく。
「はっ……!?これは……!?」
フードの少女が告げる。
「アグニ、貴方の願いを叶えましょう。ここでバロンと戦いなさい」
「……ッ!?」
アグニは見上げたフードの中に、息を飲むほどの美しい青い目と青い髪を見た。
「テメェは……まさか……神子……!?」
「行きましょう、狂竜王。我々はここに留まるわけにはいかない」
驚くアグニを余所に、二人を乗せた黒馬はムラダーラの方へ駆けた。
神殿の前の階段の、角竜が開けた穴の前に黒馬が轟音と共に着地する。黒馬は掻き消え、狂竜王はしっかりと階段を踏みしめ、フードの少女を受け止めてゆっくりと降ろす。
そして二人は階段を上がり、神殿の内部へと入る。
バロンたちが足音に気付いて振り返ると、見たことのある黒い鎧の巨人と、フードの少女がいた。
「……狂竜王……それに、君は……」
フードの少女はバロンの視線を避けるようにそっぽを向いた。それを見て、狂竜王が口を開く。
「来るんだ、バロン。アグニが待っている」
「……なに?」
「この世界の戦いはここより始まる。行くぞ、さあ来い」
狂竜王は黒馬を現出させ、狂竜王はフードの少女を抱えて黒馬に乗る。そして狂竜王の後ろにフードの少女が座り、バロンへ手を差し伸べる。バロンはその手を取り、黒馬に乗る。バロンは少女の手をしみじみと握り締める。
「……ひとつ聞きたい。君は――」
「聞かないで」
「……わかった」
ヴァルナが勢いよく狂竜王へ叫ぶ。
「貴様、バロンをどこへ!」
「気になるのならそなたもついてくるがよい。カルブルム、そなたもだ」
エクスカリバーを拾い、鞘に納めたカルブルムが、狂竜王の方へ向き、軽く頷く。
階段へと歩き始めた黒馬の後を、ヴァルナとカルブルムがついていく。外に出ると、パラミナの兵が武装を解除して整列していた。ニブルヘイムの兵の姿はなく、全員退却したようだ。そうしてムラダーラの内部を見渡していると、バロンの目に先程現れた姿があった。
「よう、バロン。待ってたぜ」
黒馬が城門の前で止まる。フードの少女はバロンへ向き直ると、バロンを抱き締めた。甘い香りがバロンの鼻腔を擽り、バロンは少女に釘付けになる。そしてフードの少女はバロンを見つめると、少しだけ笑った。バロンは強く頷き、黒馬から降りる。そしてアグニと対峙する。
「これは純然たる決闘らしいぜ、バロン。そこの黒騎士が邪魔するやつは消し飛ばしてくれるらしい」
アグニは嬉々として言葉を紡ぐ。溢れる闘気が空気を震わせ、そこにいる全員が身震いする。
「……僕はどうやら、どちらのバロンの面倒事も抱え込んでしまったらしい」
「んあ?何を言ってやがる」
「……お前と戦うこと、それも僕の宿命ならば」
バロンは闘気を噴出させ、腕に鋼を迸らせる。
「っはぁ!いいぜ、戦おうじゃねえか!」
二人の闘気が逆巻く気配に、カルブルムが神妙な面持ちになる。
「これが本当の闘気……リッチーの戦いは近くで見たことがなかったが……」
狂竜王が答える。
「闘気とは命の輝き。真の闘気の戦いとは、ただ対峙するだけでも疲労していくものなのだ」
バロンとアグニが対峙したまま、ある程度の時間が経つ。アグニの筋肉がピクッと動いた瞬間、バロンは先手を撃ち踏み込む。アグニもほぼ同時に踏み込むが、一瞬遅れたのが仇となったか、先にバロンの拳がアグニの胸を叩く。が、アグニは怯むことなく炎を纏った突きを放ち、脇腹を削ぎ取る。そしてお互いに空いた方の手で打ち合い、怨愛の炎が迸る。バロンの皮膚を燃やしていく。バロンもまた、それに怯むことなく身を擦り合わすほどに接近し、僅かに乱れたアグニの闘気を突き破り、撃掌を叩き込む。アグニの全身から血が吹き出し、闘気の流れに乗って霧のように飛び散る。アグニは地面を蹴り、爆炎の跡だけ残してバロンの背後に回っていた。バロンがそれに驚き振り返ると、四肢に甚大な切創が現れる。
「……一進一退、互いに一部の隙もないな」
「けっ、やっぱ今まで戦ったやつの技を使いやがるな、テメェは」
「……当然だ。倒した相手がこの世界に生きた証、それは戦い方だけだ」
「へっ、まあいい!テメェとの戦いが楽しければそれでいいんだよ!」
再び真正面で向かい合い、今度はアグニが先に踏み込む。バロンよりも圧倒的に速いその踏み込みから繰り出された水平に開かれた手刀を躱す。だがバロンの胸には十字の鋭い傷がつく。傷口は燃え上がり、激甚なダメージを与える。だが至近距離にあるアグニへバロンは拳を振り下ろし、砂漠に叩き伏せる。
「……ふーっ。お前に僕は負けない。絶対に負けるわけにはいかない」
「くっ……くはははは!そうだな!俺もテメェにだけは負けねえ、絶対になァ!」
アグニは立ち上がって吠える。そして拳を叩きつけ合う。炎を纏ったアグニの拳を避ける内、バロンの思考はふわふわと浮いていく。そして無想のまま拳を放つと、星の煌めきのような粒子が散ってアグニを殴り付ける。
「おお、まさか、これは」
その光景に狂竜王は兜の奥の目を見開く。
「バロン……やっぱりあなたは……!」
フードの少女が微笑む。
「……なんだ今のは……」
「がはっ、何が……!」
両者は少しだけ戸惑ったが、また先程と同じように殴り合いを始めた。
ムスペルヘイム・グロズニィ
「バンギ様」
溶岩地帯にある、フォルメタリア鋼で出来た要塞の中で、一匹の機甲虫が2mを軽く凌駕した大男に話しかける。
「我に何用か」
バンギはその機甲虫を見下ろし、訪ねる。
「ムラダーラが落ちました。それと、リッチー・タルバド、ゾルグ・ゾチラハが戦死したと」
バンギは表情一つ変えない。
「そうか。だが我が国にはまだ来てはいないのだろう。汝に任せている以上、この国は誰も入れまい。そうだろう、グランディスよ」
溶岩の光に照らされて、肉厚な黒い体が姿を現す。ドルクス属・オオクワガタの中でも大型のその体躯。まさにグランディスオオクワガタである。
「左様。我ら剛顎隊が居る限り、ムスペルヘイムは墜ちませぬ」
バンギはそれを聞くと満足して、凄まじい足音を立てながら去っていった。
「バンギ様とバロン……神子はどちらの手に落ちるのか……」
パラミナ・ムラダーラ
「〈闘気爆裂撃〉!」
怨愛の炎を纏った紅蓮が波となって砂漠を焼き尽くす。バロンは両腕を交差して凌ぎ、空中に飛ぶ。
「なまっちょろいぞ!」
アグニはバロンが追って空中に舞い、鋭く突きを放つ。バロンはそれを流し、蹴り上げてアグニの脇腹にめり込ませる。
「うぐっ!」
「……ここで決める!はぁぁぁぁぁぁっ!」
がら空きになったアグニの胴に拳を出鱈目に放つ。アグニは砂の上に落下し、バロンは砂漠に着地する。
「ぬうぅぅぅ……」
「……勝負あったな」
「まだだ……こんな傷など……うおおおおお!」
アグニは力ずくで立ち上がろうとするが、血を吹き出して後ろに倒れる。
「……今は退け。命は奪わん」
「はっ……そういえばそうだ……バロン、なぜこの世界の男は死んでいる……どうして死ぬんだ」
アグニは素っ頓狂な声と顔をして、雲一つない虚空を見つめる。
狂竜王がそれを聞いて、黒馬を歩かせる。
「炎神よ、世界は回り始めた。男はついに命を散らし、この世界を終えるときが来たのだ。さあ乗るがいい、炎神よ。鋼の竜の情け、甘んじて受けよ」
血塗れになったアグニを抱えて、狂竜王は黒馬を促す。
「……待て狂竜王。その……去る前に、そいつと話がしたい」
「む……?なるほど、まあいいだろう」
狂竜王はフードの少女へ合図すると、フードの少女はバロンの方へ顔を向ける。
「何」
「……また会えて良かった、それだけ伝えたかった」
「そう。……死なないでね」
「……ああ」
狂竜王は黒馬を走らせる。ムスペルヘイムの兵は一瞬戸惑ったが、駆けていく黒馬を追っていった。
「これは……勝ったのか」
ヴァルナが呟く。バロンがふらふらと歩き、ヴァルナと顔を見合わせる。
「……ああ。僕たちはパラミナを落とし、味方につけた。首都攻略戦は成功したんだ」
バロンはカルブルムに視線を合わせる。
「……来てもらおうか、カルブルム。色々と聞きたいこともある」
「いいだろう」