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その2 第四話

 パラミナ・ムラダーラ

「カルブルム、ニブルヘイムがやってきますが」

 白い鎧の男が、青い鎧の鮫に話しかける。鮫の男は軽く頷く。城の窓枠から見える青空を眺めて、二人の男は覚悟を灯した眼光を交わす。

「私の子が望んだ希望……その目で確かめるのだ」

 鮫頭――カルブルムは悲しげな光を瞳に宿すと、白い鎧――リッチーはその悲しみを察する。リッチーは鎧を外すと、カルブルムへと差し出す。

「む……」

「拳士が防具を外す意味、理解していましょう」

「いや、ゾルグにも言ったのだが死は覚悟せずともよい。どうしてお前たちはそうまでして死を選ぶ」

「それがこの世界に生きる意味、この戦乱の大地に生まれ落ちた所以なのです」

「その果てに奴と私の子だけが残ると知っていてもか」

「神子など俺にはどうでもよいのです。ただあなたのため、この命を擲つこと、それが俺の使命であり、最後の喜びなのです」

 カルブルムは希望に満ちた目で語るリッチーを見つめる。そしてその希望に迷いがないことを認め、防具を受け取った。そしてそれを腰から抜いた長剣で滅多切りにする。

「必ず生きて帰ってくるのだ。私は形見というものが嫌いだ」

「御意」

 部屋から去っていったリッチーを眺めて、カルブルムは溜め息をつく。

「なぜだ、なぜこうも命を簡単に消し去るのだ、エリアルよ……」

 カルブルムは玉座へと座り直し、欠片だけ残った鎧を握りしめた。




『バロン、リッチーの出陣だ』

 コーデックから聞こえる声で、バロンは眼前の巨大な門に注目する。上半身裸の銀髪の大男が、ゆっくりと歩いてくる。

「……お前がリッチーか」

「いかにも」

 バロンはリッチーの顔を見る。確かにヴァルナの言う通り、目には光が見えない。それに、太股の半ばより下は不自然な外見だった。リッチーは城壁の左右を見やると、少し微笑んだ。

「なるほど、俺にはお前だけと言うことか」

「……そうだ。残念だったな門番。お前の役割は果たせない」

「いや、俺の役目はお前の力を引き出すこと。我が主がそれを望んでいる」

「……ひとつ聞きたい。パラミナとは長らく中立だったはずだ。それがどうして、ムスペルヘイムと手を組んだ」

「それは俺が語ることではない。知っているはずだ、拳士なら何をすべきか」

「……戦うだけ、か」

 リッチーから闘気が溢れ出る。それが合図となり、空気が騒ぐ。バロンが闘気を撃ち放ち、リッチーはそれを僅かに飛び上がるだけで躱す。

「……当たった試しがないな全く……!」

 宙へ飛び出たリッチーは、グルグルと高速で回転しつつ着地する。指の間隔と同じ距離が開いた斬撃がバロンを掠める。

 リッチーの鋭い指線を潜り、バロンが拳を放つ。リッチーがそれを防ぎ、槍のような闘気を放つ。バロンの肩を深く抉るが、バロンが闘気を流さずともその傷は瞬時に癒えていく。

「まさかそれは神子の力……!」

「……何!」

「我が主が話していたことがある。神子の力で傷を癒された男はしばらくの間、継戦能力の面でまさしく不死身になると」

「……(ならばやはり、あのフードの少女は……!)」

「まあよい。どれだけ治癒能力が高かろうと実力で勝っていなければ俺が負けることはない!」

 リッチーが手を合わせ猛烈な勢いで突きを放つ。バロンはそれを片腕で抑え込み、リッチーの肩に突き入れ闘気を爆裂させる。しかし、抑え込んでいたリッチーの腕がバロンを持ち上げ、お互いに空中で新たに構え直す。バロンはラッシュを打ち込む。リッチーはそれをほぼ反動をつけない連続キックで打ち返す。そして両者は空中で拳を放ち交差し、着地する。

「流石だ、ニブルヘイム最強の男よ」

「……鋭いな」

 バロンの腕が弾け飛ぶが、再び再生する。

「……神子とは一体……」

「この世界の全て」




 城壁から白い鎧の兵士が次々とムラダーラの内部へと侵入してゆき、砂竜や鳥人と交戦する。ヴァルナもそれに乗じて突き進む。パラミナの兵を一撃で切り伏せながら、ムラダーラの中心にある一際巨大な神殿のような建物に到着する。その大きさに見合った巨大な階段を登ろうとしたそのとき、階段の中腹を突き破って巨大な二本角の竜が現れる。

「角竜か!」

 黄土色の甲殻に一対の翼、そして象徴的な二本の大角。パラミナの攻城兵器、角竜だ。角竜はヴァルナを捕捉すると、唸り、身を屈めて力を溜め、猛烈な速度でヴァルナへと突っ込む。ヴァルナは氷剣の腹でそれを止めようとするが吹き飛ばされ、階段の横に等間隔で建てられている柱に叩きつけられる。角竜はそれに向けて再び突進する。柱に激突するより早く、ヴァルナは大きく飛び上がり、氷剣の出力を上げて角竜を一撃で切り捌く。頭部から二つに分かれた角竜は倒れ、ヴァルナは氷剣を納め、階段をかけ上がる。

 神殿の中は三つの通路に分かれていたが、ヴァルナは迷いなく中央の通路を進み、日光の差す広間へと辿り着いた。そこには、鮫のような頭の男が窓の無い窓枠から外を眺めていた。

「カルブルム、貴様もこれで終わりだ」

 カルブルムは振り返ると、ゆっくりとヴァルナの方へ歩いてくる。

「覚悟はいいか、カルブルム」

「ヴァルナ、お前では役不足だ」

「なに!?」

「実力には文句はない。だが戦うことに意味はない」

「どういうことだ!」

「待とう、バロンを。chaos社のことを話して意味があるのはこの世界でやつだけだ」





「……chaos社だと……!?」

 両者の腕が激突して激しい闘気を漏らす。

「お前の記憶にあるはずだ、その名が!」

 バロンがラッシュを放ち、リッチーがそれを軽やかに避け、バロンの拳の上に着地する。

「……バカな」

「砕けよ!〈閃転光槍輪〉!」

 拳から飛び、宙返りしつつ腕を振るい、バロンは余りの衝撃で吹き飛ぶ。

「……ぐはっ……」

「お前は知らねばならぬ、会わねばならぬ。我が主に、神子に」




「chaos社とはなんだ」

 ヴァルナが日光で照らされたカルブルムに問いかける。カルブルムがその疑問に応じて、ヴァルナの方を向く。

「とある男の狂気が産み出した、新たな世界を作らんとする企業」

「それがどうバロンと関係がある」

「私はchaos社から来た」

「なんだと!?」

「chaos社こそ、私をムスペルヘイムと組ませた元凶だ。そう、あれは――」


 ――……――……――

「奈野花様、一つお話が」

 美しい湖と山を目前に捉えた白い庭園で鉄製の椅子に座った栗毛の少女にカルブルムが話しかける。奈野花と呼ばれた少女は紅茶をゆっくりと味わって飲み干すと、傍に立つカルブルムをちらりと見る。

「バロンのことね?」

 美しい黒いドレスを靡かせ、ブーツで庭園の石床を踏み割って立ち上がる。一歩一歩軽く歩むだけで石床を粉々にする。

「はい――どうかエリアルをあの男の傍に置かないでほしい。あの子はまだ十七だ。未来ある我が子をどうしてあんな男の慰みものにできようか」

 奈野花は手すりに手をかけて、ゆるりと視線を落とす。奈野花は溜め息をつく。

「あなたの気持ちはよくわかるわ。我が子を大切に思う気持ち、痛いほどよく解る。けれど、大局を見失ってはいけない。あなたには解らないでしょうけど、あの二人は深い愛で繋がっているのよ?すぐにわかるわ。でも、そうね――どうしても、あなたがどーしてもと言うのなら、その深い子への愛情に免じて、チャンスをあげるわ」

「チャンス?」

 カルブルムが訝しげに問う。

「形あるものは崩れ去る。ほらこのように」

 奈野花は持っていた紅茶の入った陶器のコップを軽く力んで粉々にする。

「ならば崩れる前に救いなさい。DAAで発見された異世界、あの戦乱の世界に彼女は居る。私も助けてあげるから、せいぜい急ぎなさい。あの世界では、女は苗床でしかないわ」

 ――……――……――


「エリアル……つまり神子がお前の娘だと?」

「そうだ。どういうことかはわからんが、私の娘であるエリアルと、この世界で神子と呼ばれるエリアルは同一人物らしい」

「それに黒崎奈野花……ゾルグが言った名だ。バロンがそいつの息子というのも信じられんな」

「まあ待て。どちらの拳が勝ったか、見届けてからにしようではないか」





「えやぁっ!」

「……ぶりゃああっ!」

 猛烈な一撃で両者の闘気がバチバチと弾け、舞い上がった砂を撃ち落とす。

「ぐはぁっ……!」

「……ぐふっ……お前は本当に眼と足を失っているのか……!」

 両者が離れ、そして崩れる。

「くっ……ふははは。不思議だ、お前の拳からは何の邪念も感じられない」

「……僕もだ。お前は一体……」

 両者が立ち上がったその時、砂丘の向こうに陽炎が揺れる。

「……あれは……!」

「アグニ……!」

 炎に包まれた男がゆっくりと二人に近寄ってくる。

「ようバロン。食料基地以来だなァ」

「……くそ、こんな時に……」

 アグニが闘気を放つ。それを見て迎え撃とうとバロンが一歩踏み出すが、リッチーがそれを制する。

「……な、何を……」

「ここは俺が引き受けよう。お前は我が主のもとへ」

「……だが奴の狙いは僕だ」

「お前はここで道草を食っている場合ではない。俺が戦ったのは、我が主に会うにふさわしい男か試しただけにすぎん」

「……すまない、恩に着る!」

 バロンは踵を返し、ムラダーラへと駆けていく。

 アグニは更に燃え上がり、リッチーへと接近する。

「満身創痍と言えどバンギが認めた男、相手にとって不足なし!」

「アグニ、お前が俺に勝ったことなどないことを忘れたか」

「くっははは!俺に後退はない。ムスペルヘイムの前に立つものはすべて打ち砕き進むのみ!」

 アグニが構え、リッチーがそれに応えて構えをとる。アグニが炎を放つ。リッチーが闘気槍を撃って迎撃する。アグニは飛び上がり、空を蹴って加速する。炎を纏った手刀を振り抜きリッチーの胸部を十字に切り裂く。傷口が燃え上がり爆発する。

「ぶっ!?こ、これは!怨愛の炎!」

「ご名答だ、リッチー。心を糧として燃え上がる怨愛の炎、その力は通常の炎で焼けぬものまで焼き尽くす!」

「(この世界にも偶然怨愛の炎が……?それとも、月城燐花もしくは、来須月香と接触したのか……?)」

「出し惜しみはせん!それは戦う相手への侮辱だからな!」

 蹴りで交差し、揺らめく炎の拳でリッチーへ突きを放つ。リッチーはわざとバランスを崩してそれを避け、強烈な蹴りを叩き込む。アグニは踏み止まり、リッチーの足に突きを入れ闘気を流し込む。

「ぐっ……何だ、力が……!」

「俺の闘気でテメェの傷を治してやったのさ。どのみちテメェが死ぬなら、やっぱ全力を破ってこそだろう!」

「後悔することだな……!」





 黒馬の蹄が城壁の上部を踏み割り、僅かに嘶く。狂竜王の後ろに乗る、フードの少女がフードを深く被り直す。

「全く、彼方は無事なのか。そなたの救った命をさえ、一瞬の内に費やしているが」

「狂竜王、天使の子の力が見たいのでしょう?そうであるのなら、バロンはあれでいい。命の輝きこそが、闘気の本当の力を解き放つ」

 狂竜王は黒馬の上体を持ち上げると、黒馬で城壁を下る。

「ならばその命の輝きとやら、じっくりと見定めさせてもらう」





「来たか」

 ヴァルナの後ろから、バロンが現れる。

「バロン!リッチーを倒したか!」

 ヴァルナが歓喜の声を上げる。

「……いや……途中でムスペルヘイムが来た……リッチーはそれを押し止めている」

「何だと!」

「……ラーフとヴァーユには伝えた。カルブルム、戦うにしても、投降するにしても、まずは逃げよう!」

 カルブルムはゆっくりとバロンに視線を合わせる。

「その必要はない。奴が私の知る奴と同じならば、思っている以上に律儀だ」

「……何……?」

「お前の母は約束を守る女ということだ」





「その命もらったぁ!」

 アグニの鋭い突きがリッチーの左胸を刺し貫く。

「勝負あったな、リッチー」

「確かに……俺とお前の勝負はお前の勝ちだ……だが」

 轟音と共に巨大な黒馬が城壁を走りながらやってくる。そして飛び上がり、アグニたちの前に着地する。爆発のような着地音を鳴らし、砂煙が上がる。

「よくぞ耐えた、鬼槍の拳士よ」

「そちらこそ……ぐふっ……我が主との約束を守るとは……」

 アグニはリッチーを投げ捨て、首を鳴らす。

「どこのどいつか知らんがいい度胸だ!気に入ったぜ!」

「全く、世話の焼ける同僚だな、奈野花」

 狂竜王はやれやれと溜め息をつく。

「おい!さっさと馬から降りろ!馬上の不利を知らん凡夫かテメェは」

「断る。そなたは世界を焼き尽くすほどの可能性が見えるが、今は赤子。降りる必要はない」





「……僕の母……?」

「そうだ。恐らく、私とお前が会うことを妨害されたくないのだろう」

「……リッチーがお前に会えばわかると言っていた」

「私はお前を回収しに来た。異世界―――ここ、worldBに居るお前と、私の娘であるエリアルを、連れ戻しに来た。お前はDAAでの研究中、何者かに襲われ、この世界に連れてこられた」

「……何?待て、僕はこの世界に元から居たとこの世界の人間は言っている……!」

「そんなことはどうでもいい。私はお前を連れて帰り、エリアルの人生を元に戻す」

「……断る。僕はまだこの世界で何も成していない。まずはこの戦争を終わらせる。僕が誰なのかを知るためにも、ニブルヘイムを勝たせる」

 カルブルムは呆れて首を振る。

「バカな、お前はこんな世界でまだ戦うというのか。お前はバロンだ、それ以外何者でもない」

「……ああ。僕はバロンなんだろう。だが、確固たる『自分』を持たずに神子に面と向かって会うことなどできない」

 バロンは力強く踏み込む。

「……僕は僕自身の思いで、言葉で、拳で、僕自身を作り上げる」

 カルブルムは剣の柄に手をかける。それにヴァルナが反応する。

「力ずくでも回収させてもらうぞバロン。私の娘のために」

 カルブルムが黄金に輝く両刃剣を引き抜く。

使用者ユーザー上書きリライディング。月城燐花からカルブルム・フィーネへ。起動アクティベート、エクスカリバー!」

「……何!?エクスカリバーだと!?」

 バロンは目を見開き、少し動きが鈍る。カルブルムがエクスカリバーから光を放って突撃する。ヴァルナがバロンを押し飛ばし、氷剣とエクスカリバーと打ち合う。

「何だこの剣は!」

「なるほどこれが氷剣……面白い!」

 エクスカリバーは光を放つと、凄まじい加速で氷剣を叩く。ヴァルナの鋭い一撃もギリギリで逸らし、カルブルムの重い一撃をヴァルナが打ち返していく。

「……な、なぜエクスカリバーが」

 横で立ち上がったバロンが呆然とする。


 ――……――……――

「エクスカリバー?」

 黒髪の少女が訝しげに問う。

「はい、燐花様。イギリスで長年語られてきた、あの騎士王の剣です」

 勲章で垂れ下がった左肩の白衣を戻しながら、男は続ける。

「伝承では王しか抜けぬなどというつまらん世迷い言を言っていましたが、これも所詮、シフルによるロックの一種でしかありませんでした」

 燐花と呼ばれた少女は黙って頷く。

「この剣は、極めて優れた闘気を流して作られています。誰が作ったにせよ、これに込められた闘気は相当なものです」

「闘気……即ち、生命力から来るシフルの一種ですね」

「ええ」

 男はカプセルに入った聖剣の周囲をゆっくりと歩きながら、話を続ける。

「シフルであることを活用すれば、魔力も闘気、闘気も魔力となります。明人様から頂いた燐花様のその絶大なる魔力を使えば、この剣を扱うこともできましょう。DAAに必要なエネルギーを取り出した後は、燐花様の新たな武器となりえるでしょう」

 燐花はふむふむと頷く。

「なるほど。お心遣い感謝します、バロン・クロザキ技術長」

 ――……――……――


「……(バロン・クロザキ……!)」

 エクスカリバーと氷剣が交錯し、闘気の輝きを氷剣が乱反射する。

「貴様の剣、その輝きは闘気らしいな」

「その通りだ。極められた闘気は光となり、極大の破壊力を持つ」

 剣を弾き合い、両者が間合いを取り直す。

「バロン!貴様は見ていろ、この男は私が倒す」

「……わかった」

 バロンは一歩引く。そしてカルブルムが先に踏み込む。ヴァルナは目にも止まらぬ速さで斬撃を放ち、カルブルムは体をぐらつかせる。その隙を逃さず、ヴァルナが追撃を振り下ろす。カルブルムはエクスカリバーから光を放ち、強引に上体を起こす。そして起きた勢いで無理矢理氷剣にエクスカリバーを叩きつける。

「……勝負あったか……」

 カルブルムは手を痺れさせ、エクスカリバーを取り落とす。と、同時にヴァルナも氷剣を納める。

「おかしい。貴様の剣には殺気が感じられん。倒そうと言う意思は感じられるが、どうやっても勝ちたいという覚悟がない」

 ヴァルナが倒れたカルブルムに手を貸す。

「私はただ娘を救いたいだけなのだ。だがそのために、むやみに命を奪おうとは思わん」

 カルブルムはゆっくりと立ち上がる。

「……カルブルム、手を貸してくれないか。お前もわかっているはずだ、この世界で神子という存在である限り、彼女はこの世界から離れられないと」

「わかった……手を貸そう、バロン」

 カルブルムはバロンと握手を交わす。

「すぐパラミナの兵を止めろ、カルブルム」

「ああ、わかっている」

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