黒馬は廃墟の中でフードの人間とバロンを降ろし、霞のように消えてなくなった。
「どうか死なないで、バロン……!」
フードの人間が手をバロンへ翳すと、バロンの全身から瘴気が逃げてゆき、傷がみるみる内に癒えていく。
「……ん……」
バロンの視界に光が戻る。そして最初に見えたフードの人間と目が合うと、思わず飛び起きる。
「……エリアル……!?エリアルか……!」
フードの人間の華奢な肩を鷲掴みにする。するとフードから美しい青い髪が少しだけ零れる。フードの人間は手を払うと踵を返し、どこからともなく現れた赤い馬に乗った赤い鎧の骸骨騎士の手を取りその後ろに乗る。
「……待ってくれ!君は……」
フードの人間は、零れた髪を戻すとバロンを一瞥した。
「次は助けないから」
レッドライダーはフードの人間の合図を見て、馬を走らせた。馬が見えなくなったのと同時に、コーデックが鳴る。
『バロン大丈夫か!?さっきフードを被った変な奴が私たちの元へ来て狂竜王がコルムナを落としたと……』
「……フード……そいつは青い髪だったか……?」
『い、いや。馬に乗っていたから顔までは……』
「……わかった。今からそちらに向かう……」
バロンは廃墟から出ると、ラーフたちのいる場所へ向けて歩き出した。
「バロン……」
青い髪を指でくるくるしながら、赤い馬に揺られる。惜しむように呟いたその様に、レッドライダーが反応する。
「どうした、あの男とまだ一緒に居たかったか?儂に言われてもどうすることもできんがなあ」
「わかってる……バロン……またあなたを抱き締めたいから……死なないで……」
「ふっ、難儀なものじゃなあ。乙女の恋路は障害がたくさんじゃ」
レッドライダーは呆れながら馬を急かし、古代の城へと駆けていった。
パラミナ・ニブルヘイム前線基地
「……」
砂漠をただ歩いている間、延々と脳裏にあの青い髪が揺れる。フードの中に一瞬見えた顔も、掴んだ肩の、体の華奢さも……それと同時に、自分の記憶も揺れる。自分と思われる人間が殴った少女、ヴァルナから教えてもらった神子の姿、雪原で微笑んだ少女……それとあのフードの人間……いや少女は、恐ろしいほどに似ていた。
「……だが神子が、この世界の勝者に与えられる謂わば『賞品』であるのなら、パラミナの砂漠に、わざわざ出てくるはずがない……」
そうしてただ歩く内に、白い鎧の兵士たちが見える。バロンはそれに駆け寄る。
「……おい、君たち」
兵士の一人が反応する。
「バロン様、ご無事でしたか!」
「……ああ。ラーフたちはどこにいる?」
「ご案内します」
「……頼む」
兵士は歩き出す。バロンはそれに従い、すぐ傍の砦に入っていく。砦の中は慌ただしく兵士が対空砲や個人の携行する装備の調整をしていた。砦の奥にあるテントの前で兵士が止まり、中へと促す。
「……ありがとう」
バロンが礼をすると、兵士は去っていった。バロンはテントの入り口の幕を上げ、中に入る。そこには即席のテーブルの上にホログラフの機械を置き、映し出された地図を囲んでラーフ、ヴァーユ、ヴァルナが居た。
「……ヴァルナ、体はもう大丈夫なのか」
「万全だ。……とは言いがたいが、エンブルムを出すよりはいいだろう。本陣に怪我人だけ残すなど危険すぎるからな」
「いいですかバロン、あなたが来たので作戦の説明をしますが」
ヴァルナが退き、ラーフが眼鏡の位置を直す。
「この砦はムラダーラの眼前、ポルナレイオ。あなたがアリンガで暴れたお陰で、何の苦もなく奪えました。ここからムラダーラへ攻め込みます。ただし、ムラダーラの門にはリッチーと呼ばれる門番が居ます。それの相手をバロン、君にしてほしい」
「……リッチーとは何者だ」
ヴァルナがそれを聞いて口を開く。
「リッチー・タルバド。パラミナ随一の勇士であり、あのバンギをたった一人で食い止めたと言われる男だ」
「……また知らん人物が出てきた。バンギとは?」
「バンギ。ヴァナ・ギラス・ヨーギナ。ムスペルヘイムの王であり、エンブルムやカルブルムを軽く凌駕する無敵の覇王」
「……そんな強い男がどうして前線に出ない」
「ムスペルヘイムという国を作るときは自ら敵を葬っていたが、いつからか表舞台に出てこなくなったな」
「……それでそのリッチーとやらはどんなやつなんだ」
「確か、全盲で義足の男だ」
「……そんな義人がどうやって戦う」
「知らん。だが人間、いや生物というものは、失った機能を他の部位で補うものだ。それにやつは、闘気の扱いに長けていると聞く」
「……ふむ、そうか……」
ヴァルナが椅子に座り直し、ラーフがまた喋り始める。
「リッチーさえバロンが押さえてくれれば、私たちは他の城壁から登って攻め込みます」
「……門番の意味とは……」
「彼は一騎当千。そこにこちらの数少ない兵を行かせないだけでも有意義なのですよ、バロン」
「……まあいい。僕は作戦に従うだけだ」