「来るぞ! 第二ウェーブだ!」
砂嵐の向こうから、神徒の大群がついにその全貌を現した。無数の黒い影が古城を覆い尽くすかのように迫り、地面が振動しているようにすら感じる。
「総員、迎撃態勢を取れ!」
梓の鋭い声が塔の頂上から響き渡る。
4の門では、バリスタを活用しつつ、戦闘力の高いメンバーが前線を張り、防衛ラインを築いていた。
凪がリボンを軽やかに操り、美雪が鋭いレイピアで正確に仕留める。秋月の燃える拳が敵を次々と吹き飛ばし、三輪が冷静な分析で的確に援護する。一般プレイヤーたちもそれぞれが役割を果たしながら戦線を維持していた。
「もっと来る! 右!」
凪が叫び、リボンで一体の神徒を動けなくする。その隙に秋月が突っ込み、力強い一撃を叩き込む。
「っしゃあ! 次だ!」
一馬の声が戦場に響き渡る。
その時、新たな異形が現れた。
「なにあれ……?」
モブ神徒の間から、緑色の液体を滴らせる下級特殊個体が複数体姿を現した。体の表面からは毒霧が漂い、その周囲に近づくだけでプレイヤーたちが次々と動きを鈍らせていく。
「毒か……だとしたらまずい……!」
俺が声を漏らすと、毒の影響で動きが鈍るプレイヤーも出始めた。
「後退するな! ここを守らないと――」
声を張り上げたが、毒の恐怖に駆られる者たちはそれでも後方へ下がろうとする。
「仕方ない……俺たちでやるしかない!」
秋月が拳を打ち鳴らしてから、鼻をつまみ、毒を持つ神徒に突進する。
「一馬、息を止めるだけじゃ、あの毒は対処できないと思うけど」
三輪が冷静に注意を促す。
「だったらどうしろってんだよ! それしか思いつかねえだろ!」
秋月は拳を握り締め、苛立ちを隠せない。
「毒を持つ敵は八体いる」
浮水が静かに言葉を紡ぐ。その声は冷たく澄んでいた。
「僕が全部やる。残りの雑魚は任せる。バリスタとかうまく使って倒して」
一見無謀とも思える宣言に、一馬が目を見開く。
「おいおい、マジかよ! 無理に決まってんだろ!」
一馬が声を荒げるが、浮水は表情を変えない。
「無理じゃない。効率の問題だよ。君たちが毒を吸えば、それだけ戦線が崩れるだけだ」
淡々とした口調ながら、その言葉には確信があった。
「できんのかよ、そんなこと……」
秋月が唖然とした顔で問いかけると、浮水は短く頷いた。
「できる。僕は、矢神臣永以外には負けないから」
その言葉に、場の全員が息を飲んだ。
浮水は二本の刀を握り、単独で敵陣へと切り込んでいく。
その動きは華麗そのもので、毒を持つ神徒を次々と切り裂いていく。その一つひとつが精密で無駄のない攻撃だった。
「……なんか、あいつ……焦ってるように見えるな」
俺は彼の背中を見つめながら、そんな違和感を抱いていた。
自信の現れか? いや、それだけでは説明がつかない。どこか無理をしているように思えた。
「浮水彪は、矢神臣永の秘蔵っ子なんだよ」
隣で戦いながら、三輪が冷静に呟いた。
「いわば弟子だね。矢神さんに憧れて、彼から戦闘訓練を受けてた。あいつは本気で矢神さんを超えようとしてるんだよ」
その言葉に俺は小さく息を呑んだ。
その時、3の門の方向から歓声が上がった。
「やったぞ! 黒磯が倒した!」
その声に振り返ると、|黒磯風磨≪くろいそふうま≫が毒を持つ下級特殊個体を単独で撃破したとの報告が届いた。
「黒磯が……!」
俺は息を整えながら、彼の実力を改めて実感した。
「これで黒磯もピーターパン部隊だね……!」
近くにいた凪が声を弾ませながら言った。その笑顔に俺は少し気を取り直す。
「ああ」
そう返したものの、心の中には複雑な感情が渦巻いていた。
喜びか、悔しさか――それすら分からない。
「喜んでる暇あるの?」
突然冷静な声が背後から聞こえ、俺は思わず振り返った。
「うおっ! いつの間に」
そこには、戦場から戻ったばかりの浮水が立っていた。彼は肩に刀を担ぎながら、冷静な視線をこちらに向けている。
「言い忘れたことがあった。もし、強そうなやつが現れたら足止めをお願いね。僕は毒の敵を優先して倒さないとだから」
浮水は簡潔に告げると、肩に担いだ刀で背後に広がる地平線を指し示した。
「なんでそれを俺に……」
「だってたぶん、この部隊で僕の次に強いのは君か……」
浮水はちらりと三輪の方を見た。
「……まあ、それはともかく」
三輪が軽く肩をすくめる。
「こんなとこでへばらないでね。第二ウェーブは始まったばかりなんだから」
浮水のその言葉に、全員が息を呑む。
彼は一言も付け足さず、再び前線へと駆け出していった。その背中を見送りながら、俺は胸の奥に生まれた小さな焦燥感を抑えきれなかった。
塔の時計が針を刻む音が妙に大きく聞こえる。
タイマーは残り50分を切った。