雷は槍を振りかざし、足元から巨大な炎を巻き上げた。
熱波が瓦礫を焼き払い、燃え上がる炎の波が、宙に浮かぶ円に向かって一気に襲いかかる。
「燃え尽きなさい!」
その叫びに合わせるように、炎は怒涛の勢いで円を包み込む――
だが、円はその炎をすべて吸収するように取り込み、周囲の光がいっそう強く輝き出した。 吸収した熱は、たちまちエネルギーとして凝縮され、反転して雷へと叩きつけられる。
「へぇ!やるじゃない!」
雷は咄嗟に槍を振り上げ、迫りくるエネルギーを弾き返した。 その動作は冷静でありながらも力強く、不敵な笑みを浮かべる彼女の顔には、自信と闘志が宿っている。
「でも、報告よりずいぶんしょぼいんじゃない?」
彼女の炎が円の外皮を焼き焦がし、淡い光の中に黒い焦げ跡を作り出していた。 その様子を観察しながら、雷は冷たく言い放った。
「神逐を放った影響で弱っているのかしら?それとも――」
彼女は一瞬、槍を掲げて炎の熱量を増幅させる。 「私が強くなりすぎた?」
その言葉に呼応するように、円が微かに揺らめいた。 だが、それは怯えではない。円はすぐさま再び熱を吸収し始めたのだ。 まるでブラックホールのように、周囲のエネルギーを引き寄せながら膨張していく。
「重力操作……。ふんっ! たくさん飲みこんで、一発逆転を狙ってるわけね」
その異常な挙動にも、雷は一切動じない。
「なら、吐き出す暇もないほど、注ぎ込んであげる!」
瓦礫が炎に焼かれ、周囲の空気が歪んでいく。
「ほらほらほらほら!」
彼女の鼻から血が一筋、頬を伝い落ちる。だが彼女はそれすら無視し、炎を注ぎ続けた。 円は膨張しながらも、ゆっくりと高度を上げ始めた。 その動きは、雷から逃げるようでもあり、最終的な反撃の準備にも見えた。
「逃がすわけないでしょう!」
雷の背中から突然、炎が噴き出した。 それは左右に広がり、燃え盛る翼のような形を作り出す。 その炎の翼は、彼女を空中へと押し上げ、円の後を追わせる推進力となった。
「燃え尽きるまで付き合いなさい!」
炎の翼を大きく羽ばたかせながら、雷は空中に舞い上がる。 彼女の軌跡が炎の尾を描き、摩天楼の空を赤く染め上げていく。 槍を振りかざし、円に向けて全力で渦巻く炎を放った。
円の表面が激しく揺らめき、焼け焦げた部分がさらに広がる。 しかし、円はなおも熱を飲み込み続け、最後の反撃を狙っていた。
「へえまだ食べられるんだ……見た目のわりに大食いなのね」
雷は鼻血を拭うこともせず、炎の翼を羽ばたかせながら槍を再び構えた。
「どっちが先に死ぬか、我慢比べよ!」
全身から溢れるエネルギーを槍の先端に集中させ、灼熱の一撃を叩き込む。
「雷隊長!そのままではあなたまで焼けてしまいます!」 地上から焦ったような隊員の声が届く。 その声はまるで、今にも落ちそうな彼女を引き戻そうとするかのようだった。
だが、雷は空中で翼を大きく羽ばたかせながら、うんざりしたようにため息をつく。
「あー! もう!うっさい!」
その言葉には、不安を一蹴するような力強さが宿っている。 さらに、振り返らずに続けた。
「あんたらは黙って私の背中を見てなさい!」
炎の翼が再び大きく羽ばたき、熱波が下の瓦礫を吹き飛ばす。 その熱気に押されながらも、隊員たちは息を飲み、雷の背中を見上げる。
「それともなに? 私が負けると思ってる?」
その声には、たしかに苛立っていた。
だが、その中には、地上の隊員たちの不安を拭い去るような、確固たる自信もあった。
「任せてよ。こんな雑魚とは、背負ってるものが違うもの」
彼女は口元に笑みを浮かべて言った。
下の隊員たちの間に、一瞬の静寂が訪れる。 そして、その静寂を破るように、力強い声が上がった。
「隊長!!」
「雷隊長!!」
口々に名前を呼び、彼女を鼓舞する隊員たちの声が高まる。 その声を聞きながら、雷は鼻血をぬぐうことも忘れ、炎の翼をさらに力強く羽ばたかせた。
「焼け爆ぜろぉぉぉおおお!」
槍を構え、全身から迸る炎を一気に集中させる。
灼熱のエネルギーが、円を包み込み、ついにその限界を迎えさせた。
ドォォォオオン!
膨張しきったエネルギーが内部から押し寄せ、まばゆい閃光とともに大爆発を起こした。
爆発の衝撃が空を震わせ、摩天楼全体に轟音が響き渡る。 燃え盛る炎の柱が天に向かって立ち上がり、その余波が地上の瓦礫を吹き飛ばした。
そして、爆炎が消えた後――。 瓦礫の中から、フラフラとした足取りで雷の姿が現れる。
燃え尽きた翼は消えていたが、彼女の瞳にはまだ力強い光が宿っていた。
だが、ふらりとよろける。
「隊長……ッ!」
駆け寄ろうとする隊員たちを、彼女は手で制した。
倒れかける寸前、槍を地面に突き立て、身を起こす。
そして、鼻血を手の甲でぬぐうと、彼女は深く息を吸い、はっきりとした声で問うた。
「――勝者は?」
その問いかけに、隊員たちは拳を高く突き上げ、声を張り上げる。
「「「「雷 燦華!!」」」」
地面が割れるほどの歓声のなか、雷は満足そうに頷くと、
「それでよろしい」
と、隊員たちに背を向けた。
「「雷 燦華!!」」「「雷 燦華!!」」
そこから長く、雷を称える声が続いた。
燃え尽きるほどの激戦を制した彼女の背中を、誰もが見つめていた。
「ゲームクリアよ」
彼女は空から降ってきた鍵を掴むと、それを高々と掲げてみせた。