槌を撃破し、緊張感が解けた瞬間、
「賢くん、いぇーい!ナイス共同作業~♡」
俺は驚き、体勢を崩しながらもどうにか翠を支えた。
「お、おい! 翠、離れろって!」
翠は意に介さず、さらに腕を絡めてくる。
「え~? せっかく一緒に頑張ったんだから、これくらいいいじゃん~♪」
その様子を見た
「……浮かれすぎです」
一方で
「と、とにかく、これで上級神徒を倒したのはいいが……」
俺は周囲を見渡しながら話題を変えようとした。
「カギはなさそうだな」
俺の言葉に、周りは落ち込む。
梓が通信機を取り出しながら冷静に言った。
「とりあえず、各部隊に報告する。私たちは円の空間操作の影響で工業エリアから移れないし」
「ねえ、その円の討伐はどの部隊が向かってるの~?」
「それも確認しておく。でもたぶん、一番近いのは……」
――摩天楼エリア・中心部。
ビルの影に響いたのは、低く威厳ある男性の声だった。
「総員!行進止め!警戒態勢!」
真紅の服を纏った隊員たちがぴたりと動きを止める中、俺――
「一馬、今のこの空気、どう思う?」
一馬は笑みを浮かべながら答える。
「どうって? そりゃ、これからバトルが始まるんだろうが!」
俺は溜息をつき、やれやれという表情を浮かべる。
俺たちは摩天楼エリアを探索中、中級神徒の襲撃を受け、隊の半分を失ってしまった。
そんな時に現れたのが、雷部隊だ。
雷部隊は俺たちを隊に加えると、そのまま数を増し、20名の大所帯となった。
「相変わらず単純だな。もう少し慎重になれよ。今回の相手は普通じゃないんだから」
「慎重もくそもねぇ。俺は全力でぶつかるだけだ!」
その直情的な発言に、俺は肩をすくめる。
「ほんと、翔といい、お前といい。どうしてそうも単純なんだか……つうか、翔のやつ大丈夫か?」
「まあ、翔は平気だろ。今頃、あいつ緋野すぅわ~んて鼻の下伸ばしてるんだろうからさ」
一馬が笑いながら言うと、俺も少しだけ口元を緩める。
「……かもな」
俺と一馬と翔はむかしから仲がいい。寮の部屋が一緒だからだ。
※※※
翔が俺たちの寮に入ってきたのは、あいつが高等部に入ったばかりの、春のことだった。
「こんにちは!俺、 結城翔です! 三輪先輩、秋月先輩、よろしくお願いします!」
扉を開けた瞬間から元気な声を張り上げ、満面の笑みを浮かべて入ってきた翔を見て、俺は面倒な奴が来たと思った。
「……三輪蓮」
俺がそっけなく名乗ると、翔はまったく気にすることなく、にこにこと俺を見てきた。
一馬はというと、開口一番、
「おう! 秋月一馬だ! ま、俺たちがいるから安心しろよ!」
と、あっさり馴染んでいた。翔は「やっぱり秋月先輩ってすごく熱血ですね!」なんて言って、目を輝かせていたけど、一馬が「当たり前だろ!」なんて乗っかるもんだから、ますます俺は呆れる。
「……お前ら、ずっとそのテンションのつもりなのか?」
そんな皮肉っぽい一言にも、翔はニコニコしながら「はい!」と答え、一馬は「もちろん!」と胸を叩く。
俺はその時、心の中でそっと溜息をついた。
でも、それからの日々は、思ったより悪くなかった。
夜になると、翔は毎日同じようなくだらない話をしていた。
「蓮先輩、今日の練習で見たんですけど、一馬先輩が――」
「翔、てめえ! 余計なこと言うんじゃねえ!」
「えー、だって一馬先輩、見事な転びっぷりだったじゃないですか! 蓮先輩も見たかったでしょ?」
「別に興味ない。というか、一馬なら派手に転ぶだろ、週に何度か」
俺がそう言うと、翔は「たしかに!」と。
そのやり取りを見て、一馬が笑いながら突っ込む。
「おい、翔、お前いい度胸してんじゃねえか!そんな生意気なやつはこうだ!」
「アッハッハッハ!ちょ、一馬先輩、脇!脇は…!アッハッハッハ!」
一馬が翔をくすぐり、翔が大きな声で笑う。
それを横目に、俺はベッドに横になりながら「バカばっか」と呟く。
でも、そんな二人のやり取りを、俺はベッドに横になりながら聞いていた。
その空気が心地よかったのは、俺の中だけの秘密だ。
※※※
「……翔のやつ、怪我してないといいけど」
俺がふと呟くと、一馬がにやりと笑った。
「お前、さっきから翔のことばっか気にしてんじゃねぇか。蓮、お前のそういうとこ、意外とお兄ちゃんっぽいよな?」
「お兄ちゃん……? 勝手なこと言うなよ。俺はただ、寮に戻った時、看病したくないだけだ」
そう答えながらも、実際は、翔がここにいないのは、妙に落ち着かなかった。
それはきっと一馬も同じだろう。
「……まあ、何かあっても翔なら大丈夫だろ」
だから、一馬はそんなことを呟いて、遠くを見つめるんだ。
俺はそんな一馬の横顔をちらりと見てから、隊の前方に視線を向けた。
「状況を報告なさい」
香港の天才、
「ゲートは西にある複合商業施設エリアに発見されました」
側近が即座に応じると、雷は満足そうに笑みを浮かべた。
「ふんっ、上出来ね。で、槌の方は?カギはあったの?」
「それが、たった今きた報告によると、どうやら槌はカギを持っていなかったようです」
「はっ!なら、どうやら当たりはこっちだったようね!」
雷が強気に言い放つ。彼女の視線の先には、淡く発光する球体――神徒・円が浮かんでいる。
しかし、その道中には無数のモブ神徒や、下級、中級の特殊個体が待ち構えていた。
一体、どうやってあそこまで行くつもりだろう。
「総員、密集陣形を組みなさい」
雷が淡々と指示を出し、側近が声を張り上げて伝える。
「総員!密集陣形!」
雷を中心とした巨大なファランクス陣形が形作られた。
途中で雷部隊に拾われた俺たちは勝手がわからず、近くにいたプレイヤーのひとりに付き従う。
「さて……」
20名の密集陣形が出来上がると、その中心で、雷は悠々と歩き始めた。
「総員!私をアイツの前までエスコートなさい!」
その言葉とともに、雷部隊の全員が「応ッ!」と声を張り上げ、円が悠然と浮かぶ先へと進軍が始まった。
――エスコート? この敵の群れの中をか?
部隊の動きに流されるなか、秋月一馬が小声で呟いた。
「なんでエースは戦わないんだ?」
「さあ」と俺は返す。そんなこと知らん。
そんな時、近くにいた雷部隊のひとりが静かな声で教えてくれた。
「雷隊長は力を温存している。さすがに上級をひとりで相手にするとなれば、力の配分も重要だ」
「……待て。さすがにひとりじゃ無理だろ?」
雷部隊の男は微笑を浮かべ、静かに語る。
「雷隊長をなめるな。あの方は、矢神臣永なきいま、アジアのトップに最も近い御方だ」
「……へえ」
俺はその言葉を冷めた気持ちで聞いていた。
――矢神臣永に比肩するやつが、そんな簡単に出てきてたまるかよ。
視線の先には、そのアジアトップに近い才女が立っている。(俺は認めてないけど)
――ていうかまだ、緋野翠と一緒で、ピーターパン部隊に内定したってだけだろ?
俺は呆れながら才女様から視線を外した。
――中国支部は人手不足ってことですかね。
俺が目を話す瞬間、その才女は槍の石突で地面をつき、不敵に笑った。
「さあ、燃やし尽くすわよ」
ほんの束の間、目の端で捉えたその横顔に、どうしてだろう、俺の心はひどくざわついた。