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6-6: A Command Echoes in the Skyline (摩天楼に響く号令)

槌を撃破し、緊張感が解けた瞬間、緋野翠あけのすいが満面の笑みで俺に飛びついてきた。

「賢くん、いぇーい!ナイス共同作業~♡」

俺は驚き、体勢を崩しながらもどうにか翠を支えた。

「お、おい! 翠、離れろって!」

翠は意に介さず、さらに腕を絡めてくる。

「え~? せっかく一緒に頑張ったんだから、これくらいいいじゃん~♪」

その様子を見た遠野美雪とおのみゆきがムッとした表情で顔を背ける。

「……浮かれすぎです」

一方で白波梓しらなみあずさは何も言わず、ぷいっと視線を外した。その横顔がどこか冷たく見える。

「と、とにかく、これで上級神徒を倒したのはいいが……」

俺は周囲を見渡しながら話題を変えようとした。

「カギはなさそうだな」

俺の言葉に、周りは落ち込む。

梓が通信機を取り出しながら冷静に言った。

「とりあえず、各部隊に報告する。私たちは円の空間操作の影響で工業エリアから移れないし」

「ねえ、その円の討伐はどの部隊が向かってるの~?」

「それも確認しておく。でもたぶん、一番近いのは……」

――摩天楼エリア・中心部。

ビルの影に響いたのは、低く威厳ある男性の声だった。

「総員!行進止め!警戒態勢!」

真紅の服を纏った隊員たちがぴたりと動きを止める中、俺――三輪蓮みわれんは、近くに立つ秋月一馬あきづきかずまに少し皮肉っぽく声をかけた。

「一馬、今のこの空気、どう思う?」

一馬は笑みを浮かべながら答える。

「どうって? そりゃ、これからバトルが始まるんだろうが!」

俺は溜息をつき、やれやれという表情を浮かべる。

俺たちは摩天楼エリアを探索中、中級神徒の襲撃を受け、隊の半分を失ってしまった。

そんな時に現れたのが、雷部隊だ。

雷部隊は俺たちを隊に加えると、そのまま数を増し、20名の大所帯となった。

「相変わらず単純だな。もう少し慎重になれよ。今回の相手は普通じゃないんだから」

「慎重もくそもねぇ。俺は全力でぶつかるだけだ!」

その直情的な発言に、俺は肩をすくめる。

「ほんと、翔といい、お前といい。どうしてそうも単純なんだか……つうか、翔のやつ大丈夫か?」

「まあ、翔は平気だろ。今頃、あいつ緋野すぅわ~んて鼻の下伸ばしてるんだろうからさ」

一馬が笑いながら言うと、俺も少しだけ口元を緩める。

「……かもな」

俺と一馬と翔はむかしから仲がいい。寮の部屋が一緒だからだ。

※※※

翔が俺たちの寮に入ってきたのは、あいつが高等部に入ったばかりの、春のことだった。

「こんにちは!俺、 結城翔です! 三輪先輩、秋月先輩、よろしくお願いします!」

扉を開けた瞬間から元気な声を張り上げ、満面の笑みを浮かべて入ってきた翔を見て、俺は面倒な奴が来たと思った。

「……三輪蓮」

俺がそっけなく名乗ると、翔はまったく気にすることなく、にこにこと俺を見てきた。

一馬はというと、開口一番、

「おう! 秋月一馬だ! ま、俺たちがいるから安心しろよ!」

と、あっさり馴染んでいた。翔は「やっぱり秋月先輩ってすごく熱血ですね!」なんて言って、目を輝かせていたけど、一馬が「当たり前だろ!」なんて乗っかるもんだから、ますます俺は呆れる。

「……お前ら、ずっとそのテンションのつもりなのか?」

そんな皮肉っぽい一言にも、翔はニコニコしながら「はい!」と答え、一馬は「もちろん!」と胸を叩く。

俺はその時、心の中でそっと溜息をついた。

でも、それからの日々は、思ったより悪くなかった。

夜になると、翔は毎日同じようなくだらない話をしていた。

「蓮先輩、今日の練習で見たんですけど、一馬先輩が――」

「翔、てめえ! 余計なこと言うんじゃねえ!」

「えー、だって一馬先輩、見事な転びっぷりだったじゃないですか! 蓮先輩も見たかったでしょ?」

「別に興味ない。というか、一馬なら派手に転ぶだろ、週に何度か」

俺がそう言うと、翔は「たしかに!」と。

そのやり取りを見て、一馬が笑いながら突っ込む。

「おい、翔、お前いい度胸してんじゃねえか!そんな生意気なやつはこうだ!」

「アッハッハッハ!ちょ、一馬先輩、脇!脇は…!アッハッハッハ!」

一馬が翔をくすぐり、翔が大きな声で笑う。

それを横目に、俺はベッドに横になりながら「バカばっか」と呟く。

でも、そんな二人のやり取りを、俺はベッドに横になりながら聞いていた。

その空気が心地よかったのは、俺の中だけの秘密だ。

※※※

「……翔のやつ、怪我してないといいけど」

俺がふと呟くと、一馬がにやりと笑った。

「お前、さっきから翔のことばっか気にしてんじゃねぇか。蓮、お前のそういうとこ、意外とお兄ちゃんっぽいよな?」

「お兄ちゃん……? 勝手なこと言うなよ。俺はただ、寮に戻った時、看病したくないだけだ」

そう答えながらも、実際は、翔がここにいないのは、妙に落ち着かなかった。

それはきっと一馬も同じだろう。

「……まあ、何かあっても翔なら大丈夫だろ」

だから、一馬はそんなことを呟いて、遠くを見つめるんだ。

俺はそんな一馬の横顔をちらりと見てから、隊の前方に視線を向けた。

「状況を報告なさい」

香港の天才、雷燦華レイカンファンが冷たい声で指示している。

「ゲートは西にある複合商業施設エリアに発見されました」

側近が即座に応じると、雷は満足そうに笑みを浮かべた。

「ふんっ、上出来ね。で、槌の方は?カギはあったの?」

「それが、たった今きた報告によると、どうやら槌はカギを持っていなかったようです」

「はっ!なら、どうやら当たりはこっちだったようね!」

雷が強気に言い放つ。彼女の視線の先には、淡く発光する球体――神徒・円が浮かんでいる。

しかし、その道中には無数のモブ神徒や、下級、中級の特殊個体が待ち構えていた。

一体、どうやってあそこまで行くつもりだろう。

「総員、密集陣形を組みなさい」

雷が淡々と指示を出し、側近が声を張り上げて伝える。

「総員!密集陣形!」

雷を中心とした巨大なファランクス陣形が形作られた。

途中で雷部隊に拾われた俺たちは勝手がわからず、近くにいたプレイヤーのひとりに付き従う。

「さて……」

20名の密集陣形が出来上がると、その中心で、雷は悠々と歩き始めた。

「総員!私をアイツの前までエスコートなさい!」

その言葉とともに、雷部隊の全員が「応ッ!」と声を張り上げ、円が悠然と浮かぶ先へと進軍が始まった。

――エスコート? この敵の群れの中をか?

部隊の動きに流されるなか、秋月一馬が小声で呟いた。

「なんでエースは戦わないんだ?」

「さあ」と俺は返す。そんなこと知らん。

そんな時、近くにいた雷部隊のひとりが静かな声で教えてくれた。

「雷隊長は力を温存している。さすがに上級をひとりで相手にするとなれば、力の配分も重要だ」

「……待て。さすがにひとりじゃ無理だろ?」

雷部隊の男は微笑を浮かべ、静かに語る。

「雷隊長をなめるな。あの方は、矢神臣永なきいま、アジアのトップに最も近い御方だ」

「……へえ」

俺はその言葉を冷めた気持ちで聞いていた。

――矢神臣永に比肩するやつが、そんな簡単に出てきてたまるかよ。

視線の先には、そのアジアトップに近い才女が立っている。(俺は認めてないけど)

――ていうかまだ、緋野翠と一緒で、ピーターパン部隊に内定したってだけだろ?

俺は呆れながら才女様から視線を外した。

――中国支部は人手不足ってことですかね。

俺が目を話す瞬間、その才女は槍の石突で地面をつき、不敵に笑った。

「さあ、燃やし尽くすわよ」

ほんの束の間、目の端で捉えたその横顔に、どうしてだろう、俺の心はひどくざわついた。

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