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6-4: Wounded Titan(傷だらけの巨人)

工業地帯の奥深く、俺たちは神徒・槌しんと・ついを探して進んでいた。瓦礫と錆びた鉄骨の迷路のような空間に、重たい空気が漂う。誰もが無言で歩を進めながらも、全員の意識は次の戦闘への緊張感で張り詰めている。

「そういえば、黒磯たちは三人なのか?」

ふと思い出し、俺が問いかける。

水上凪みなかみなぎが少し眉をひそめながら答えた。

「うん。もうひとりの子は……やられちゃった……」

黒磯風磨くろいそふうまが無言で肩をすくめたが、彼の左肩を押さえる手にはかすかな震えが見えた。激しい戦闘があったは想像に難くない。そこで、やられたのだろう。

「そっちは? たしか、一年の……」

凪が俺たちを見ながら言う。

「たしか、結城くんが同じ部隊でしたよね」

天草結衣あまくさゆいが小さく首を傾げた。

「翔は……」

口に出そうとした瞬間、白波梓しらなみあずさが俺に鋭い視線を送り、目配せをしてきた。

――言わないほうがいい。

その意図がすぐに伝わり、俺は嘘をついた。

「ああ……こっちも同じだ……」

「そっか……」と凪。

俺たちがうつ向いていると、

前を歩いていた緋野翠が、くるりと振り向いた。

「落ち込むのもいいけど、それで私たちまでやられてたら、頑張って戦ったプレイヤーに失礼だよ~?」

翠の言葉に、俺と凪は顔を上げ、うなづいた。

「ああ、そうだな」「うん、そうだね」

それからも俺たちは慎重に、それでいて急ぎながら前に進んだ。

工業地帯の中央部に差し掛かった頃、凪が前方を指差した。

「……あれ?」

その言葉に全員が足を止め、目を凝らす。そこには、巨大な影が佇んでいた。

「見つけた……神徒・しんと・つい……」

梓が低く呟いた。

その姿は報告書に記載されていたものとは異なり、全身が傷だらけで、右腕が根元から失われている。血ではない黒い液体が体表を覆い、鈍く光っていた。

「あれでまだ動けるのか……」

黒磯が吐き捨てるように言った。

「矢神さんが、ここまで追い詰めたんだ……でも……」

俺は全身に寒気を覚えた。

あの巨体が発する圧倒的な殺気が、距離を隔てても全員の皮膚に直接触れるようだった。

「みんな……気をつけて。あいつはまだ、危険すぎる」

梓の声が一層緊迫感を増す。

槌は、ゆっくりとこちらを向いた。その動きだけで、空気が重く揺れるように感じられる。

「行くよ!全員で仕掛ける!」

梓が声を上げる。

俺たちは全員がそれぞれの武器を構えた。

「やるぞ!」

黒磯が巨剣を振り上げ、真っ先に槌へと突進していく。

「黒磯先輩!」

天草が後ろから声をかけるが、彼の勢いは止まらない。

黒磯の一撃は、槌の巨体に直撃した。鈍い音が鳴り響き、槌の巨体がわずかに揺れる。

「効いたの……?」

凪が呟いたその瞬間、槌が巨大な鉄槌を振りかざした。

「黒磯くん、下がって!」

梓が叫ぶ。

だが、槌の動きは巨体に似合わない速さで、黒磯を弾き飛ばした。

「ぐっ……!」

黒磯が瓦礫の山に吹き飛ばされる。

だが、衝突の直前で、天草のバリアが黒磯の身体を包んだ。

「黒磯先輩!」

「俺は平気だ! それより、天草――逃げろッ!」

駆け寄ろうとする天草に、槌の巨体がゆっくりと向き直る。

「くそっ……!」

俺は|ガン・ダガーを握りしめ、全力で槌の足元に向かって突進した。

美雪のレイピアが槌の胴体を刺し、凪のリボンがその動きを封じようとする。

「なんて硬さだ!」

俺はガン・ダガーで槌の脚部を斬りつけるが、その硬さに歯が立たない。

「でも、再生は遅いよ!」

梓が鋭く指摘する。

たしかに、槌の隻腕や体中の傷跡は修復の兆しを見せていない。

「賢くん!私が引きつけるから、その隙に――……」

だが、槌の鉄槌が地面を叩きつけた瞬間、俺たちは吹き飛ばされた。

衝撃波が周囲を走り、瓦礫が舞い上がる。

「……これが上級神徒の力か……!」

俺は受け身を獲り、息を切らしながら叫んだ。

槌の攻撃が再び迫る。全員がかわしながら、それぞれの武器で攻撃を仕掛けるが、槌の巨体はまるで揺るがない。

「こんな相手を、矢神さんはたったひとりで相手にしてたの……」

美雪が震えながら呟く。

「槌だけじゃないよ。封印に長けた縛。空間を支配する円。その三体をまとめて相手取ってた」

梓の言葉に、皆が息をのむ。

「でも、だからこそ、あの人をここで失うことがあっちゃダメなの!」

梓が声を上げる。その瞳には確かな決意が宿っていた。

「いこう! 怯まずに! 私たちがここで必ず槌を討って、ゲートを開く……!」

その言葉が、全員の士気を再び奮い立たせた。

だが、目の前にそびえる巨人の姿は、なおも圧倒的だった。

俺たちの前に立ち塞がる壁は、今、最大の難関を迎えようとしていた――。


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