工業地帯の奥深く、俺たちは
「そういえば、黒磯たちは三人なのか?」
ふと思い出し、俺が問いかける。
「うん。もうひとりの子は……やられちゃった……」
「そっちは? たしか、一年の……」
凪が俺たちを見ながら言う。
「たしか、結城くんが同じ部隊でしたよね」
「翔は……」
口に出そうとした瞬間、
――言わないほうがいい。
その意図がすぐに伝わり、俺は嘘をついた。
「ああ……こっちも同じだ……」
「そっか……」と凪。
俺たちがうつ向いていると、
前を歩いていた緋野翠が、くるりと振り向いた。
「落ち込むのもいいけど、それで私たちまでやられてたら、頑張って戦ったプレイヤーに失礼だよ~?」
翠の言葉に、俺と凪は顔を上げ、うなづいた。
「ああ、そうだな」「うん、そうだね」
それからも俺たちは慎重に、それでいて急ぎながら前に進んだ。
工業地帯の中央部に差し掛かった頃、凪が前方を指差した。
「……あれ?」
その言葉に全員が足を止め、目を凝らす。そこには、巨大な影が佇んでいた。
「見つけた……神徒・
梓が低く呟いた。
その姿は報告書に記載されていたものとは異なり、全身が傷だらけで、右腕が根元から失われている。血ではない黒い液体が体表を覆い、鈍く光っていた。
「あれでまだ動けるのか……」
黒磯が吐き捨てるように言った。
「矢神さんが、ここまで追い詰めたんだ……でも……」
俺は全身に寒気を覚えた。
あの巨体が発する圧倒的な殺気が、距離を隔てても全員の皮膚に直接触れるようだった。
「みんな……気をつけて。あいつはまだ、危険すぎる」
梓の声が一層緊迫感を増す。
槌は、ゆっくりとこちらを向いた。その動きだけで、空気が重く揺れるように感じられる。
「行くよ!全員で仕掛ける!」
梓が声を上げる。
俺たちは全員がそれぞれの武器を構えた。
「やるぞ!」
黒磯が巨剣を振り上げ、真っ先に槌へと突進していく。
「黒磯先輩!」
天草が後ろから声をかけるが、彼の勢いは止まらない。
黒磯の一撃は、槌の巨体に直撃した。鈍い音が鳴り響き、槌の巨体がわずかに揺れる。
「効いたの……?」
凪が呟いたその瞬間、槌が巨大な鉄槌を振りかざした。
「黒磯くん、下がって!」
梓が叫ぶ。
だが、槌の動きは巨体に似合わない速さで、黒磯を弾き飛ばした。
「ぐっ……!」
黒磯が瓦礫の山に吹き飛ばされる。
だが、衝突の直前で、天草のバリアが黒磯の身体を包んだ。
「黒磯先輩!」
「俺は平気だ! それより、天草――逃げろッ!」
駆け寄ろうとする天草に、槌の巨体がゆっくりと向き直る。
「くそっ……!」
俺は|ガン・ダガーを握りしめ、全力で槌の足元に向かって突進した。
美雪のレイピアが槌の胴体を刺し、凪のリボンがその動きを封じようとする。
「なんて硬さだ!」
俺はガン・ダガーで槌の脚部を斬りつけるが、その硬さに歯が立たない。
「でも、再生は遅いよ!」
梓が鋭く指摘する。
たしかに、槌の隻腕や体中の傷跡は修復の兆しを見せていない。
「賢くん!私が引きつけるから、その隙に――……」
だが、槌の鉄槌が地面を叩きつけた瞬間、俺たちは吹き飛ばされた。
衝撃波が周囲を走り、瓦礫が舞い上がる。
「……これが上級神徒の力か……!」
俺は受け身を獲り、息を切らしながら叫んだ。
槌の攻撃が再び迫る。全員がかわしながら、それぞれの武器で攻撃を仕掛けるが、槌の巨体はまるで揺るがない。
「こんな相手を、矢神さんはたったひとりで相手にしてたの……」
美雪が震えながら呟く。
「槌だけじゃないよ。封印に長けた縛。空間を支配する円。その三体をまとめて相手取ってた」
梓の言葉に、皆が息をのむ。
「でも、だからこそ、あの人をここで失うことがあっちゃダメなの!」
梓が声を上げる。その瞳には確かな決意が宿っていた。
「いこう! 怯まずに! 私たちがここで必ず槌を討って、ゲートを開く……!」
その言葉が、全員の士気を再び奮い立たせた。
だが、目の前にそびえる巨人の姿は、なおも圧倒的だった。
俺たちの前に立ち塞がる壁は、今、最大の難関を迎えようとしていた――。