荒廃した工業地帯の中、俺たちは梓の指示で指定された合流地点に向かっていた。
再編成の呼びかけに応じ、ここで次の行動を共にする仲間と合流する手筈だ。
「ここだね~、待ち合わせ場所は」
「みんな……無事にたどり着けるでしょうか」
翠は振り返りもせず言い放つ。
「美雪ちゃん、信じることが大事だよ~!ね、賢くん」
「ああ、そうだな」
俺が頷くと、美雪はほっとした表情を浮かべた。
「ほら! いた!」
翠が指差した先には、瓦礫の山を背に数人の影が見える。
近づいてみると、それは
「美雪、大丈夫だった!?」
凪が駆け寄り、美雪の手を握る。その明るい笑顔に、緊張していた俺たちの空気が一気に和らぐ。
「黒磯、その傷……」
俺が黒磯に声をかけると、彼は無造作に腕を振った。
「なんてことはねえ」
「黒磯先輩、私を助けるために……」
天草が申し訳なさそうにうつむく。
「気にすんなって言ったろ」
黒磯はいつも通り不遜な態度で応じるが、その声は少しだけ柔らかかった。そして彼は軽く鼻を鳴らしながら言う。
「こんな人数集めて、やることは一つだろ?サクッと終わらせようぜ」
梓が腕を組みながら、黒磯をじっと見据える。
「その前に、確認が必要」
白波梓の落ち着いた声に、場が静まる。
「今回の目標は明確。私たちは
黒磯は一瞬眉をひそめたが、梓の鋭い目に押されるように何も言わなかった。
「槌って、上級神徒なんですよね……? それも、上級の中でも強めな……」
美雪が不安げに言う。
梓は少し頷きながら答える。
「うん。そうだね。報告によれば、矢神さんが神逐をくらった後、近くにいた縛はその余波で蒸発。槌は重傷を負っていたけど、なんとか再生したらしい」
梓の言葉に、緋野を除いた全員が息をのむ。
「でもまだ完全には回復してないと思う。だから、今なら被害も少なく倒せるはず」
「だ、大丈夫でしょうか……」
天草が黒磯の顔を見上げると、彼は黙って天草の頭をぽんと撫でた。
その様子に凪が口を挟む。
「でも、白波さんがいるから大丈夫だよね…?」
「残念ながら、そんなことない」
梓は少し視線を落としながら、静かに言葉を紡いだ。
その声にはどこかためらいが混じっている。
「私が副隊長なのは、強いからじゃなくて、メンタルが安定しているからってだけ。ピーターパンは、長年戦い疲れてて、人を率いる負担まで背負いたくないって人が多いの」
梓は少し視線を上げ、俺たち一人ひとりの顔を見渡した。
「矢神さんみたいに、黎明期から最前線で戦い続けて、ずっとリーダーをやれる人は異例中の異例」
彼女の口調は冷静だが、その背後にあるピーターパンの現状を思わせる内容に、俺たちは黙って耳を傾ける。
「念のため、神徒のランク付けについて説明するね」
梓は軽く息を吐き、話題を切り替えるように言った。
「ネームドじゃない普通の神徒は、一般プレイヤーでも撃破可能。個体差によっては単独撃破が難しいのもいる」
俺たちは互いに目を合わせ、これまで戦ってきた敵を思い浮かべる。
「特殊個体は、一般プレイヤーは基本接敵禁止。なぜなら、死ぬから」
彼女の声がほんの少し低くなる。その言葉の重みが場の空気を引き締めた。
「ピーターパンのプレイヤーが単独で倒せるのが下級特殊個体。それが、ピーターパン部隊に入る最低ライン。中級になると、ピーターパンのプレイヤーでも単独では苦戦、数人がかりで倒せるレベル。上級特殊個体になると、ピーターパン部隊の上位戦力が単独で差し違えるのが限界。集団でも普通は苦戦する」
梓の言葉に、翠が少し得意げに笑みを浮かべた。
「なら中級を単独で倒せる私は、ピーターパンの中でも結構強い方になるんだね~♪」
翠が軽く笑いながら肩をすくめると、黒磯がすかさず突っ込んだ。
「緋野、調子に乗るなよ。おまえはまだ内定ってだけだろうが」
彼の声はいつもの皮肉混じりだが、その言葉にはどこか呆れも混ざっている。
「でも、黒磯くんよりは強いよ~?」
翠がからかうように言い放つと、黒磯の眉間に青筋が浮かんだ。
「てめえ!」
その様子を見た梓が、ため息をつきながら口を開いた。
「翠ちゃん、煽らない。ほら、黒磯くんに謝る」
彼女の言葉には穏やかさの中にも確かな指導力が滲んでいる。
「はいは~い、わかってるってば~。ごめんねー、本当のこと言って~」
翠が明るく言うが、その調子に黒磯はさらに苛立つ様子だ。
その時、天草がそっと黒磯の袖を引いた。
「黒磯先輩……落ち着いてください」
その声に黒磯は舌打ちを一つし、なんとか平静を取り戻した。
「ふんっ……」
黒磯はそれ以上何も言わず、腕を組んで押し黙った。
「それじゃ、行こうか」
梓がみんなの顔を見る。
俺たちは再び武器を構え、ひとつ深呼吸をした。
槌の潜む場所は、この工業地帯の最深部――矢神さんのシグナルが途絶えた場所にあるはずだ。
皆の表情を確認したのか、梓がふと小さく息を吐く。
そして視線を前に向け、静かに決意を込めて言った。
「私たちで、槌を討つ……!」