――工業地帯・中心部。
工業地帯に漂う不穏な空気が、ますます重く押し寄せてくる。
周囲の景色が、かすかに揺れ、まるでその空間そのものが歪んでいるかのようだ。
淡い光が次第に強さを増し、地面に影響を与え始めているのが視界に入る。
冷たい汗が額を伝い落ちる。
「……
プレイヤーを永久に封じ込め、ゲームそのものから追放する最も恐ろしい術。
発動すれば、俺はここから永遠に消え、仲間たちに二度と会えなくなる。
だが、それだけではない。この場から俺が消えれば、戦局そのものが大きく変わってしまう。
「……許すわけにはいかない」
そうつぶやいた瞬間、地面から何かが俺を引き寄せるような感覚が広がった。
まるで目に見えない鎖で縛られ、徐々に力が奪われていく。
「……クソ、力が……」
神逐の光が強まるにつれ、体の動きが鈍くなる。
まるで全身に重りがつけられたようだ。
呼吸も浅くなり、集中力が削られていく。このままでは、まずい。
俺はナイトホークを強く握り、エネルギーを集中させる。
一撃で決めるつもりで、剣にすべてを注ぎ込んだ。
その瞬間、目の前にいた槌が大きく鉄槌を振りかぶり、俺に向かって振り下ろしてきた。
だが、今の俺にはそれを完全にかわす余裕がない。
「……!」
俺は剣を使って鉄槌を受け止めたが、その衝撃は想像以上に重い。
槌の力は、一瞬で俺の足元を崩し、その場に押し倒されそうになる。
かろうじて姿勢を保ちつつも、力が抜けていくのが感じられた。
「まだだ……」
俺は必死に剣を振り抜き、槌を払いのけようとしたが、すでに力が弱まっている。
まるで、時間が止まったかのような感覚に包まれ、視界がぼやけ始めた。
そのとき、通信機からかすかな音が聞こえた。
「……がみ……矢神! 聞こえる? 返事して!」
美月の声が、遠くから聞こえる。
俺は必死に答えようとしたが、声が出ない。
神逐の力が確実に俺を縛りつけている。
「……美月」
そう心の中で叫びながら、俺は剣に再びエネルギーを注ぎ込む。
全力で抗うしかない。
目の前には槌が迫り、縛の無数の腕が俺を囲んでいる。
彼らの動きは依然として精密だが、どこか隙がある。
「次の一手で……終わらせる」
そう自分に言い聞かせ、俺は最後の力を振り絞った。
剣を振り抜き、槌の巨体に一撃を加える。
その刹那、閃光が走り、槌は大きく後退した。
だが、喜ぶ余裕はない。俺の体力も限界に近づいている。
「……」
工業地帯全体が、淡い光に包まれ始めた。
時間が止まったかのように、周囲の景色が揺らめいて見える。
俺の体はまるで鉛のように重く、すべての動きが鈍化している。
視界がぼやけ、耳鳴りが響く中、俺は最後の力を振り絞ろうとした。
だが、全身を締め付ける圧倒的な力は、まるで鎖のように俺の体を拘束していた。
「……まだ終わっていない」
自分にそう言い聞かせる。諦めるわけにはいかない。
せめて、この2体の神徒を倒し、
……だが、力が、もう残っていない。
俺の足元で、次第に地面が崩れ始める。
光が工業地帯全体を包み込み、その光はまるで生き物のように俺に絡みついてくる。
体の自由が奪われる感覚が強まる。
「くっ……!」
剣を持ち上げようとするが、手が思うように動かない。
俺の力を封じ込める神逐が、着実に発動している証拠だ。
目の前に迫る
俺の体感時間も歪んでいるのかもしれない。時間が残されていない。
「美月……」
頭の中で美月のことを思い出すが、すでに通信機に触れる力すら残っていない。
周囲が暗くなっていく中で、俺はかつて共に戦った日々を思い返していた。
あの日、美月と肩を並べ、戦場を駆け抜けた瞬間が、まるで昨日のことのように蘇る。
あの時も、彼女は俺の隣にいてくれた。
冷静な判断力と大胆な行動力。
彼女の存在がどれほど俺を支えていたのか、今ようやく痛感している。
だが、今は違う。
俺は一人だ。
この戦場で、誰も助けは来ない。
「……終わるのか?」
その思いが頭を過ぎると同時に、胸の中に一抹の寂しさが広がる。
俺はここで終わるのか。
この戦いの中で、封じられてしまうのか?
しかし、その答えを得る前に、俺にはまだやるべきことがある。
「……仲間たちに……」
俺は最後の力を振り絞り、剣を握る手に微かな力を込める。
自分を封じ込めようとする光が、なおも俺の体に絡みついてくるが、抵抗する意志だけは失わない。
仲間たちに何か伝えなくてはならない。
その時、通信機がかすかに震えた。美月だ。
「矢神! まだ聞こえる?」
その声はかすかに遠くから響いている。
彼女が俺を心配しているのがわかる。
だが、言葉が出ない。呼吸が浅くなり、全身が重く、もう動けない。だけど――。
「まだ……だ」
喉の奥からかすれた声が漏れた。
美月には聞こえたのだろうか?
通信の向こうで応答を待つ彼女の姿が頭に浮かぶ。
「矢神、しっかりして! 応援はもうすぐ……!」
その言葉が届くが、もう耳に入らない。
光が俺を飲み込み、視界が白く染まっていく。
体が引き裂かれるような感覚が全身を襲い、呼吸が止まる。
――ここまでか。
俺の手から、ナイトホークが滑り落ちた。
体の動きは完全に封じられたが、意識だけはまだ残っている。
神逐が完了するまで、あとわずかの時間が残されている。
この瞬間に、俺はなにができる。
仲間たちに……何を伝えられる。
その時、建物の影に“あるもの”が見えた。
「……これはッ!」
俺は強い衝撃を受けた。
それは間違いなく――“SENETというゲームの真の目的”を示すものだった。
――伝えねば……“あいつ”に……ッ!。
俺は最後の力を振り絞り、通信機に手をかけた。
「緋野……聞こえてるか……っ」
『あれ~? 矢神さん? どうしたの~?』
「灰島に……灰島賢に伝えてくれ……」
俺は最後の呼吸を挟んだ。
「おまえを巻き込んだ真犯人は……SENETの……真の目的は……」
――工業地帯・南部。
『おまえを巻き込んだ真犯人は……SENETの……真の目的は……』
矢神さんのその声が、通信機を通して響いた瞬間、俺は立ち止まった。
工業地帯の混乱と騒音が、急に遠のく。
まるで、彼の言葉だけがこの空間に残り、俺を呼び戻しているかのように。
「SENETの……真の目的……?」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓は一気に早鐘のように鳴り始めた。
真の目的?
矢神さんは、この状況の中で何を伝えようとしているんだ?
通信が途切れかけている中で、彼が選んだ言葉に、何か決定的な真実があるはずだ。
「矢神さん……一体……なにが……」
俺の頭の中は混乱していた。
矢神さんがあのタイミングであえて俺に伝えようとしたのは、一体何なんだ?
ただの戦略的な指示?
いや、そうじゃない。彼は俺に、もっと深い何かを伝えたかったはずだ。
「……俺を、SENETに引き込んだ……真犯人が……」
そうだ、真犯人。
矢神さんは、最後にその言葉を残していた。
「矢神さん、どうしたんだろ~?」
「まさか……ピンチとか……?」
「遠野先輩!それこそまさかですよ!矢神さんがピンチに陥ることなんてありませんって」
「でも。なんか途切れ途切れでしたよね……? 翠ちゃん、矢神さんの位置情報、どうなっていますか?」
「んー? 工業地帯の中心部からの通信だったけど~」
工業地帯の中心部に、矢神さんがいるのか。
もしかしたら、俺をここに引き込んだ全ての元凶とともに――。
俺は自分の拳を握りしめ、胸に残る疑念を押し殺した。
工業地帯の中心部に向かう――それしかない。
答えはそこにある。
そして、すべての真実を知ることで、この戦いの全貌を掴むことができるかもしれない。