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5-5: The Warrior's Past(戦士の過去)

――ANAT日本支部・作戦本部。


「早乙女副指令、大丈夫ですか?」


若い通信士の声が耳に飛び込んできた瞬間、私は現実に引き戻された。

モニターに映る戦況から、いつの間にか目を逸らしてしまっていたのだ。

無意識に握りしめたタブレットが、手汗でじっとりと濡れている。


「……大丈夫よ。ただ、少し考え事をしていただけ」


震える声が微かに聞こえるかもしれない。

それでも、私は努めて微笑んだ。

しかし、その笑顔はどこか無理があった。

指揮官として揺らぐことは許されないとわかっているのに、心の奥底にある焦りが静かに私を飲み込んでいく。


「無理しないでくださいね。指揮官が冷静さを保たなければ、皆に不安が広がります」


その言葉は胸に重く響いた。

彼の言う通りだ。

私が崩れては、士気にかかわる。

だが、モニターに映る矢神臣永――彼の姿が、どうしても私の視線を引き離してくれない。


冷徹で、完璧な戦士。

その姿を見るたびに、私の胸に痛みが走る。


「……ありがとう、気をつけるわ」


自分自身への言い聞かせだった。

だが、私の視線は再び彼に戻ってしまう。

矢神はまるで舞うように敵を切り伏せ、無駄のない動きで戦場を支配している。

かつて、私も彼の隣で戦ったことがあった。

あの頃は、まだ希望を抱いていた。彼の背中を追い続ければ、いつか肩を並べられると信じていた。


でも、現実は残酷だった。


「……私は、もう、あの戦場には戻れない……」


知らぬ間に、そんな言葉が漏れていた。

今の私は、ただ後方で彼を見守るしかできない。

矢神の戦う姿を見るたびに、過去の記憶が鮮明に蘇る。


――美月、俺の後ろに下がっておけ。


あの冷たい声が、今でも頭に響く。

初めて彼と戦場に立ったとき、私は恐怖で体が動かず、立ちすくんでいた。

敵が迫る中、ただ震えていた私に、彼の冷たく鋭い声が突き刺さった。


だが、その声に救われた。


――大丈夫だ。俺がすべて終わらせる。


彼の背中を見つめながら、もっと強くなろうと決心した。

いつか彼の隣に立つために。

だが、どれだけ努力しても、彼との距離は縮まらなかった。

彼は常に冷静で、私の想いには無関心だった。


そして私は、ついに限界を迎えた。


戦場でのトラウマ、仲間を失った悲しみが、私を戦場から引き離した。

矢神は何も言わず、ただ静かに私の前から姿を消していった。


「矢神……」


モニターに映る彼の姿は変わらない。

冷静で、無表情で、ただ機械のように敵を倒すだけ。

今の私には、彼の背中を追うことすら許されない。


「私はもう、彼を……」


その時、通信士の声が急に緊迫感を帯びて響いた。


「早乙女副指令、報告です!」


「なにごと?」


「工業地帯内で新たな異常が発生しました。SY-08JPが神徒・縛しんと・ばく神徒・槌しんと・ついと交戦中です!」


「槌はさっき倒したはずでしょ!?」


「どうやら再生したようです!」


「あの状況から……再生?」


なにかがおかしい。

神徒の力や動きが、これまでとは異なっている。


「……ん?」


私は別のモニターに、不思議な光を見た。


「あれは……神徒・円えん……?」


目を凝らす。たしかにそうだ。

過去に一度だけ現れた、時空を操る“上級神徒”――円。

光のなかに、やつの球状の身体が見える。


「やつは……あそこでなにを……」


言っている間に、円の放つ光が輝きを増した。


「まさか……ッ!」


私は思わず叫んだ。


神逐かんやらいの光……!」


手が震えていた。

神逐かんやらい――プレイヤーのアカウント自体に影響を及ぼす力。


私は反射的にモニターに目を戻した。

無数の腕を持つ異形の神徒・縛が、矢神を取り囲んでいる。

縛は、相手を縛り行動を封じる力を持っている。

もし矢神が捕まれば――円は神逐かんやらいを矢神に放つだろう。


――このままでは、矢神のアカウントが封印される。


「SY-08JP……押されていますッ!」


私の心は焦りでいっぱいだった。

モニターに映る彼の動きは、冷徹で正確。

だが、圧倒的な力を誇る彼が今、追い詰められている。

彼が封印される……そんな未来を想像するだけで、恐怖が私を支配した。


「SY-08JPのチャネルに繋いで! 直接通信を!」


「ダメです!SY-08JPのチャネルに繋げません!外部通信が遮断されています!」


「くそ…!気付かせないつもり!?」


このままでは矢神は神逐かんやらいによって、封印されてしまう。

長期戦に持ち込まれれば、間違いなくやられる。


「副指令、どうされますか!?」


皆が私の指示を待っている。

だが、頭の中が真っ白になっていた。

矢神がいなくなる――そんなこと、考えたくもない。


「通信の復旧を急いで!他のプレイヤーのチャネルを経由してでも、なんとか繋いで!」


「了解!」


「それと――」


それと、これはたぶん、私のエゴだ。


「AS_20JP――白波梓の部隊を工業地帯中心部に向かわせなさい……矢神を救出する!」


「ですが……矢神さんが苦戦するような相手がいるんです! それに、敵の神逐かんやらいが一回きりとも限りません! 主力を失っては全滅する恐れが!」


「分かってるわ!」


思わず声を荒げた。

だが、その一言では全てが足りない。


「矢神臣永……SY-08JPは一流の嗅覚を持っている。彼がそこにいたなら、きっとゲートがある」


その言葉を、必死に自分にも言い聞かせる。


「それに……ここで彼を失うわけにはいかない!」


彼をここで失うわけにはいかない。

彼は私にとって……いや、ANAT日本支部にとって、ただの戦士以上の存在なのだから。


「矢神……無事でいて……」


モニターには、もう彼の姿は映っていない。

まるで彼が消えてしまったかのように、私の胸の中に虚無感が広がっていく。

私は、その感覚をどうすることもできなかった。



――SENET・工業地帯・中心部。


戦場の喧騒が、耳元で淡く響いていた。

神徒・槌しんと・つい神徒・縛しんと・ばくの攻撃をかわし続けていた。


冷静に状況を見極める。この二体、槌と縛、彼らは単独でも厄介な存在だ。

どちらか一体でも、他のプレイヤーに出逢わせるわけにはいかない。


思考が研ぎ澄まされていく。

彼らの攻撃は徐々にその目的が明らかになってきた。

槌は圧倒的な破壊力で俺の体力を削り、縛はその無数の腕を使って俺を拘束しようとしている。

連携が取れているが、彼らにはまだ隙がある。


「小賢しい……」


俺の決意は固まった。

ナイトホークを構え直し、槌の動きを観察する。

動きが素早いが、すべてが一直線に向かってくる。破壊力に頼りすぎている。

槌の狙いはあくまで力で押し切ること――ならば、そいつを逆手に取る。


一瞬、槌が地面を叩きつけようとした瞬間、俺はその動作を読み、右に大きく飛んだ。

巨体が地面に突き刺さる衝撃音が響き、瓦礫が舞い上がる。だが、すでに俺はそこにいない。


「今だ!」


槌が一瞬、体勢を崩したその隙を逃さず、ナイトホークを振り抜いた。

剣から発せられたエネルギー波が、槌の肩を切り裂き、その巨体を揺らす。

だが、まだ動きは止まらない。奴の耐久力は尋常じゃない。


「ふん……浅いか」


俺は冷静に距離を取り直し、次の攻撃の準備に入る。

だが、そこで異変を感じた。

背後から縛の無数の腕が俺に向かって伸びてくる。

拘束が目的か……すぐに回避行動を取るが、その腕は予想以上に早い。

俺の動きを正確に読んでいるかのように、絡みついてくる。


「まずい……」


縛の腕が俺を包み込もうとする瞬間、俺は思考をフル回転させた。

力ずくでこの拘束から抜け出すのは無理だ。だが、それでも――俺は諦めない。


「まだだ……!」


俺はナイトホークのエネルギーを最大限にチャージし、その刃を放つ。

刹那、縛の腕が切り裂かれ、俺の体が解放される。


「捕まえたつもりか……」


だが、縛の腕は次々と再生し、再び俺に向かってくる。

こいつの再生能力は厄介だが、無限ではないはずだ。

この戦い、長期戦に持ち込めば俺に勝機はある。

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