模擬戦の激しさを目の当たりにし、俺は焦燥感に駆られながら訓練用のSENETルームへ向かっていた。
彼女たちの動き、圧倒的な力――自分との実力差を痛感させられる。
「俺も……もっと強くならないと……」
他のプレイヤーたちが食堂や談話室に向かう中、焦りを抱えたまま俺は訓練用クレイドルに横たわり、アクセスメニューを見上げた。
そこには「射撃訓練」や「回避訓練」など、通常のメニューが並んでいたが、その中に一つ、異質な名前が目に留まった。
「止まり木……?」
その名前に引かれるようにして、俺はアクセスした。
アクセスした先に広がっていたのは、まるで森の中にいるかのような静かで穏やかな空間だった。
木々がそよぎ、柔らかな風が肌を撫でる。
鳥のさえずりが心地よく、ここが仮想空間だということを忘れさせるほどだ。
「なんだ、ここ……?」
ふと遠くに人影が見えた。その背中に見覚えがあった。
「梓……?」
名前を呼んだ瞬間、その人物がゆっくりと振り返った。
そこにいたのは間違いなく、
「え? 賢……?」
梓の驚いた声が響く。
戦場で見せる鋭い表情とは異なり、柔らかな雰囲気をまとっている。
「どうしてここに……?」
俺が問うと、梓は肩をすくめて笑った。
「ここは私の秘密基地……みたいなものかな。まぁ、誰でも入れるんだけどね」
軽く言う彼女の声には、少しだけ寂しさが混じっていた。
「わざわざ仮想空間で休む人なんていないから、穴場なんだよ」
その言葉に、俺は思わず目を俯けた。
彼女は普段、凍結処置を受けているため、他のプレイヤーみたいに談話室でくつろぐことができない。
ふと彼女の腕に傷跡があるのに気づき、思わず口を開いた。
「梓、その怪我……大丈夫なのか?」
「ああ、これ?」
梓は軽く笑い、包帯を見下ろした。
「もう平気だよ。ほら、動かすのに全然問題ないし」
そう言いながら、彼女はわざとらしく腕をぐるぐると回して見せる。
「でも、無理するなよ」
俺は思わず少し強めの口調で言った。
彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに困ったように笑った。
「はいはい、賢ってほんとお節介だよね。前もめっちゃ背負おうとしてくるし。私これでも、エリートプレイヤーなんだけどな」
「いや……すまん」
「ふふっ」
照れたようにからかうその声には、微かな優しさが滲んでいた。
「うそ。ありがとね。気にしてくれて」
梓は少し視線を外しながら言った。
その普段とは違う仕草に、俺は思わず息を飲んだ。
「ま、こんな話は置いといてさ。もっと楽しいこと話そうよ。せっかく再会できたんだし、ね?」
梓はクールに言いつつも、その声にはどこか優しさがあった。
俺たちはそのまま、ゆっくりとした会話を続けた。
彼女がこんなふうにリラックスしている姿を見るのは、初めてだった。
「……黒磯が結衣ちゃんにそんな態度取ったって、マジ?」
俺の話に、梓は驚いた表情を見せ、興味深そうに聞き返してきた。
「うそでしょ? 全然そんな感じじゃないのに……」
彼女の驚きの表情が新鮮で、普段の冷静さとは違う柔らかさが見えた。
「ほんと、あの狂犬がね……ふーん、意外」
梓は少し笑いながら話す。
その笑顔に、俺は彼女の別の一面を垣間見た気がした。
俺たちの間には、静かに風が流れていた。
彼女の言葉に自然と気を緩め、この場所での短い安らぎを感じる。
「そっかぁ……みんな前進してんだね」
梓はふっと笑みを浮かべた。その笑顔には、ほんの少しだけ寂しさが混じっていた。