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4-1: Rising Tensions (高まる対抗心)

「ねえ、美月はいる?」


鋭く冷たい声が、静まり返った空気を切り裂いた。

中国支部の雷燦華レイ カンファンだ。

彼女の目は冷徹で、全てを見下ろしているような自信に満ちた雰囲気を漂わせている。

教室の全員がその圧倒的な存在感に飲まれ、黙って彼女を見つめた。


「いるわよ」


早乙女美月さおとめ みつき副指令が前に出る。

美月は落ち着いていて、いつものように鋭い眼差しを放ちながらも、相手に余裕を見せる。

雷の強烈なプレッシャーにも全く動じる様子はない。


「久しぶりね」


「そうね」


その短いやり取りだけで、場の空気が一層張り詰めていく。

雷の目が一瞬だけ険しさを増し、再び口を開いた。


「SY-08JPが今回の作戦に参加するんでしょう?」


「……ええ、彼は出るわ。矢神臣永やがみ しんえいは出撃が決まっている」


その瞬間、雷の顔がわずかに緩んだ。

喜びの色を浮かべているが、相変わらず冷たい表情を保っている。


「よかった。SY-08JPがいないと、張り合いがないもの。さ、ブリーフィングルームを準備してくれる? 仮想空間で作戦をまとめたいの」


「待って。今回は大規模攻略戦よ。あなたと矢神だけで勝手に決めていい作戦じゃないわ」


美月が冷静に返す。雷は少し眉をひそめた。


「じゃあ、ほかに誰が必要なの? 雑魚と話しても意味がないと思うけど」


その視線が俺たちの方に向けられた。

まるで自分たちが取るに足らない存在であるかのように、冷たい眼差しが突き刺さる。


俺たちは皆、そのプレッシャーに黙り込んだ。


周囲の仲間たちも彼女の威圧感に圧倒され、何も言えずにただ苦い顔をしている。

俺は唇を噛みしめた。悔しいが、雷の言葉には一理ある。

俺たちはまだまだ未熟だという現実を、誰もが痛感している。


そんなとき――


「郭さぁーん!」


突然、明るく元気な声が響き渡った。


俺たちの会話を遮るように、緋野翠あけの すいが走り寄ってきた。


彼女の顔は無邪気な笑顔で輝いていて、雷に対しても一切の警戒感を持っていない様子だ。


翠はまっすぐに郭亮かく りょうの元へ向かい、飛びつくような勢いで彼に話しかける。


「郭さん! 久しぶり! もう全然会えなかったから、寂しかったよ~」


郭は少し困惑したように笑っているが、雷の表情はどんどん険しくなっていく。


彼女の周囲には冷たいオーラが漂い、翠の無邪気さとは対照的だ。


「ちょっと……うちの士官にベタベタしないでくれる?」


雷の声は冷たく、怒りを抑えたような低音で響いた。


しかし、翠はその言葉をまるで気にすることなく、笑顔のままだ。


「えー? 別にいいじゃん、郭さんは気にしてないよね?」


翠の無邪気な返しに、俺は思わず息を飲んだ。


郭の表情も引きつっている。


雷の顔には明らかな怒りが宿っていて、このままでは事態が悪化するのは明白だった。


「そうだ!私、いいこと思いついた!」


翠が急に手を打ち鳴らした。

俺は嫌な予感を覚えた。


「雷ちゃん! 郭さんをかけて勝負しよ!」


翠の声が響く。

周囲が一瞬凍りついた。

俺は耳を疑った。郭を賭ける?


「あんたいま……なんて?」


雷は一瞬だけ黙り込んだが、すぐに冷たい笑みを浮かべた。

その笑みは怒りを抑えた、鋭利な刃のようなものだ。


「だから、郭さんをかけて、私と勝負するの! 雷ちゃん、どう?」


翠は全く怯むことなく、逆に挑発的な笑みを浮かべている。

その無邪気な表情に隠された自信が見える。

俺は彼女が本気で勝負を挑んでいることに気づいた。


雷はしばらく翠を睨みつけていたが、やがてゆっくりと頷いた。


「いいわ、受けて立つ。ただし、後悔しないで」


雷の声は冷たく、そして重々しかった。

その言葉に込められた覚悟が伝わってくる。

彼女の全身から発せられる威圧感が、周囲の空気を一層緊張させた。


「やったー!」


翠は笑顔で答えたが、その無邪気さが逆に俺の不安を掻き立てる。

彼女は雷の実力を本当に理解しているのだろうか?

相手は中国支部のエースだぞ?


「ちょっと、翠。今日は体調が良くないって言ってたじゃないか」


美月が心配そうに声をかけたが、翠は振り向きもせず、軽い調子で返した。


「恋は別腹だから大丈夫だよ~」


そう言って、彼女は軽やかに訓練用のクレイドルに向かっていった。

俺はその背中を見つめながら、内心で深く溜息をついた。


――数分後、俺たちは観戦ブースに集まった。

ふたりが訓練用SENETにログインする準備を進めているのを見守りながら、緊張感が高まっていく。


「おい、なんで俺の隣に来るんだよ」


隣から黒磯風磨くろいそ ふうまの低い声が聞こえた。

彼も同じように観戦ブースに座り、戦闘の行方を見守る気満々だ。


「混んでるんだし、いいだろ」


俺が軽く返すと、黒磯はそっぽを向いたが、ちらりと視線を送ってくる。

彼もこの勝負に何か興味があるらしい。


「黒磯、お前も気になるんだな」


「当たり前だろ。ピーターパン部隊内定者の戦闘なんだからな。俺が選ばれない理由も探ってやる」


黒磯の目には、ピーターパン部隊への強い想いがはっきりと映っている。

こいつはいつも自分を高めるために、努力を惜しまない男だ。


「さあ、始まるぞ」


黒磯が低く言った瞬間、画面にふたりの姿が映し出され、戦闘が開始された。

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