「ねえ、美月はいる?」
鋭く冷たい声が、静まり返った空気を切り裂いた。
中国支部の
彼女の目は冷徹で、全てを見下ろしているような自信に満ちた雰囲気を漂わせている。
教室の全員がその圧倒的な存在感に飲まれ、黙って彼女を見つめた。
「いるわよ」
美月は落ち着いていて、いつものように鋭い眼差しを放ちながらも、相手に余裕を見せる。
雷の強烈なプレッシャーにも全く動じる様子はない。
「久しぶりね」
「そうね」
その短いやり取りだけで、場の空気が一層張り詰めていく。
雷の目が一瞬だけ険しさを増し、再び口を開いた。
「SY-08JPが今回の作戦に参加するんでしょう?」
「……ええ、彼は出るわ。
その瞬間、雷の顔がわずかに緩んだ。
喜びの色を浮かべているが、相変わらず冷たい表情を保っている。
「よかった。SY-08JPがいないと、張り合いがないもの。さ、ブリーフィングルームを準備してくれる? 仮想空間で作戦をまとめたいの」
「待って。今回は大規模攻略戦よ。あなたと矢神だけで勝手に決めていい作戦じゃないわ」
美月が冷静に返す。雷は少し眉をひそめた。
「じゃあ、ほかに誰が必要なの? 雑魚と話しても意味がないと思うけど」
その視線が俺たちの方に向けられた。
まるで自分たちが取るに足らない存在であるかのように、冷たい眼差しが突き刺さる。
俺たちは皆、そのプレッシャーに黙り込んだ。
周囲の仲間たちも彼女の威圧感に圧倒され、何も言えずにただ苦い顔をしている。
俺は唇を噛みしめた。悔しいが、雷の言葉には一理ある。
俺たちはまだまだ未熟だという現実を、誰もが痛感している。
そんなとき――
「郭さぁーん!」
突然、明るく元気な声が響き渡った。
俺たちの会話を遮るように、
彼女の顔は無邪気な笑顔で輝いていて、雷に対しても一切の警戒感を持っていない様子だ。
翠はまっすぐに
「郭さん! 久しぶり! もう全然会えなかったから、寂しかったよ~」
郭は少し困惑したように笑っているが、雷の表情はどんどん険しくなっていく。
彼女の周囲には冷たいオーラが漂い、翠の無邪気さとは対照的だ。
「ちょっと……うちの士官にベタベタしないでくれる?」
雷の声は冷たく、怒りを抑えたような低音で響いた。
しかし、翠はその言葉をまるで気にすることなく、笑顔のままだ。
「えー? 別にいいじゃん、郭さんは気にしてないよね?」
翠の無邪気な返しに、俺は思わず息を飲んだ。
郭の表情も引きつっている。
雷の顔には明らかな怒りが宿っていて、このままでは事態が悪化するのは明白だった。
「そうだ!私、いいこと思いついた!」
翠が急に手を打ち鳴らした。
俺は嫌な予感を覚えた。
「雷ちゃん! 郭さんをかけて勝負しよ!」
翠の声が響く。
周囲が一瞬凍りついた。
俺は耳を疑った。郭を賭ける?
「あんたいま……なんて?」
雷は一瞬だけ黙り込んだが、すぐに冷たい笑みを浮かべた。
その笑みは怒りを抑えた、鋭利な刃のようなものだ。
「だから、郭さんをかけて、私と勝負するの! 雷ちゃん、どう?」
翠は全く怯むことなく、逆に挑発的な笑みを浮かべている。
その無邪気な表情に隠された自信が見える。
俺は彼女が本気で勝負を挑んでいることに気づいた。
雷はしばらく翠を睨みつけていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「いいわ、受けて立つ。ただし、後悔しないで」
雷の声は冷たく、そして重々しかった。
その言葉に込められた覚悟が伝わってくる。
彼女の全身から発せられる威圧感が、周囲の空気を一層緊張させた。
「やったー!」
翠は笑顔で答えたが、その無邪気さが逆に俺の不安を掻き立てる。
彼女は雷の実力を本当に理解しているのだろうか?
相手は中国支部のエースだぞ?
「ちょっと、翠。今日は体調が良くないって言ってたじゃないか」
美月が心配そうに声をかけたが、翠は振り向きもせず、軽い調子で返した。
「恋は別腹だから大丈夫だよ~」
そう言って、彼女は軽やかに訓練用のクレイドルに向かっていった。
俺はその背中を見つめながら、内心で深く溜息をついた。
――数分後、俺たちは観戦ブースに集まった。
ふたりが訓練用SENETにログインする準備を進めているのを見守りながら、緊張感が高まっていく。
「おい、なんで俺の隣に来るんだよ」
隣から
彼も同じように観戦ブースに座り、戦闘の行方を見守る気満々だ。
「混んでるんだし、いいだろ」
俺が軽く返すと、黒磯はそっぽを向いたが、ちらりと視線を送ってくる。
彼もこの勝負に何か興味があるらしい。
「黒磯、お前も気になるんだな」
「当たり前だろ。ピーターパン部隊内定者の戦闘なんだからな。俺が選ばれない理由も探ってやる」
黒磯の目には、ピーターパン部隊への強い想いがはっきりと映っている。
こいつはいつも自分を高めるために、努力を惜しまない男だ。
「さあ、始まるぞ」
黒磯が低く言った瞬間、画面にふたりの姿が映し出され、戦闘が開始された。