訓練場の入口を抜けると、遠くからざわめきが聞こえてきた。
何かが起こっているのは明らかだったが、詳細はまだ分からない。
訓練場の中に入ると、そのざわめきの理由がすぐに分かった。
大勢の生徒が集まり、その中心には龍崎修一郎司令官が立っていた。
壇上で冷静な表情を浮かべ、鋭い視線で周囲を見渡している。
俺はすぐ近くにいた遠野美雪と水上凪を見つけ、駆け寄った。
「もうはじまったか?」
「まだ。でも、やっぱり大規模攻略戦の発表みたい」
凪が静かに説明する。
「大規模攻略戦……」
先ほどの美雪の説明のとおりだ。
精鋭のピーターパン部隊だけでは人手が足りなくなるような、大がかりなクエスト。
「100人が参加する特殊キークエストね。特に大規模攻略戦と銘打たれたものは、超高難易度で知られてる……」
「超高難易度……?」
「そう。この10年間で、クリアされたのはたった1つだけ。その時も多くの犠牲が出たらしいわ」
凪が少し表情を曇らせながら補足する。
「なるほどね……」
俺は心の中で戦いの厳しさを改めて実感した。
その時、壇上で龍崎指令が声を張り上げた。
「今回の大規模攻略戦には全100名の精鋭に参加してもらう。ピーターパン部隊以外の参加者は模擬戦で決定されるが――例外として、
「緋野翠って誰だ?」
俺は凪に尋ねた。
「うーん、強いけどちょっと変わった子よ。あんまり真面目じゃないし、駄々っ子みたいなところがあって……」
凪が少し困惑気味に答える。
その瞬間、どこからともなく大きな声が響いた。
「やだぁ~!絶対に行きたくないもん!」
その声の主は、ひときわ目立つ少女だった。
俺はその少女を見て驚いた。
髪をゆるく結び、派手な服装をしている彼女は、以前廊下でぶつかったあの少女だった。
彼女は早乙女美月に連れられ、しぶしぶ訓練場にやってきた。
「ほら、彼女が緋野翠。実力は確かなんだけど、ああやって駄々をこねることがあるのよ」
凪が苦笑いしながら教えてくれた。
龍崎指令は冷静な声で言う。
「翠、今回は大規模攻略戦だ。君が参加しないわけにはいかない」
「えぇぇぇ!でも私、疲れてるんだもん!」
翠は不機嫌そうに反論するが、結局は指令の言葉に従うしかない様子だった。
「彼女はピーターパン部隊ではないのか?」
俺は半信半疑で呟いた。
「まだ。でもすでに入隊が内定してる。そのうち冷凍処置を受けるんじゃないかな」
凪が小声で答えた。
その場で俺は考え込んだ。
こんな明るい子が、ゲームをクリアするために冷凍睡眠するのか――。
「昨日だって学校休んで3連戦したんだよぉ」
翠が不満そうに呟いた。
「それで、今日は授業を休んで保健室にいたの?」
美月が呆れた様子で尋ねる。
「だって疲れてるんだもん!ゲームは一日一時間って決まってるじゃん!」
翠は反論するが、美月はため息をついて、
「もう、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、翠!」
とたしなめた。
「えぇー、でもやだぁ……」
翠は顔をしかめて駄々をこね続ける。
「いい加減にしなさい!」
美月は厳しい口調で翠を叱りつけたが、その後すぐに優しい表情で言葉を続けた。
「翠、あなたが強いのはみんな知ってるわ。だからこそ、こういう場面ではちゃんと役目を果たさなきゃいけないのよ」
「うぅ……分かったよ、美月ちゃん……」
翠は少ししょんぼりしながら、渋々ながらも頷いた。
「頑張ったら、ケーキホールで食べていい?」
「半分にしときなさい。また太ったぁーとか言うんだから」
「えー! でも、もう少しで食べられなくなるんだよ!」
その言葉に美月の瞳が少し揺れた。
「……わかった。いいわよ。食べきれなかったら、私も手伝うからね」
「はーい! 美月ちゃん大好きー!」
翠が美月に抱きつく。
ほほえましい光景のはずなのに、俺の心は痛んでいた。