翌朝、学校に戻った俺は、まだ頭の中が整理できていなかった。
昨日のSENETでの出来事、矢神臣永との出会い、そしてあの意味深な言葉。
「お前は仕組まれてここに来た」
――一体どういうことだ?誰が、何のために俺を……?
そんなことを考えながらも、普通の学校生活が続く。
だが、その「普通」がどこか違って感じられる。
現実が少しずつ遠ざかっていくような、奇妙な感覚だ。
「賢くん!」
ふと、背後から明るい声が俺を呼んだ。
振り返ると、水上凪と遠野美雪が近づいてきた。
二人ともいつも通りの表情をしているが、どこか微妙に緊張しているのが感じ取れた。
「お昼、一緒に食べようよ!」
凪が軽い口調で誘ってくる。
俺は少し戸惑いながらも頷いた。
「……ああ、いいよ」
食堂に移動し、席に座るとすぐに凪が話し始めた。
「昨日のこと、すごかったね!矢神さんが助けに来てくれた時の、あの迫力……!」
「ああ……」
俺はまだ、矢神の圧倒的な力が頭から離れない。
「なあ、凪。矢神臣永って、一体何者なんだ? 他のプレイヤーとはまるで違ってたけど……」
俺の問いに、凪と美雪は顔を見合わせ、少し困った表情をした後、凪が口を開いた。
「矢神さんは、ピーターパン部隊の中でも特別な存在なの。彼は『イニシエーターズ』って呼ばれるメンバーの一人で、SENETが始まった頃からのエリートなんだよ」
「イニシエーターズ……?」
初めて聞く名前に俺は驚いた。
「うん。イニシエーターズは、SENETの最初期――10年前から特別な任務を任されてるエリート中のエリート。矢神さんはその中でも特に重要な役割を持ってるの。なんか、私たちの世界とは違う存在みたいな感じ」
「早乙女副司令と同期だったみたいですよ」
と美雪が補足する。
「10年前から……そんなに長い間、戦ってるのか?」
俺は息を呑んだ。
そんな特別な存在がこの学校にいるなんて、信じられない。
「でも、見た感じ、歳は俺らとそう変わらないんじゃないか?」
俺が疑問を口にすると、凪が肩をすくめて答えた。
「そりゃそうよ。だってピーターパン部隊の人たちは、みんな冷凍処置を受けてるんだもの」
「冷凍処置……?」
「そう。冷凍睡眠で歳を取らないようにしてるの。ログインするときに頭だけ特殊な技術で動かしてるんだよ。だから、普段は学校とかで会えないの」
歳をとらない……だからピーターパンか。
「ま、あの人たちとは住む世界が違うってわけ。私たちとはレベルが違うよね」
凪は少し苦笑いしながら続けた。
「とはいえ、私はあんな凍結処置なんて絶対受けたくないけどね!」
その言葉に美雪も静かに頷く。
「私も同じです。たしかにピーターパン部隊の人たちは凄いけど、あんな処置を受けるくらいなら……普通に生きていきたいです」
「凪も美雪も、ピーターパン部隊を目指してるんじゃないのか?」
俺は意外に思い、問いかける。
「まあ、目指すかどうかは別として、私たちもSENETでの戦いには覚悟して挑んでるわよ」
と凪が言う。
美雪は慎重に言葉を選びながら、
「私も、賢くんと一緒に戦えることは嬉しいんですけど、やっぱり家族や友達のことも大切ですから……自分の命を賭けることにはまだ少し怖さがあります」
凪が軽く笑う。
「だから美雪は慎重派なのよね。でも、慎重であることも大事だよね。私なんて結構無鉄砲だから、ついつい突っ込んじゃうし」
「でも、それで助けられてる人もいるんだろ?」
俺は凪の行動力を思い出しながら尋ねた。
「そうかもしれないけど、無茶をしすぎるとみんなに迷惑をかけることもあるのよ。特に美雪にはいつもフォローしてもらってるし」
「いえ、私はただ凪ちゃんの後ろでサポートしてるだけですから。やっぱり凪ちゃんの行動力がなければ何もできません」
二人のやりとりを聞いて、俺は彼女たちが戦場でどれほどお互いを支え合っているのかを実感した。
美雪の冷静さと凪の行動力、そのバランスが二人の強さを生んでいるのだろう。
「なるほど……お前たち、いいコンビだな」
俺は少し感心して言った。
「でしょ?私たち、息ぴったりだもん!」
凪が自信満々に答え、美雪も静かに微笑んだ。
その時、視界の端に誰かが近づいてくるのが見えた。
黒磯風磨だ。
彼は無言で俺たちのテーブルに近づいてきた。
「……調子いいみたいだな、灰島」
風磨は冷たい視線を投げかけながら俺に声をかける。
どうやら、俺が編入試験やSENETでの結果を出したことが、彼の耳に入っているらしい。
険悪な空気が一瞬テーブルを包んだ。
「ふん……どうせ今だけだ」
彼の挑発的な態度に、俺は少しムッとしたが、言い返す余裕もなく、風磨はそのまま立ち去っていった。
「なんだよ、あいつ……」
俺は小さく呟いた。
凪がため息をつきながら、少し苦笑を浮かべる。
「黒磯のやつ、プライド高いからね。ちょっと張り合いたがるところがあるのよ」
「そういえば、あいつもピーターパン部隊を目指してるんだよな?」
俺が聞くと、凪は頷いた。
「そう。ああ見えて、黒磯も本気で上を目指してるのよ。だからライバル視してるんだと思う。不器用なやつなのよ」
凪がぼやいた。
「そうなんだな……まあ、強いのは認めるが……」
俺はSENETでの彼の戦いぶりを思い出しながら言った。
「あの荒々しい戦い方、すごいよね。私とは全然違うけど、やっぱり強いって思うよ」
凪がそう言うと、美雪が
「でも、もう少し協調性があればいいんですけど……」
と控えめに付け加えた。
俺はその言葉に頷きながら、心の中で決意を新たにした。
ピーターパン部隊に入ることが、妹を救う鍵になるなら、俺も全力で目指さなければならない――どんな犠牲を払ってでも。