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1-7: The Turning Point(転機)

俺は葉奈はなが眠るベッドの前で、ただ立ち尽くしていた。


妹の顔は穏やかで、いつもと変わらない。


だが、今は目を覚ますことができない状態にある。


どうしてこんなことになってしまったんだ?


「あなたの妹さんが、自宅のゲームからSENETにログインしてしまったの」


早乙女美月さおとめ みつきの言葉に、俺は一瞬、理解が追いつかず、眉をひそめた。


「……は? なんで?」


俺は混乱して問い返した。


自宅のゲームって、どういうことだ?


そんなの聞いたこともない。


どうやったら普通のゲームが意味の分からない戦場――SENETに繋がるって言うんだ?


「それは私たちにもわからないのよ。なぜあなたの家のゲームがSENETに接続されたのか、今のところ原因不明」


美月は肩をすくめた。


「でも、これだけは確かね。あなたの妹さんは、自宅のゲームを通じてあの世界にログインしちゃったの」


「……なんでそんなことが……」


「そして、SENET内で死亡したプレイヤーは、ゲームが完全クリアされるまで目を覚ますことはないの」


「なっ……!」


俺は息を呑んだ。


「まさか、それじゃ葉奈はSENETのなかで死んだってのか? 嘘だろ!? 何かの間違いだ」


そうだ。間違いのはずだ。


「SENETにログインしてない可能性だってあるだろ。たとえば、階段から落ちて頭を打ったとか……」


「残念ながら、彼女がログインしたのは、紛れもない事実」


美月は俺をじっと見つめ、静かに続けた。


「SENETは一度ログインすると、その人の位置を特定できるシステムがあるの。だからこそ、私たちはあなたの元へすぐに駆けつけられたわけ」


俺は彼女の言葉を何度も頭の中で反芻し、必死に理解しようとした。


ゲームを通じてログイン?


意味がわからない。


でも、それは俺自身がそうだった。


学校から帰る途中、突然あの異世界に放り込まれた。


「ただね、まだわかってないのは、どうしてあなたの家のゲームが接続されたのかってことよ」


美月は少し考え込むように言った。

俺は何も言えず、ただ呆然としていたが、ふと一つの可能性が頭をよぎった。


「もしかして……俺たち、共同のアカウントでゲームをやってたから……?」


「……その線はあるわね」


美月は頷いた。


「SENETは人類よりも上位の存在が作ったゲーム。むしろ、上位存在が”人間で遊ぶために”作ったもの。だから、人間をアカウント単位で認識して、選別している可能性はあるわ」


「じゃあ……葉奈はそのせいで、あの世界に……」


俺の声は震えていた。


気軽にゲームを妹と一緒に楽しんでいたせいで、こんなことになってしまったのか?


俺が、葉奈をあの危険な世界に巻き込んでしまったのか?


「どうやったら……葉奈を助けられるんだ?」


俺は美月に向かって問い詰めた。


妹を救う方法が何かあるはずだ。


そうでなければ、俺はどうすればいい?


美月は俺の視線を真っ直ぐ受け止め、冷静に答えた。


「このゲームをクリアするしかないわ」


「ゲームを……クリアする?」


「そうよ。SENETは謎だらけのゲーム、でも、ここ数年の攻略のおかげで、その事実だけは判明した。ゲームをクリアすれば、寝たきりになったプレイヤーの意識を取り戻すことができる」


美月は力強く言った。


「あの世界を攻略しない限り、妹さんを救うことはできない。SENETはただのゲームじゃないの。上位存在たちが人間を試し、支配するために作り出した世界。あなたがそのルールに従って勝ち抜かない限り、妹さんは永遠にあの場所に閉じ込められる」


俺は呆然としながらも、その言葉の重みを感じた。


あの世界――SENETをクリアしなければ、葉奈は帰ってこれない。


「ただ……別にあなたがやらなくてもいいわ。プレイヤーはほかにもいるんだから」


美月は冷静に言葉を続けた。


俺の頭に、傷だらけの白波梓しらなみあずさの姿が浮かんだ。


「でも、妹の命を……他の人に……背負わせるなんて……」


「任せてもいいんじゃない?」


彼女はあっさりと言ってのけた。


「え?」


「私たちとしては、優秀なプレイヤーがいればそれでいいの。覚悟のないプレイヤーに、世界の命運なんて託せないもの」


その言葉に、俺の拳が自然と固く握りしめられる。


覚悟を決めるしかなかった。


世界の命運なんて、どうでもいい。


ただ、妹の命を他の誰かに任せることなんてできなかった。


「やるさ。俺がやってやるよ」


「いい眼ね。その覚悟があるなら、私たちは君をサポートする」


美月はそう言って、俺の肩に軽く手を置いた。


彼女の仕草は思ったよりも穏やかで、少し安心感を覚えるものだった。


だが、すぐに彼女は隣に立っていた黒服から何かを受け取り、それを俺に差し出した。


「これは?」


「制服よ」


俺は差し出された制服を見下ろし、眉をひそめた。


国連国際平和学校UNPIS――全寮制の学校で、あなたにはここに通ってもらう」


「はあ? 学校?」


俺の驚きに、美月は苦笑いしながら続けた。


国連国際平和学校UNPISはANATの下部組織なのよ。表向きは教育機関として軍事同盟とは無関係を装ってるけど、実際はSENETのプレイヤーたちを育て、支援するための場所。わかる?」


「つまり、俺を監視下に置くつもりってことか?」


「そんな大げさなことじゃないわ。あくまで保護よ。寮も学校も同じなら、何かあってもすぐに対応できるから安心でしょ?」


その言葉に俺は一瞬言葉を詰まらせた。


「どう? そのブレザー、似合うと思うわよ。いい感じでしょ?」


美月は少しおどけて言った。


俺は制服を見つめたまま、静かに答えた。


「わかったよ。今の学ランにも、飽きてたところだ」

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