俺は
妹の顔は穏やかで、いつもと変わらない。
だが、今は目を覚ますことができない状態にある。
どうしてこんなことになってしまったんだ?
「あなたの妹さんが、自宅のゲームからSENETにログインしてしまったの」
「……は? なんで?」
俺は混乱して問い返した。
自宅のゲームって、どういうことだ?
そんなの聞いたこともない。
どうやったら普通のゲームが意味の分からない戦場――SENETに繋がるって言うんだ?
「それは私たちにもわからないのよ。なぜあなたの家のゲームがSENETに接続されたのか、今のところ原因不明」
美月は肩をすくめた。
「でも、これだけは確かね。あなたの妹さんは、自宅のゲームを通じてあの世界にログインしちゃったの」
「……なんでそんなことが……」
「そして、SENET内で死亡したプレイヤーは、ゲームが完全クリアされるまで目を覚ますことはないの」
「なっ……!」
俺は息を呑んだ。
「まさか、それじゃ葉奈はSENETのなかで死んだってのか? 嘘だろ!? 何かの間違いだ」
そうだ。間違いのはずだ。
「SENETにログインしてない可能性だってあるだろ。たとえば、階段から落ちて頭を打ったとか……」
「残念ながら、彼女がログインしたのは、紛れもない事実」
美月は俺をじっと見つめ、静かに続けた。
「SENETは一度ログインすると、その人の位置を特定できるシステムがあるの。だからこそ、私たちはあなたの元へすぐに駆けつけられたわけ」
俺は彼女の言葉を何度も頭の中で反芻し、必死に理解しようとした。
ゲームを通じてログイン?
意味がわからない。
でも、それは俺自身がそうだった。
学校から帰る途中、突然あの異世界に放り込まれた。
「ただね、まだわかってないのは、どうしてあなたの家のゲームが接続されたのかってことよ」
美月は少し考え込むように言った。
俺は何も言えず、ただ呆然としていたが、ふと一つの可能性が頭をよぎった。
「もしかして……俺たち、共同のアカウントでゲームをやってたから……?」
「……その線はあるわね」
美月は頷いた。
「SENETは人類よりも上位の存在が作ったゲーム。むしろ、上位存在が”人間で遊ぶために”作ったもの。だから、人間をアカウント単位で認識して、選別している可能性はあるわ」
「じゃあ……葉奈はそのせいで、あの世界に……」
俺の声は震えていた。
気軽にゲームを妹と一緒に楽しんでいたせいで、こんなことになってしまったのか?
俺が、葉奈をあの危険な世界に巻き込んでしまったのか?
「どうやったら……葉奈を助けられるんだ?」
俺は美月に向かって問い詰めた。
妹を救う方法が何かあるはずだ。
そうでなければ、俺はどうすればいい?
美月は俺の視線を真っ直ぐ受け止め、冷静に答えた。
「このゲームをクリアするしかないわ」
「ゲームを……クリアする?」
「そうよ。SENETは謎だらけのゲーム、でも、ここ数年の攻略のおかげで、その事実だけは判明した。ゲームをクリアすれば、寝たきりになったプレイヤーの意識を取り戻すことができる」
美月は力強く言った。
「あの世界を攻略しない限り、妹さんを救うことはできない。SENETはただのゲームじゃないの。上位存在たちが人間を試し、支配するために作り出した世界。あなたがそのルールに従って勝ち抜かない限り、妹さんは永遠にあの場所に閉じ込められる」
俺は呆然としながらも、その言葉の重みを感じた。
あの世界――SENETをクリアしなければ、葉奈は帰ってこれない。
「ただ……別にあなたがやらなくてもいいわ。プレイヤーはほかにもいるんだから」
美月は冷静に言葉を続けた。
俺の頭に、傷だらけの
「でも、妹の命を……他の人に……背負わせるなんて……」
「任せてもいいんじゃない?」
彼女はあっさりと言ってのけた。
「え?」
「私たちとしては、優秀なプレイヤーがいればそれでいいの。覚悟のないプレイヤーに、世界の命運なんて託せないもの」
その言葉に、俺の拳が自然と固く握りしめられる。
覚悟を決めるしかなかった。
世界の命運なんて、どうでもいい。
ただ、妹の命を他の誰かに任せることなんてできなかった。
「やるさ。俺がやってやるよ」
「いい眼ね。その覚悟があるなら、私たちは君をサポートする」
美月はそう言って、俺の肩に軽く手を置いた。
彼女の仕草は思ったよりも穏やかで、少し安心感を覚えるものだった。
だが、すぐに彼女は隣に立っていた黒服から何かを受け取り、それを俺に差し出した。
「これは?」
「制服よ」
俺は差し出された制服を見下ろし、眉をひそめた。
「
「はあ? 学校?」
俺の驚きに、美月は苦笑いしながら続けた。
「
「つまり、俺を監視下に置くつもりってことか?」
「そんな大げさなことじゃないわ。あくまで保護よ。寮も学校も同じなら、何かあってもすぐに対応できるから安心でしょ?」
その言葉に俺は一瞬言葉を詰まらせた。
「どう? そのブレザー、似合うと思うわよ。いい感じでしょ?」
美月は少しおどけて言った。
俺は制服を見つめたまま、静かに答えた。
「わかったよ。今の学ランにも、飽きてたところだ」