俺は、ただひたすらに逃げていた。
人生という、逃れようのない化け物から。
16歳、高校二年生。
何もかもが思い通りにいかない日々を、俺はただ流されるままに過ごしていた。
かつてはゲームの世界で勝ち続け、頂点に立っていた自分がいた。
あらゆるVRシューティングゲームで、誰もが俺の名前を知っていた。
〈gray_sage〉というアカウント名は、どのランキングでも上位に輝き、"伝説のランカー"とまで呼ばれていた。
けれど、それはもう過去の話だ。
――あの日、妹の〈
ゲームの中で俺が築き上げたものは、すべて一瞬で崩れ去った。
葉奈がミスを連発して、俺のランクは見る間に下がっていった。
だが、俺は怒れなかった。怒れるわけがない。
妹が純粋な笑顔でこう言ったからだ。
「お兄ちゃんが楽しそうだったから、葉奈も遊びたくて……」
その一言で、すべての苛立ちや焦りは消えていった。
俺にとって何が一番大切なのか、改めて気づかされた。
ランクなんて、どうでもいいんだ。
家族がいて、笑って過ごせる時間がある。それだけで十分だ。
海外赴任で両親は長いこと家にいない。
たまに帰ってきてもすぐに仕事で出ていってしまう。
俺と葉奈はふたりで支え合って生きてきた。
それからは、もう必死にランカーを目指すことはやめた。
葉奈と一緒に、気楽にゲームを楽しむようになった。
二人で一つのアカウントを使い、楽しい時間を共有した。
それでいいと思っていた。
俺が頂点に戻らなくても、"伝説のランカー"としてネット上で語り継がれていればそれで構わない。
「別に一番になれなくてもいい。大切な家族さえいれば、それで」
そう自分に言い聞かせながら、平凡な日常を過ごしていた。
ゲームがすべてじゃない。
現実世界で守るべきものがある。
それが俺にとっての生きる理由だ。
しかし――。
その平凡な日々は、突然の異変によって終わりを告げた。
学校の帰り道、俺は異様な光景を目にした。
空が裂けたように、何かが降りてくる。
その瞬間、頭の中に響く不気味な音。そして、景色が歪んでいく感覚。
「――なんだ、これ……?」
目の前の世界が、ゆっくりと暗転していく。
現実が崩れ、見たこともない異次元が広がっていく。
これは、ただの夢じゃない。嫌な予感が、背筋を冷たくする。
何かが起きる――それは、俺がこれまで大切にしてきたものを奪っていくような、そんな予感。
大切な家族さえも失う。
そんな考えが頭をよぎった瞬間、俺は恐怖に駆られていた。
もう、ゲームの世界で逃げ回るだけじゃ済まない。
現実が崩れ、俺の世界が変わろうとしていた。