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第17話 聖女という存在

『なるほどなるほど、つまりはだ。君が、私にこのつまらない依頼を寄越してきた元凶という訳か? はーん、ほーん』


 取っ組み合いの喧嘩が終わり「お茶でもどうです?」と自販機のジュースを手渡してブレイクタイムを測る。

 正直、ビルに入ってくる卸業者のほとんどが気分を害されたので、この戦いは早々に収束させなきゃダメだと気を揉んだのだ。


 その結果、ここでは人目があるからと会長室に案内された。

 ここは防音結界もあるから、秘密のおしゃべりにはもってこいとのことだった。


 それは別にいいんだけど、人通りのある往来で取っ組み合いの喧嘩するのは良かったのかよ?


 そう思ってたら、いつものことなのだそうだ。

 よくわからない世界だぜ、それだけ表向きには仲良しって公表されてるのかね?


 そこで一時休戦とばかりに蓬莱さんが俺の自慢話を始めた。

 むしろその話をするために場所を変えたと言っても過言ではないだろう。

 そんな事情もあって、開口一番【聖女】様からいただいた言葉がアレである。


 つまらない仕事? 面白いかどうかで仕事を引き受けてるのか、この人は。人の死を何だと思ってるんだ!


 ちょっとムカムカした態度を表し、口から出た言葉は、意外なことにクラスメイトを慮るものだった。

 あいつらと仲の良かった記憶は一切ないはずなのだが、不思議と馬鹿にされたら許せない気持ちでいっぱいになった。


「それ以上あいつらを愚弄するのはやめてください」

『あら、貴方にとって大切な人だった? それとも日本を支えるトップアスリートの卵だったり? それだったら言葉を訂正するわ。ごめんなさい。問題は蘇生させた子が後々世界にどれだけ影響を与える子になるかってことが重要なのよ。勿論、そこで一度死んだけど、私に復活させてもらったってエピソードを挟むと尚いいわ』


 その言葉を聞いて、呆れ返る。

 何だこの人、蘇生すら名声を高める為の手段だってのかよ。

 人が死んでるんだぞ?

 そして蘇生するつ術を持ってる。

 それをどうしてそこまで捻くれて考えるんだ!


 俺が怒りを滲ませてると、急に嘲笑うような態度を軟化させた。

 先ほどまでとは打って変わって、今度は探るような視線。

 どっちだ? どっちが本当の聖女なのかわからなくなる。


『ふむふむ、それなりに怒れる余地を残しているのね? いいことよ。これで人の死をどうでもいい、自分の名声を高める為の手段だと開き直っていたら、このお話は無かったことにさせてもらっていたわ』

「えっ」

『ふふ、びっくりしてる。まだまだ青いのね?』

「あんまり揶揄わないでよ? 頼忠君はこれから育てるんだから」

『ごめんなさい、わざわざ貴女が名指しで呼びつけるものだからほんの意趣返しのつもりだったの。正直ね、私は誰を蘇生しようとどうでもいいの。世界は死で満ちているわ。ダンジョンができるずうっと前からね?』


 一転、聖女の瞳に哀しみが満ちる。

 その意味は、考えるまでもない。

 世界中での死亡事件。それは何もダンジョン内に限ったことじゃない。交通事故、人身事故。恨みからくる殺害。他にもありとあらゆる局面で、今日もどこかで誰かがいなくなる。


 でも、ダンジョンの場合は違う。望んでない死だ。

 当たり前に明日を望むのはそんなに悪いことだろうか?


『その顔はダンジョンに限っては別という顔ね?』


 心の中を覗かれたようでドキッとする。

 小悪魔的な微笑みで、俺を眺める聖女アイリーン。


『違わないわ、なにも違わない。結局ね、【聖女】と言う肩書きは私から青春時代を奪い取った。今もそうよ。こんな称号をもらってしまったばかりに、世界にいいように扱き使われてしまっている。可笑しいわよね? 世界に【聖女】の肩書きを持つものは2000人は居るのに、全ての仕事が私に回って来るの。もう何もかも嫌になって、最近は全ての依頼をお断りしてたのよ。人の死を乗り越えられない青二歳が、軽い気持ちで戦場に入るんじゃない! そう何度思ったことかあなたに理解できるかしら?』


 サングラス越しの青い瞳が、後半のゴブリンオーガのような威圧感で放たれた。

 体が竦む、歯の奥がカチカチとなる。

 でも、まだ体は動いた。正念場だ。ここで倒さないと死ぬのは俺だ。そう思うと体が軽くなる。


『ふふ、このプレッシャーを受け止められるのね。普通の探索者ならショックで失神してしまうのだけど?』


 正直、ちびりそうだった。でも終盤のゴブリンオーガの威圧の方がまだ強かった。まだ持ち堪えられる。


「ごめんねー、頼忠君。この子の国が受ける仕事のほとんどが世界規模すぎて色々感覚バグってんのよ。一般人の蘇生くらい下っ端聖女に回すべき案件だけど、私が無理言って来てもらったの」

「その条件が金の鍵二個ですか……」

『そうよぉ、これぐらいの役得は貰っておかないと。蘇生ってとっても疲れるんだから。その上でライフコアの状態に左右されるの。保存状態が良くたって、死亡日数の経過如何いかんでは普通に蘇生できないこともあるのよ? なのに世間は100%の蘇生を信じて疑わない。おかしな話よね? 蘇生率なんて本来低くて当たり前なのに、蘇生できて当たり前って思い込みで仕事回してくるのよ? 貴方にそのプレッシャーの中で行う仕事がどれだけ神経を摩耗させる事か想像できる?』


 俺は何も言い返せなかった。

 そうだよな、なんで100%蘇生できるって頭から信じてたんだろう。

 じゃあどうして金の鍵二個なんて無理難題を出したんだ?

 もしかしたら俺たちに蘇生を諦めさせるために?


 考えれば考えるほど、そうだとしか思えない。

 大金さえ積めば蘇生してもらえるって話ならいくらでも用意する御仁は世界にいくらでもいたのだろう。

 だからアイテムに限定した?

 そう思えばしっくりきた。


「とは言うけどね、この子の蘇生率だけ他の聖女と比べて群を抜いてるのも事実なのよ。他の子が肉体の欠損を含めて蘇生率50%なところ、この子はライフコアからの肉体復元、スキルコアに封じられた魂の乖離/癒着までこなしてみせる。蘇生率の高さは驚異の89%。世界で諸手を挙げられるのも納得の実力者でもあるのよ?」

「待ってください! それじゃあ普通の聖女はダンジョンに食われた場合、蘇生そのものができないってことになりませんか?」

「そりゃ出来ないわよ。あくまで肉体があって、そこに魂が宿ってる前提だから時間との勝負なのよ。故に50%とされてるわ」

「じゃあ、アイリーンさんは?」

「【特級聖女】、聖女界の異端児って呼ばれてるわね。他にも数人ライフコアからの肉体の復元持ちの【上位聖女】は居るけど、スキルコアからの魂の剥離、定着率は30%行かないくらいかしら? それでも十分持て囃されてるけどね?」


 30%でも持て囃されてる世界で89%?

 そりゃ縋りつきたくもなる。

 でも100%じゃないので絶対に成功するとも言えないのか。


『私が仕事を分け隔てなく引き受けたくない理由を感じてくれたようね。正直周囲の期待に応えすぎて疲れちゃったのよ、無理難題も言いたくなるわ。私だってもっと自由に時間を使いたいし、日本に来たんだから観光もしたい。それくらいの自由は許されて良いはずなのよ。なのに世界はダンジョン、ダンジョンと死に急ぐ。なまじ蘇生だなんて手段が世に知られてしまったから仕事が増えて仕方ないの。中には金さえ積めば全てうまくやってくれるって信じて疑わない奴もいるし、相手にするのも面倒。だから今回からは希少なアイテムにしてやったわ。これなら諦めがつくでしょ? それでも集める奴はいるでしょうけど』


 それを依頼人の俺の前で言うほど、目の前の聖女にとって人命救助は見慣れた、そこらにありふれてるものなのか。

 それこそ大金を摘まずに一般人の蘇生など安請け合いしようものなら、世界中から暴動が起きる。その為のレアアイテムの提示!


「で、実際のところどうなのよ、頼忠君。ゲット出来そう?」

「実は既に一個は持ってるんですが、問題はもう一個の入手法なんですよね。あ、ついでで良ければ俺の宝箱コレクションも見ます?」

「えっ?」


 まずは信頼を得るために、虎の子の一本をその場で取り出す。

 そしてついでだからとばかりに、マジックバッグに収納していた他の鍵も会長室のすぐ横に併設してある応接間のテーブルに転がした。


 俺が今日手ぶらできたと思ったら大間違いだったな!

 こんないつ盗まれるかわかったもんじゃないアイテム、家に置いていけるかってんだ。

 もちろん、学校にも持っていってるぜ!

 表面上はそんなに着込んでないように思えるしな。

 マジックバッグ様々だぜ!


 締めて鉄の鍵159本、銀の鍵150本、金の鍵1本。

 銀箱と金箱も応接間の床スペースの限り置いて回った。

 一転して【宝物庫のような見栄えに大変身】ってな?


『ちょっと、ちょっと!【勇者】ここまでとは聞いてないわよ? 彼は【+1】じゃなかったの?』

「あー、実はダンジョンアタック中にレベルが40まで上がりまして」

「あっはははは、頼忠君、冗談もほどほどにしなさい。情報を盛るにも程があるわよ? レベル40と言ったら普通にBランク推奨ゾーンじゃない。半分人間を辞めてる私でも60と少しなのよ?」


 冗談ではないんだが。

 まぁ信じてもらえないのは分かってた。

 所詮【+1】だもんな。


『いやー、まさかこんなにも早くゴールドボックスをオープンできるとは思わなかったわー』


 ニコニコしながら俺の提示した金の鍵とゴールドボックスを当然の権利とばかりに回す【特級聖女】様。


 一人は蘇生して貰えるってことだろうか?

 それとも特に制約もなしに回そうとしてんのか。

 だとしたら止めないと。


「ストーップ! 何急に開けようとしてるんですか! 開けるんなら蘇生は確約して貰わなきゃ困ります。こっちだってなけなしの一本を提供しようって言うんですよ?」

『分かってるわよぉ、一人は蘇生してあげる。その上で滞在期間を二週間に伸ばしてあげるって言ってるんじゃない。普通はこんなに待たないのよ? 時間の経過と共にライフコアは劣化していくんだから。【上位聖女】じゃ入手して一週間が限界。でも私なら2週間までなら蘇生圏内。それを含めての解錠よ? 何か問題ある?』


 なら先にそう説明しろってんだ。

 突然開けて、今ここにあった一本を計上から外せって言われたら流石の俺でもブチ切れるところだったぞ?


「先に言ってくださいよ。俺にとっては身の回りの死も蘇生の条件も何もかも初めてなんです」

『そういうの、もっと調べるものだと思ってるわ。大切な人なら尚更よ』


 調べた上で詳しい情報が表に出てないんだわ。

 秘匿主義にも程があんだろ。

 そこんところどうなってんだ?


「今の話のどこまでネットに転がってると思ってるの? せいぜいが蘇生は予約待ちで、あなたを呼ぶのに10億、蘇生は50億〜しか書かれてないわよ?」

『えー。聖女協会本部では常識よ?』

「その常識が、表に出回ってないんですわ」


 シンの親父は死んだというより行方不明扱いだからな。

 だからおばさんも諦めきれないんだ。


 それはそれとして、条件を飲んだとしてアイリーンさんが宝箱を開ける。

 そういえば、金箱を開けるのは俺も初めての経験だ。

 どうせなら自分で開けたかったが、何しろ鍵が落ちない類だし、疲れ果ててたのもあって、今の今まで開けられずにいた。


 というよりも、蘇生条件の一つがこれだったから安易に使えなかったというのが真実だな。


 解錠と同時に虹色の光。

 しかし取り出されたのは妙に見覚えのある虹色の盾だった。

 アレ? ユニークじゃねーの?


 すっかり肩透かしを喰らう俺に対して、【特級聖女】は待ち焦がれてたように胸に抱きしめて頬擦りまでしている。

 アレ、そんないいものなのか?

 実は俺、とんでもない代物を要石に手渡したりしてたのか?

 そういやクラスメイトもユニークなんじゃないかって指摘してたし。

 あれー?

 もしかして、俺のユニークの認識って少しズレてたりするのか?


 ちなみにその虹色の盾、絶賛ダブって俺のマジックバッグに収まってたりする。

 でもあれ、銀箱から出てるんだよなー。


「それ、そんなに良いものなんですか?」

『ゴールドの中ではハズレね。でも効果は抜群よ? 何せマジックキャンセラー……魔法を吸収して蓄積、自身のステータスを底上げする優れものなんだから。相場で言えば豪邸が建つわよ? 建てる土地のお値段にもよるけど』


 まさかの豪邸規模だった。そんな代物が、俺のバッグに複数在庫あり。無知って怖いわー。


「この子のタチ悪いところは、粗方全てのユニーク装備は持ってる上で金の鍵の提示を求めにくる悪質さなのよね。本来ならとっくに必要ないのに、相手の度胸を試すのよ?」


 最悪じゃねぇか、人の覚悟をなんだと思ってんだ!


『ふふ、これくらいのお遊びは許してくれなきゃ程度が知れるわ? 人の命がかかってるのよ? 自分の装備と他人の命、即座に他人の命をとれるような相手じゃなきゃ蘇生し甲斐がないもの』

「そっすか。でも非常に申し上げにくいんですが、その装備、実は俺も持ってるんすよね」

『へ?』


 再び俺の言動に固まる、世界で活躍しているお姉さん方。

 アイテムバッグから取り出した二つの虹の盾を前に動揺を隠せない顔をしていた。


『ちょちょちょ、冗談はやめてよ。やだもーそんな偽物とこれを一緒にするなんてー』


 明らかに動揺した声。さっきまでの凛とした表情はどこへやら。

 若干半泣きである。


「それ、借りても良いかしら?」

「どうぞどうぞ、ダブってるんで。なんならあげましょうか?」

『ダブってる!?』


 そりゃダブるさ。シルバーボックスのオープン回数トータル何回したか教えましょうか?

 その上で俺のスキルが複数個ゲットするので嫌でもダブるのだ。


「これ、本物よ。私も初めて見たわ……これはどの箱から出たの?」

「シルバーボックスからですね。ほら、俺って一つの宝箱から五回も六回も抽選するチート持ってるんで」

『シルバーボックスから……嘘でしょう?』


 シルバーボックスでも抜群に出辛い部類だったんだろうか?

 その場で崩れ落ちる聖女様が何だか居た堪れなくなってくる。


「そういえば、蓬莱さん」

「何かな?」

「実はシルバーボックスからこんな武器が出たんですけど、これって表に出回ってますか?」


 俺は虹の盾程度で喜んでる有名人を尻目に、ラックアクセルボウを取り出してみせた。


「見かけないかな? 効果は……これまた微妙だなぁ、幸運の半分を命中率に補正か。見つかっても安く売り叩かれてるんじゃない?」

「ありゃ。実はそれとセットのラックアクセルの矢というのがボス戦での俺のダメージソースだったんですよ。残念だなぁ。それがあれば俺も宝箱以外の武器が持てたのに」


 それは俺の武勇伝のうちの一番の語りどころ。

 低ステの俺が、どうやってBランク相当のボスに一矢報いたか?

 それを語る上で外せないのがこの装備。

 ラックアクセルボウとラックアクセルの矢である。


「ふむふむ? つかぬことを聞くのだけど頼忠君。その矢、幸運依存だったり?」

「幸運の半分を威力に、知識の半分を状態異常付与だったかな? 俺、その時幸運1100あったんで、初めてダメージ1の壁を乗り越えられて感動した逸品だったんですよ。消耗品なんで撃つと無くなるのに目を瞑ればですが」

『1100!? 【+1】が幸運特化なのは知ってたけどもしかして……』

「レベル1アップする毎に+100ですねー、なにもしなくても」

「なにもしなくても……じゃあ40の今、投擲と回避がすごい数値になってるんじゃないかな? かな?」


 怖いもの見たさの興味が勝った。

 そんなギラギラした視線で【勇者】と【特級聖女】が迫ってくる。


 若干バグった口調で、俺はステータスチェッカーの餌食になった。

 ステータスは俺が見えても、他人には見えない。

 故に探索者はライセンスを発行し、ダンジョンアタックから帰るたびに生態チェックをするのだそうだ。

 まるで実験動物の気分だよ。



 ◇◇◇



 大体二時間くらい精密調査されて、解放される。

 ステータスの調査っていうのは、あんな男を裸に剥いてじっくり舐め回すようなことをするんだろうか?

 「必要な事」だというから受け入れたが、ここがトップのクランじゃなかったら帰ってるところだ。


「いやー、お疲れ頼忠君。君、はっきり言って化け物だよ? よく学生に紛れて生活できたね? 幸運以外の数値が微妙に低かったおかげかな?」


 開幕悪口やめーや。

 それなりに気にしてるんだからよ。


「で、俺はBランクダンジョンでもやっていけそうですか?」

「あー、金の鍵の件かな? あれ無しになったから」

「はい?」

「実はアイリーンは生粋のショタコンでね、君の裸を舐めまわしてから満足したように二人の肉体を蘇生して国内旅行に行ったわよ」


 あの検査、あの人の趣味だったんか。

 って、俺はショタちゃうわい!


「旅行に行かして平気なんすか? その、肉体の復元は良いとしても、魂の定着はまだなんでしょ?」

「それについては世間一般の蘇生に対する認識不足ね。確かにこの世界はダンジョンが現れてからファンタジー染みてきた。でもね、ゲームと違って一瞬で蘇生、日常に復帰とは行かないの。アイリーンが言ってたように蘇生は行使する側も命懸けなのよ。ライフコアからの肉体復元も本来なら並大抵の作業ではないのよ? それをチャチャっとやれちゃう辺り、あの子は天才肌なの。数日の旅行くらいは許してあげてほしいわ。どうせ、肉体が安定するのに数日を要するし、それまでの維持はポーション頼り。あとは病院でも任せられるわ」


 それにね、と蓬莱さんが付け足す。


「世間一般では事件は何も解決してないの。金の鍵を揃えずして蘇生をさせたなんて事実が表に出たらどうなると思う?」

「確実に自分も、自分もと諸手を挙げて突撃してくる人が増えますね」

「でしょう? だから魂の定着は金の鍵を揃えてから行うそうよ。その為にも肉体を維持する為に相当量のポーションを使用するの。頼忠君にはそのポーションの回収もお願いしたいのだけど……」


 神妙な顔つき。俺に託された使命は重大だ。

 それはさておき、俺のマジックバックにはちょうど相当量の在庫があったりする。


 あの時、要石に手渡した上級非常食は確かに残りの一個だった。

 ポーションの在庫はだいぶあるが、要石にとっての命綱は空腹による行動不能。

 【洗浄】は何を置いても空腹を促すバッドステータスだ。

 むしろスキルさえ使わなきゃ、大した怪我すらしない。

 あとは持久戦。大事なのはポーションよりも非常食だったのである。


 そんなわけでポーションはめちゃくちゃ余ってたりする。

 在庫不良だ。それを表で話すほど俺は馬鹿じゃないので黙っておいたが、それに活躍の目が出た。


「わかりました。10個ですか? 20個ですか? それとも50個? 足りなければそこの銀箱からいくらでも出しますよ? 金の鍵に比べりゃ難易度は相当に落ちますし、俺の幸運なら狙って出せると思います。多分、木箱からでも出せますよ」

「はい?」


 その日、俺の常識は世間一般の常識と乖離していることを嫌でも認識した。

 まず、そもそもの話。マジックバッグの所持者の存在は両手で数えられるくらいしかいないこと。


 ポーションなんかも、多くは自分の怪我を癒すのに使うので民間にまで出回らないことが多い。

 病院側でポーションの回収が急がれてるが、探索者がこれに非協力的というのもあるんだとか。

 なので日に日に高騰しているっぽい。

 探索者が塩漬けして一気に高値で売ろうという計画が裏で動いてるとも言ってた。


「じゃあ、余った分は病院側に寄付ということで」

「君は随分と大物だなぁ。寄付するときは君の名前を出すかね? それともうちのクラン名にしとく?」

「じゃあクラン名で。流石に俺個人のものではないですし、万一俺の名前を出して家族を狙われても嫌だし」

「それが懸命な判断だよ。でも万が一、そんな輩が現れてもあのお父さんなら大丈夫だと思うんだけどねぇ」


 なんか親父、蓬莱さんから本当に絶賛されてるのな。

 ただ握手しただけでそこまでわかるものなんだろうか?

 何だかちょっと誇らしい気分になったぞ。

 それはそれとして。


「俺にとっちゃポーションは不良在庫ですからねぇ。それで喜んでくれる人がいるんなら。俺も嬉しいです」

「不良在庫なのか、ポーションが」

「偶然、今回のパーティで使用回数が少なかっただけっすね。もしこれが一般パーティだったら消費が多くてとてもじゃないけど回せなかったかもしれないです」

「でも普通のパーティだった場合、君の活躍の場はあるのかね?」

「もうこの話やめましょうか?」

「そうだね」


 話をすっぱり切った後、施設案内の続きをした。

 家に帰る頃にはすっかり日が落ちていた。


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