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第16話 家族面談

 その日の夕食時。

 家族が揃ったタイミングで、俺は今日起きたヘッドハンティングの話を持ち出した。


「本当か? いや、疑ってる訳じゃないが本当にその人物はあの『天上天下』の蓬莱百合と名乗ったんだな?」

「ああ。校長先生も同席してくれてさ、なんかすげービビってた。どうもあの人の母校がうちだって話でさ」

「なんとも世間は狭いものだ。父さんの地元はここじゃないからな。しかし、この土地に移り住んで20年は経つ。彼女の実年齢を知らないので詳しくは語れないが、そうか、これも巡り合わせか」

「あなた……」


 お袋が珍しく親父に気を使う。

 普段は顎で使ってるのに、この態度の変化はなんだ。


「その時に、すごい殺気を放ってた。俺は堪えられたけど、校長先生は青い顔をしていたよ。あれは本物だと思う。【金の鍵】欲しさの詐欺師の可能性は低いと思うんだ。もちろん、俺の勘が間違ってる可能性もあるけどさ」

「いや、わざわざ顔を見せにくるほどフットワークの軽い御仁だとは思わなかっただけさ。しかしお前をスカウトか。先見の明か? それとも今の探索者業界へ一石を投じるつもりか?」


 親父は何かを考え込むように唸り始める。


「頼忠、あんたはどうしたいの?」

「俺は……」


 答えを出しあぐねてる親父の代わりに、お袋からの追及が来る。

 今はただ誘われただけ。

 蓬莱さんは俺の意見を尊重するとも言ってた。

 まだ正式採用ではない。

 クランに参入するには、俺の意思と家族の同意が必要なのだ。


「できれば挑戦したいと思ってる」

「今度こそ本当に死ぬかもしれないんだぞ?」


 親父の瞳は真剣そのものだ。

 金の鍵。その入手場所はBランク以上のボスの宝箱からしか落ちない。

 いくら偶然生き残ったとはいえ、自ら命を捨てに行くのかと親父は訴えるように尋ねてくる。


「無茶はしない。勝ち筋はある。俺だって死にたくないからな」

「話してみろ、お前の体験談を。お前、マスコミに全部話したと言ったが、実は隠してることがあるだろう? 父さんはそこらへん詳しいんだ。何せ、父さんも実力を隠して活動しているからな!」

「あなた、威張れたことじゃないですよ?」

「そうは言うがな、母さん」

「あはは。親父は誤魔化せないか。実は……」


 俺は敢えてマスコミに隠していた【+1】のスキルを明かす。

 それを聞いた親父は真剣な瞳になって、俺の身を案じた。


「それは、表に明かすのはまずいな。いや、だからこその保護目的でのクラン参入か?」

「だと思う」

「あなた? 頼忠も自分たちだけ分かってないで母さんにも説明なさい!」


 専業主婦であるお袋は、探索者の話はちんぷんかんぷん。

 だから俺のスキルの可能性と悪用法についてピンと来なかった。

 しかし親父はこの道が長いだけあり、その有用性にいち早く気づいた。


 俺でも実際やばいと思ってる、重複するスキル効果。

 一度の戦闘で【+1】【+2】【+3】【+5】が同時に発動することもある。


 銭湯だけに限らず、宝箱の抽選にも反映される。

 ただでさえ出現確率の悪い宝箱を、俺が開けるだけで最大11回の恩恵を得られるのである。


 そう話したお袋の目が輝く。


「つまりあんた、宝くじを買ったら当たりくじを12枚に増やせるってこと? それは犯罪だから絶対にやめるんだよ!」

「そんなものよりもっとお金を稼げるんだぜ!?」

「母さん、事はもっと大きい。もしかしなくとも、頼忠のスキルは世の中のソウルコア入手に嘆く、ダンジョン災害者の救いになるかもしれないんだ」

「そうなの? 頼忠」

「確実じゃないけどね。ただ、偶然手に入ったにしては運命的なものを感じたよ。まるでこれ以上当たりくじは入ってない。持ってけ泥棒って感じで寄越されたのかもしれない」

「なんてこと! それじゃあカナエさんもようやく報われるのね!」


 カナエってのはシンのおばさんのことだな。


「だから確実じゃないって言ってんじゃん。アテにされても応えられないぜ?」

「そうね。でも今までは0%だったの。ううん、もっと低かったかもしれない。それでもね、見つかるかもしれないと期待を持たせる事はそんなにダメなことなの? カナエさん、今にも倒れそうなくらい憔悴してるの。見ていられないくらいよ。シン君もそんなカナエさんを助けたくて探索者になったのね。ほんと男ってバカよ。どうして残された人の意見も聞かずに勝手に飛び出すのかしら!」


 お袋はヒステリックに叫んだ。

 シンのおばさんの気持ちの代弁をしてる事は当たりがついたが、逆に俺にも同じことを言われてるようで気を引き締める。


「一応頭に入れておくよ。でも、約束はできない」

「十分よ。あんたも無理はしないようにしなさい」


 なんだかんだ、俺は家族から愛されているのだと実感する。

 内側にいるとそう言うのに気づきにくいものだ。


 だからかな、シンがやけに俺に敵意を持っていたのは。

 なら俺は親父さんのライフコアを見つけてやることで、仲直りしたいと思う。


 あいつはまだ俺のこと恨んでんのかな?

 シン、お前は今どこにいるんだ?


 家族の面談は概ね満場一致でクランのお世話になる方向で話はまとまる。

 本当は俺のことが心配で仕方ないが、そんな気持ちを一切見せずに送り出す。

 お袋なりに気を遣ってくれたんだと思う。


 会社への面談には、親父が付き添ってくれた。


「ここが蓬莱ビルか、でかいな」

「こんなに電車何本も乗り継いで遠出すんのも初めてだわ」

「家族サービスを怠ったツケが来たか」

「なんだよ、親父、そんなこと気にしてたのか? 俺は別にゲーム好きだし気にしなかったぜ?」

「それはそれで心配だったな」

「うるせー、人間向き不向きがあんだよ」


 駄弁りながら緊張を隠すように首が痛くなるほど見上げるビルのロビーへと入り込む。


 エントランスにはどでかいパネルと共に実績が飾られていた。

 蓬莱百合とUR奉天檄、Bランクダンジョンの階層主を討伐、直後に破損。

 そんなエピソードと共に根本から折れた武器が当時の激闘を思わせるほどの損傷具合のまま大事に保管されていた。


 その横には当時のモンスターデータが記載されており、戦闘の過激さや、どのレベルのバトル風景が展開されたかを如実に再現していた。


 すげーな、まるでバトルデータの展示場だ。

 クランホールのほとんどが蓬莱さんのバトルデータで、ラウンジに行くと名前が変わってくる。

 まるでここで上にのしあがりたければ、それなりの活躍をして見せろと言わんばかりだ。

 それほどまでに競争率が高いのだろう、今から緊張してきたぜ。


「ようこそ、クラン天上天下へ、本日はどの様なご用件でしょうか?」

「親父」

「ああ、実は息子がこちらのクランからスカウトを受けたそうなんだ。その確認をお願いしたい」


 こういう時、親父は頼りになる。

 ダンジョンセンターでの顔の広さや、強コミュニケーションっぷりを見てから、やはり人間向き不向きがあるのだと知った。

 今日は全てを親父に任せるつもりで来ている。

 しかし受付のお姉さんは困惑顔で、そんな話聞いてないとその表情が物語っている。


 あれー?

 直接スカウトされたし、実際に書類が郵送されてきたんだが?

 まさかのデマだったなんて事はないよな?


「スカウトですか? 少々お待ちください、今上の者に確認いたします」


 受付の女性はそんな話は聞いていないぞ? とすぐに上司へと連絡を入れようとし、それを即座に握りつぶされた。物理的に。


「おっとっと、色葉ちゃん。私が招待したんだ。人材派遣所への連絡はやめてもらおうか」

「会長!? だからって何も子機を握りつぶさなくても!」

「にゃはは、ごめんて。表では調整が難しくてさ。許して?」

「会長案件でしたなら仕方ありませんね。請求書、会長室に送っておきますから」

「うん、そうしてー」


 やたら軽いやり取りをしながら出てきた蓬莱さん。

 当初の抱いていたイメージは少し不思議なお姉さんという感じだったが、クランホールに飾られてた実績を思い出して身構える。


「おっとっと、頼忠君まで身構えなくたっていいじゃないかー。ご両親を連れてきたってことはOKをくれたんだろう? じゃ、各種書類をお渡ししよう。試用期間とか給料のお話、いろいろ聞きたいだろぉ?」

「お初にお目にかかります、私は飯句雷只。頼忠の父親をさせていただいてます。本日は息子を大変気に入っていただいたようで、父親として鼻が高いですな」

「ははは、随分と面白い教育をされているようですね」


 すごい笑顔での握手。

 けど、気のせいかな? すごいプレッシャーが周囲に撒き散らされてる。


「ものすごい殺気を放ってきたね。いや、大事な家族を引き取るんだ、これぐらいでなくては。見たところ、随分と手練の探索者のようだが、飯句雷只。聞かない名だな」

「そりゃ知られてないでしょう、私のランクはDですからね」

「D!? この腕前で? それは人材の損失だ。頼忠君ほどの逸材ではないけど、在野で放っておくには惜しい。よければ息子さん共々うちのクランに来るというのは?」


 やっぱり親父ってすごい人なんだな。

 蓬莱さんにここまで言わせるなんて……

 でも、親父は最初から決まっている言葉を何の感情も込めずに吐き出した…


「悪いが私には先約がありまして」

「息子さんの成長を近いところで見守れるチャンスを逃してでもやりたいことがあると?」

「息子からは育児放棄と思われても、です」

「もしよければ詳しくお話しお聞かせ願えますか?」

「大したお話ではないのですが……」


 世間を騒がすタイプの話ではない。

 しかし、世間にはまだダンジョン災害の傷の癒えぬものたちがいる。

 親父はそんな人たちの拠り所を担っている。

 そこから親父が金欲しさに抜けたと知ったら、せっかく頼ってきてくれた人に合わせる顔がない。

 そう言われ、蓬莱さんは納得していた。


「なら、この話は聞かなかったことにしてくれ。立派な気概だよ。だからだろうね、頼忠君が真っ直ぐに育ったのは。普通探索者を親に持つと、どうしても実績・金・強さに取り憑かれるから」

「そうならないように気をつけてますよ」

「俺も、いづれ親父のサポーターとしてやってくつもりだったんだけど」

「別に父さんに付き合わなくったっていいんだぞ? お前はお前の道を行きなさい、頼忠」

「親父……」


 俺は感無量になる。

 薄情なのか、涙は流れなかったがこういう立派な大人になってやろうと心に誓う。


「蓬莱さん、改めてよろしくお願いします!」

「もちろんさ。さて、ここからは社外非なので、お引き取り願いたいのだが、よろしいかな?」

「もちろんです、長々と私ごとを話し込んでしまいまして申し訳ありません。息子をよろしくお願いします」

「心得た。では行こうか、頼忠君。施設の案内をしようじゃないか」


 そう言って歩き出そうとしたところで、受付のお姉さんが待ったをかけた。


「会長、午後から【聖女】と面談があったはずです。今からビル内を回られると……」


 ジェスチャーで、腕時計を見るように促してくる。

 柱にかけられた時計は11時43分を回ったところだ。

 これから小腹を満たしたり、施設案内をしてる間に、来客は来てしまうだろう。

 これは俺に無理に突き合わせるのはまずいだろう。

 なのでここは一歩引いて促してみる。


「あの、俺は後でいいので。会長は先に用事を済ませちゃってきてください」

「えー私あの業突く張りきらーい。人の命と自分の欲を天秤にかける奴よ? 腹の内側が真っ黒な女に決まってるわ」


 無理だった。まさかの否定である。

 しかし先方はわざわざアポイントメントまで取ってくるほどの仲。

 しかも聖女と言ったら今世間を騒がせてるあの人じゃないのか?

 むしろ俺としてはクラスメイトを助けてくれるかもしれない恩人なのだ。

 なのにどうしてこの人がそこまで嫌うのか。

 俺には判断材料があまりにも少なすぎた。


『誰が、何ですって?』


 背後から声をかけてきたのは、テレビにも出ていた【聖女】アイリーン・クルセイドその人だった。

 ただ、穏やかな雰囲気は霧散しており、禍々しいオーラを湛えて蓬莱さんを睨んでいる。

 顔めっちゃ怖! テレビのイメージはフェイクかよ!


「げぇ、どこから湧いて出たのよ【聖女】!」

『お言葉ね【勇者】、世界大戦以来かしら?』

「その称号きらーい。都合のいい存在にして、やらなくていい仕事まで回されるんだもん。だから私はフリーになったのよー?」

『相変わらず自分勝手ね。って、あら? この坊やは私達のプレッシャーを浴びても怯えないのね? どこで拾ってきたのよ!』


 プレッシャー……そんなのある?

 みたいな顔で痴話喧嘩を観察してたら、なぜか噂の聖女様にロックオンされてしまった。


「取っちゃやーよ? 私が見つけてきたんだからー」

『はぁ? 冗談。ただ興味を示しただけでしょ? 顔は好みじゃないもの…それにしても、あんたが男に手をかけるなんて……ウププ。ついにお一人様の時代は終わったわけ?』

「はぁー? 勝手に言ってなさいよ! 頼忠君はそこら辺の金・金・金ってうるさい輩じゃないんだからー! ムキーー!」


 何やらギャーギャー脇目も振らずに取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。

 誰か止めなくてもいいんだろうか?

 俺? 冗談はよしてくれよ。どうしてそんな恐れ多いことができるんだ。


 この尊い空間に割って入ったらガチファンから殺されるわ。

 そもそも、俺にそんな勇気はない。

 なので、近くのベンチに座って、自販機で買ったジュースでも啜って優雅に閲覧に興じる他ない。


 なぜか受付のお姉さんとか顔を青くしてるんだけど、大丈夫かなぁ?

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