登校翌日。
俺の英雄的判断【金の鍵】提供を美談として語らう女性探索者【蓬莱百合】が俺に用があるとわざわざ学校の門の前に黒塗りの高級車を横付けして乗り込んできた。
なぜ居場所が割れたのか、昨日の話を聞いて先走ったクラスメイトがSNSで情報漏洩でもしたのか?
それとも親父関連のクエストでか?
いや、それはないな。
それなりに顔が広いとはいえ、Sランク探索者がわざわざ俺に会いに来るなんてことはない。
だから俺、ひいては取得物の【金の鍵】につられてやってきたとみる方がまだ目がある。
仮にもSランク。
すでにユニークの幾つかは持っているかもしれない。
だとしたら、わざわざ俺に会いに来る理由はないのだが、実際こうして目の前にいるからなぁ。
結局訳もわからないまま校内放送でお呼ばれ。
職員室から応接間へ。
待っていたらあまり顔も覚えてない校長と、テレビにも出てる有名人が同伴でやってきては俺の前に座ってる。
正直、夢だと思ってしまうのは俺だけではないだろう。
「初めまして、私は
「うす、お会いできて光栄です。それで、本日はわざわざなんのご用でこんな場末まで?」
ゴホンゴホン。
校長の強めな咳払い。いやさ圧力で、俺は敬語を忘れていたことを思い出す。
いや、学校を場末扱いした方に怒ってるのかもしれないか。
うっかり、うっかり。
「ああ、えっと。本日は俺に会いにきたということですが、俺としてはなんのことかさっぱりなもので。理由をお聞かせ願えないでしょうか?」
「別に敬語なんて使わなくていいよー。ただね、君。すごくいいなーって。うちで引き取りたいなーってそう思ったの」
「はぁ……」
なんて?
今言われたことなのに、頭が理解を拒んだ。
天下のSランク様が、最弱の【+1】を誘う?
そりゃ一体なんの冗談だ?
俺だけじゃない、校長も「正気か?」という顔で蓬莱さんを見返してる。
そんな表情を受けても涼しい顔をしてる。
まるでその顔が見たかったと言わんばかりだ。
「やっぱり【金の鍵】ですか?」
「そう! 普通はなかなか手放さないよ! 多分身内の葬儀でもそうそう手放さない」
「いや、流石にそれは……」
「世の中はそんなものなのさ。認めたくないのはわかるよ? 私だって身内を優先する。けどね、それは一度世間に広まれば、もう身内だけではいられなくなる」
「脅しですか?」
急に視線が鋭くなった。
一緒に同席している校長の顔色がすぐれない。
なんだろうか? 今日的に出くわした時のようなプレッシャーが室内に充満した。
そのプレッシャーの出どころは、間違いなく蓬莱さんである。
「そう聞こえたかな? ただ、周囲は本気で奪いにくるぞ? そのアイテムはそれだけ魅力的なんだ」
「だとしても、それでクラスメイトが助かるのなら、俺は提示しますよ。他人にどうこう言わせません」
「そう言い切れる人物は、今まで私の前には現れなかった。だからこそ、面白いんだ」
先ほどまでのプレッシャーを霧散させて、クスリと笑う蓬莱さん。
ようやく息ができる、と校長は大きく深呼吸をした。
まるで今まで呼吸を忘れていたような、全く空気の存在していない場所にいたかのような心地での呼吸だ。
そんなだったかなー?
一人疑問を浮かべていると、答え合わせとばかりに蓬莱さんが一つの解を示した。
「今のプレッシャーは、Bランク相当のモンスターが実際に発するものだ。飯句君、君はこれを涼しい顔で受け止めたね?」
「そうなのか? 私は息をするので大変だったが」
「あー……まぁ。ボスのゴブリンオーガはそれの比じゃなかったので」
「だからこそだよ。普通はこのプレッシャーでビビるチキンは勧誘しないんだ。でも君は屈せず、まっすぐに私の瞳を見返しただろう? 合格だよ。君の処遇は追って伝える」
おいおいおいおい。今日はその面接をしにきたっていう話じゃないのかよ?
「待ってください!」
「うん? 雇用についてのお話かな? それは後日連絡すると言ったよ?」
「それではなくて。もし仮に、俺があなたのクランに入ったとして……」
「うん」
「金の鍵は集まると思いますか?」
蓬莱さんの瞳をまっすぐ見据える。
目と目が合って、彼女はにこりと微笑む。
しかし答えは欲しいものとは大きく異なって……
「それは君次第さ。けど、そうだね。私は君ならやり遂げると信じてるよ。そのための準備も設備も投資する。もちろん、君のやる気次第だがね?」
「そうですか……」
「おや、私の言葉程度で諦めるなんてらしくないな。確かに世間一般の評価は、たかが一般人を蘇生させるのに、ユニーク保有権を二つ開け渡すのは気が狂ってるぐらいに言われてるが──」
「俺の想像以上に言われてて凹みますね」
SNSの罵詈雑言が可愛く思える日が来るとは思わんやろ。
そこまでは言われなかった……でも、世間一般の評価はそうなんだな。
それほどの無謀な賭け。
でも、俺なら。この【+1】なら!
「みんな自分が可愛いのさ。でも君は違うんだろう?」
「ええ、あの二人とはあんまりいい関係性を持てませんでしたが、それでも一緒にダンジョンに潜った仲間です。実際にボス討伐に至れたのも死亡した生徒、狭間ひとりによる【合成】の副産物でした。アレがあったおかげで俺たちは逆境を乗り越えられた。春日井小波の【トーチ】だって暗闇を照らす光となっって序盤の闇を払ってくれた。ないない尽くしの俺から見れば十分羨ましいスキルでした。世間で何と言われようとも、俺からしたら恩人なんです。その恩人にお礼を言うにも、相手が死んでちゃできません。だから可能性があれば集めたいです」
「ふふ、君はやはりどこか狂ってるね? 普通であれば葬儀の際に内心でこぼす事を馬鹿正直に実行に移そうとしてる。まるで機会さえあれば本当にやってのけそうだ。そんなポテンシャルをヒシヒシと感じるよ?」
「机上の空論ですよ、やれたらいいな。そんなところです」
俺のスキルがそれほどすぐれているだなんて、俺でも信じられない。
それに、俺一人だって無理だ。
あの時は要石がいたから生き残れた。
俺一人じゃ、実質何もできないのと一緒だ。
「そう思うことができるのもごく限られた人間だけだよ、飯狗頼忠君。普通は思う事はすれど、他人に任せるものだ。自分でやろうとはしない、特に自分のスペックを理解してるのなら尚更だ。でも君はそれでも挑むと?」
「もうやらないで後悔するのはごめんなんで」
「そうか。他の探索者にも、君くらいの気概を持って欲しいものだ。では、後日君の住所に郵送するよ。ご両親とよく相談した上で、指定の住所に来るといい。雇用の話は改めてそこでするとしよう」
それだけ言うと、蓬莱さんは立つ鳥跡を濁さずとばかりに迅速に立ち去った。
クラスに戻れば時の人みたいに囲まれたよ。
そりゃそうだ。さっきまで俺の前にいた人は時の人。
探索者の憧れのSランクだ。
むしろ俺なんかに会いにきたって知って嫉妬の一つ飛んできてもおかしくない。
けど、昨日の体験談で俺への評価を変えたクラスメイトからは、むしろ絶賛されていた。主にその中心で俺の武勇伝を語ってくれた要石のおかげかもしれない。
あんなにクズ扱いしたのに、この褒めよう。
もしかして俺のこと好きなんじゃ?
モテない陰キャが優しくされてコロッと言ってしまうのもわからなくもない。
要石は口が悪いだけで可愛いし、おっぱいも大きい。
少しヤンキー入ってるが、そのギャップでより一層可愛く見える。
本当に不思議だ。
絶対に、永遠に関わらないタイプの人種だと思ってたのに。
世の中本当に、何が起きるかわからないもんだぜ。
「頼っち、怖いこと言われなかった? 【金の鍵】をもう一本持ってたら渡せとか」
「もし俺が一本でも持ってたらそれこそ奪い合いだよ。俺が春日井さんや狭間さんを救う為に提示したとする。でも一本だけならご両親からすれば自分の娘を復活させてくれって願うだろう? 尚更渡せねーよ」
「そりゃそうだよ」
「でも世間一般は違う。ユニーク確定ゲットのチャンスをどこの誰かも分からない一般人に使うのは勿体無い。そう考える探索者は多いって言われた」
「やっぱり言われてるんじゃん。【金の鍵】寄越せって脅されたんじゃん! あんなに黒塗りの車、絶対悪い奴が乗ってるに決まってるよ! だって趣味悪いもん」
要石さんや、それ以上言わないほうがいいぞ。
相手は天下のSランククラン。全国各地に部署を置く強豪クランだ。
それに寄越せだなんて一言も言われてねーし。
「話を飛躍させすぎだってーの。俺に提案されたのは、うちに来ないかってクラン参入の提案の方だよ。もし【金の鍵】が欲しかったら協力してくれるってお話だ。俺でも、【+1】でもヘッドハンティングされる時代なんだなぁといまだに寝耳に水だし」
「え、すごい! でも頼っちなら絶対スカウトされると思ってた。だって一番活躍してたの頼っちだもん!」
「俺は要石さんが全てのヘイトを奪ってくれるタンク役をこなしてくれたから機能してただけだぜ? そんな誇れる事はしてないつもりだ。わりかし外道なプレイだって今でも思うし」
「それは、適材適所だししょうがないよ。シン君だったらそう言う役割すらくれないし。でも頼っちはあたしを頼ってくれたじゃん?」
頼らざるを得ない環境だったつーか、悲しいことに、その時の俺は生き残るためならなんでも使うくらいに追い込まれてたからな。
「頼らなきゃ死ぬのは俺だったからな。頼りたくなくたって頼らざるを得なかったんだよ。それと目の前で死なれちゃ夢見が悪いだろ? 俺、要石さんのことあまり好きなタイプじゃなかったけど、流石さんに死んで欲しいとまでは思わなかったから」
「その感覚が二人の命運を分けたんだろうな。漆戸君は自分だけが特別で、その他大勢をお荷物くらいに考えてた。でも飯狗は助けられるなら助けたいと自分で動いたわけだ。なかなかできないよ、そういうの」
葦葉さんが鋭い考察を入れる。
まるでそう言う経験があるかの様な口ぶりだ。
その結果、親しい人に怪我を負わせたか、亡くしたのだろうな。
自分の未熟さが歯痒くて、そして後悔がいつまでも自分の中で燻っている。
それはまるで過去の俺だ。
シンに比べて勉強もできず、探索者の適性も低くてお先真っ暗。
特に努力もせずに勝手に落ち込んでる、そんな自分。
「葦葉さんだけじゃないよ、当時の俺だって任せられるなら誰かに任せたかった。でも、誰も立候補しない、俺なんか死んでもいいって顔でクラスメイトから見送られた」
「いや、そんなつもりはなかったぞ?」
そんなつもりはなくても、実際に俺は死にかけたんだよなぁ。
今になってイライラしてくる。
助かったからいい、でもな、下手すれば俺は死んでたんだ。
要石だって同様に、生きてここにいなかったかもしれない。
だと言うのに、クラスメイトの態度は軽い。
生きててよかったね! だけで済まそうとしてくる。
亡くなった二人に対してもどこかで【仕方ない】と割り切ってる気さえしている。
死に慣れすぎたんだ。
今日もどこかで、顔見知りがいなくなる。
それがダンジョンだったり、探索者崩れの犯行だったり。
いつどこかで犯罪に巻き込まれるかわからない情勢。
だから、生きていることになんの感謝もしないんだ。
俺はそんな薄情な奴らに気を遣って、その中で仲良くしたいだなんて思ってたけど、今じゃ願い下げだ。
誰がこんな奴らと仲良くしてやるもんか。
でも、一歩間違えば俺もこいつらと同じようになっていたのは確かだ。
あんな目にあって、それでも生き延びたからこその今。
気づき。
そして、別れ。
俺は一足早く学校を卒業する。
要石と離れるのは少し寂しいが、今この環境に長居するより、俺は俺の能力を活かせる場所に身を置くのが精神衛生上良さそうだった。
「クラン参入おめでとう、頼っち」
こんな時、素直に祝福してくれる子は今や要石くらいだ。
どこかで俺を下に見てた奴らは全員バツの悪そうな顔で下を向いている。
自分が一歩間違えたら加害者になってたかもしれないと言う事実を受け止めきれなかったのだろう。
言葉で追い詰めるなんて考えもしなかった奴らだ。
今更察したところで遅い。
「ありがとう、要石さん。要石さんもあちこちのクランから参入申請来てるんじゃない?」
「うん、それもいっぱい! あたし一人じゃ決められないくらい。でもあたしの場合、頼っちと違って食欲で足を引っ張らないか心配でさ。頼っちの言う様に、あたしのスキルって燃費悪いじゃん? 高級非常食くらいの賄いがついてトントンってくらいかな?」
「この大飯喰らいめ! まぁ、ポンポンシルバーボックス開けて非常食ヒットさせられるのは俺くらいだろ。だから上位のクランだからって高望みしないほうがいいぞ? カロリーの高い軽食をたくさん持ち込んだりして対処したほうがいいな」
「やっぱそうだよね。でも高級非常食の味が忘れられないの……」
「あれは美味かったよなぁ、俺の【+5】でもそうそうお目にかからなかった。腹減ってないとなかなか出てくれなくて」
「やっぱり開ける時の心情とか宝箱側が読み取ってる説あるよね?」
「俺は大いにあると思ってるぞ。ずるして大量ゲットしてる俺が言うのもなんだが、一発目はここぞと言う時のものが入ってるもんな」
「虹の盾にはおせわになりました。シルバープレートとシルバーレイピアは今や愛用品です」
「俺も要石さんが前衛を務めてくれたから快く非常食を手渡せたんだ。持ちつ持たれつって奴だな。違うクランに行っても連絡は取り合おうぜ?」
「オッケー」
完全に話題から置いて行かれたクラスメイト達は、二度と俺と要石の会話に入ってくる事はなかった。