この世はクソである。
何がクソであるか人それぞれだが、俺にとってクソな事件は今から三年前に起こった。小学校から中学校に上がる手前、起きたダンジョン災害。
幸い爺ちゃんの家に遊びにいっていたのもあり、俺は被害に遭うことはなかった。
しかし幼馴染のシンは、その災害で両親を失った。
探索者として徴収されたうちの親父は命からがら帰ってきたが、シンのお父さんだけはいくら探しても見つからなかった。
その日からかな? シンが俺たち家族に対して距離を置くようになったのは。
まだ小学生に上がる前までは、一緒に遊んだり「どっちが先に上位ランクになるか勝負だ!」なんて言い合ってたっけ。
自分たちがダンジョンを生業にする探索者になると子供ながらに疑ってなかった。
何せ親が探索者だ。
親の背中を見て、子供は後を追うものだ。
シンも同様に。
だから当時の災害は俺たちの間に大きな溝を作った。
生きて帰ってきた俺の親父。
シンの親父だけ帰って来ず、おばさんは帰らぬ親父さんをいつまでも待ち続けた。
専業主婦だったおばさんは大黒柱を失い、働きづめ。
働きに出てる間、シンはうちの家族で預かることになった。
幸せそうに暮らす俺を羨ましくなったのかもしれない。
だから中学に上がる時、あいつは俺の通う中学とは違う中学に進んだ。
家は近いけど、俺たちを避けてるように連絡が途絶えているのを気にしていたよ。
そして高校に上がって、久しぶりに会ったあいつは別人のように冷たい奴になっていた。
何かにつけて能力をひけらかし、俺を不快にさせる。そんな奴に。
最初こそ、それは不器用さからくるスキンシップだと思っていた。
しかしそれは日に日に激しくなっていき、イジメに近い状況まで追い込まれた。
おかげで俺は高校入学早々、クラスに居場所を持てなかった。
ただでさえ、これから生きて行くのが辛いというのに。
シンはわかっていて俺から居場所を奪っていた。
かつて災害によって悲しい思いをしたシンの気持ちを、俺に味合わせるように。
だんだんと手段はエスカレートしていく。
ついには俺だけじゃなく、俺の親父までターゲットにして、笑いものにした。
「頼忠、お前の親父、あのダンジョン災害の生き残りなんだってな?」
「ああ、そうだけど何が言いたい?」
クラスメイトはシンから何か吹き込まれたのか、ニヤニヤした笑みを貼り付けては俺に何かを言わせようとしてる。
「その親父ってさ、実は怖くて現場から逃げ出したから生きて帰れたんじゃねぇの?」
「ぷっ、あはは!言えてる! 何せ【+1】の親父だもんなぁ!」
「そうそう、きっと大した力も持ってなかったんだぜ!」
「でもシン君の親父さんはすごかった。死ぬ直前まで救出を諦めなかったんだもんよ! 並大抵の探索者にできるこっちゃないぜ?」
まるで当時の災害を見てきたかのように言うクラスメイト達。
確かにシンの親父さんはそう言う気質を持っている。
俺の親父もよく世話になっていたし、ランクは同じだったが、すぐCに上がるだろうと囁かれていた。
シンの自慢の親父だった。俺達の憧れだった。
それは今でも覚えてる。
でもなぁ、当時のことをよく知らずに俺の親父だからって理由で笑うのは違うだろう。確かにうちの親父は対して強くはないし、万年Dランク探索者だ。
シンの親父と比べられたもんじゃない。
「やめなよ、そんな言い方するのは。頼忠が可哀想だよ」
「だってシン君よー」
「悪かったね、頼忠。親父さんのことまで掘り返してしまって」
「別に。用はそれだけかよ」
「用がなきゃ話しかけちゃダメかい?」
甘いマスクで実力派。
今やクラスの中心人物で、俺とは正反対の存在。
だからこそ、下手に絡まれるだけで俺の立場がなくなるのだ。
「天下のCランク様が、万年成績ドベの俺に何の用があるんだよ」
「何言ってるんだよ、僕たち幼馴染じゃないか。昔みたいに仲良くしようよ」
「えーシン君こんなやつと幼馴染だったのー? ちょっと飯句、あんた烏滸がましいわよ? 場所譲りなさいよ」
と、まぁこんな感じで俺は何かにつけてクラスの女子から顰蹙を買っている。
そうなった原因は俺の親父が万年Dランク探索者なのもあるが、俺に宿ったスキルが最弱と名高い【+1】というのもあった。
こいつを授かった人たちは、須く働き口を見つけられずにニートになっている。
何せステータスが軒並み1で、宝箱を開ける時にしか恩恵がないクソスキル。
体力や筋力がないので荷物持ちに適さず、攻撃力も防御力もないので戦闘では役立たず。
唯一高い幸運でクリティカルを狙おうにも、攻撃力が低いから0が1に変わるだけ。持久力も低いから継戦能力は皆無。
それでもこうして学校に通っているのは、探索者にならなくても、親父のサポートぐらいはしたいと思ってるからだった。
もし、宝箱を持って帰ってきたら。俺の能力で抽選回数を増やし、家計の足しにしたいから。それが今の俺にできる唯一の仕事。
そのためにも授業に出る必要があるのだが、こうして飽きずに俺の邪魔ばかりしてくる。
世の中はクソだ。
そして平等とは程遠い。
クソクソのクソ。
だが泣いても喚いても、現実はひっくり返らない。
俺のステータスはカスだし、シンの親父は帰ってこない。
そして、一度拗れた関係はもう戻らないのだ。
そんなクラスでのやり取りは毎日のようにイベントを運んでくる。
基本的に俺はみんなからいじめてOK。
逆らうステータスも持ち合わせてないのもあり、好き放題言われていた。
だから、思いつきみたいな提案で、俺にとって不利な条件だって問答無用で叩きつけられる。
「は? 今なんつった」
「今度さ、クラスのみんなでダンジョンに潜るんだ。それに頼忠もどうかなって」
「なんで俺なんだよ? 言っとくが耐久力も腕力もないから荷物持ちすら果たせないぞ?」
「ちょっと飯句ー? シン君の提案を断る権利があんたにあると思ってんの?」
うるせー、お前ら俺と同じハズレスキル持ちのくせに、おっぱいが大きいからって調子に乗りやがって。
周囲を囲う女子に至っては俺のこと言えないくらいのハズレスキル持ち。
だと言うのに俺をいじめてくるんだから生まれ持った素質(おっぱい)を持ってるやつはいいよな!
どうして俺はフツメンに生まれてしまったんだ。
くそう、シンが憎い!
せめてイケメンだったら、ここまでいじめられないものを!
「それでも、僕たちにとって、君は必要だ。頼むよ、頼忠」
「あんまり俺を当てにすんなよ?」
「ちょっと飯句、シン君になんて口の聞き方!」
「俺たち幼馴染なんだからこれくらいいいだろ」
「シン君の優しさに感謝しなさいよ!」
そんなことより、誰か一人でも俺の心配しろよ。
俺のステータスでダンジョン行ったら死ぬぞ?
それとも物理的に殺そうとしてんのか?
ダンジョンの中なら法的に捌かれないから?
お前らがそのつもりなら俺にも考えがあるからな!
フハハ、ボイコットだ。
せいぜい集合場所で俺の出現を待つといい!
◇◆◇
とか思ったら、シンとクラスメイトの女子が俺の家の前に来た。
チャイムを鳴らし、俺が出てくるのを待っている。
なんだこれ、地獄かな?
「頼忠、みんな待ってるぞ? お前、準備できてるのか?」
「行きたくない。今日体調悪いってことになんないかな」
「せっかくシン君が誘ってくれたんだろ? お前、昔は仲良かったじゃないか」
そりゃ、昔はな。でも今のシンは嫌な奴なんだよ。
みんなで寄ってたかって俺を攻撃するんだ。
親父の悪口も言ってる。
けどそんな弱音、親父の前で吐くのはダサいし言いたくなかった。
「ぐぉお、どうして今日に限って俺の体調は悪くなってないんだ!」
「元気でいいじゃないか。せっかくお前を誘ってくれたんだ。行ってやれよ」
「くそぉ、俺の味方はいないのか」
「ところで今日はみんな揃ってどこに行くんだ?」
「ダンジョン」
「おいおい……お前のスキルで行くとか正気か?」
「シンが現役探索者で、ランクCだから、俺達のようなハズレスキルを引き入れてパワーレベリングだって」
「それに誘ってもらえたのか。行くのはどこだ?」
「俺も詳しくないけど、近所だって話」
「近所ならEランクか。奥まで行かなきゃ大丈夫だな。せいぜい女の子の前で恥ずかしい真似はしないように」
「善処するけど、無理じゃね?」
自分のことは、自分が一番わかっているのだ。
「まぁ、やれるだけやって来い。ダメならダメで次頑張ればいいさ」
「うす」
なんだかんだで親父も探索者。
一足跳びでの急成長こそしないが、モンスター退治のプロフェッショナル。
地道にやってきたからこその、この余裕だ。
「念の為、これ書いてけ」
「何これ?」
「遺書」
「おっも」
「民間人がダンジョンに入るってのはそう言うことだ。万が一がないように、俺もコネを回しておく。お前は何も気にしないで楽しんでこいよ」
「こんなものを書かせておいて、気楽に行けるかなー?」
「いずれこんな日が来るとは思ってた。昔からお前、探索者になりたがってたじゃんか」
「+1のおかげで潰えたけどな」
「周りのみんなが使えないって言ってるから、お前もそれに倣って自分の可能性を否定するのか?」
「そう言うわけじゃないけどさ……みんなはその噂が真実だって思ってる。俺だって、もっと可能性があるって信じてーよ! でも、周りはみんなお前には無理だって決めつけるんだ!」
「じゃあ、俺だけはお前はやる奴だって信じててやる。だから言って来い、男になってくるんだ、頼忠」
「親父に期待されたなら、それを無碍にするわけには行かねーな」
「まぁ、俺なんかでもなんとかなってるし、お前にもお前なりの道筋があるさ」
なんだかんだで、苦労人だからな、親父は。
「頼忠、待ってたよ」
「遅いわよ、飯句」
「やっときた。怖気付いて逃げたんじゃないかって噂してたのよ?」
自分たちは安全圏にいるからって、よく言うぜ。
「逃げたくもなるって。ランクが低いとはいえ、ダンジョンだぜ? 自ら死にに行くようなもんだろ」
「でも出てきたってことは、覚悟は決まったのね?」
「親父に背中を押されたからな。あとこれ」
「何これ?」
「遺書。ダンジョン行く前にみんなにかけってさ」
「おっも」
「現役探索者である親父からの気遣いだよ」
「シン君はこんなの必要ないって言ってるわよ?」
「そうなのか?」
「今の時代ではそう言う古臭い風習に捉われない、カジュアルな探索手段が確立されてるんだよ。時代が変わったのさ」
「ほらー」
女子は俺の親父のやり方は古臭いと遺書は拒否。
俺だけ書いたのが今になって恥ずかしくなる。
「まぁ、俺だけでもいいか。正直足手纏いになる未来しか見えん」
「それじゃ、行こうか。戦闘は僕が受け持つから、みんなは影から攻撃してレベル上げしよっか?」
「流石シン君!」
「飯狗と違って気が利くわ」
なぜ比較対象に俺を出すのか。
これがわからない。
Cランク探索者と一般高校生。
何がなんでもシンをヨイショしたいようだ。
そんなこんなで、俺達は今日世話になるダンジョンを包括するダンジョンセンターへと顔を出す。ランクEといえど、危険は付きもの。
流石に手ぶらで通してくれるほど、危機管理は甘くなかった。
短剣や防具の貸し出しをするついで、俺は親父に書かされた遺書を取り出す。
クラスメイトはくすくす笑っていたが、俺に取ってはそれくらいの覚悟があってのことだ。受付のお姉さんは「他にも、遺書を持参の方はいませんか?」と聞き返す。
この場所にとって、遺書の取り扱いはポピュラーで、カジュアル的な探索者の方がアウェイといった感じ。
しかしシンの独自ルールは普遍のものらしく、
「僕たちは必要ないです。Cランクの僕がついてますんで」
「そういうことでーす」
「その人、少し臆病で」
「同意」
寄ってたかってひでぇや。
だけど受付のお姉さんは困惑したような顔を浮かべる。
もう話しかけても取り合ってもくれないと察したのだろう、俺にだけ向き直って語り始めた。
「これを持ってくるという事は、親御さんは探索者という認識であってますか?」
「はい、うちの父は探索者です」
「なるほど、了解しました。しっかりとしたお父様ですね。ここ最近、ダンジョンをテーマパークか何かと勘違いした若者が増えて困ってるんです。その上、被害が出たらこちらのせいでしょう? きっとああいう人たちがそうなると思うんですよね」
「なんか大変そうっすね?」
「君からも何か言ってあげられない?」
「残念ながら、荷物持ちの俺が言っても聞いてくれるようなメンツじゃないんで」
「くれぐれも、怪我のないように。探索者と言っても、生きて帰ってくるのが第一の仕事ですからね?」
「うす」
心配するお姉さんに見送られ、俺たちは得意分野を語りだす。
本日のチーム構成はこうだ。
前衛に漆戸シン【フレイムトーチャー】
言わずと知れた魔法使い。炎を操る魔法なら何でもござれ。
洞窟内で火を炊くとか言語道断! と憤る方にも安心安全。
魔法は二酸化炭素を生み出さない。まさに大ダンジョン時代に生まれた寵児。
ただ、素材回収には愛されなかったのか、納品貢献度は低いぞ!
まさかその尻拭いに俺を連れてきたわけじゃないよなぁ?
後衛に俺【+1】
宝箱回収班兼荷物持ち。
俺は断固抗議する! このステータス社会で男だから荷物持ちはおかしい!
断固反対! 耐久1でどうしろってんだ。
あー今すぐ帰りたい!
同じく後衛に要石カガリ【洗浄】
俺同様、探索者エリート組から爪弾きにされた筆頭!
将来の道はクリーニング屋か飲食業の洗い物担当!
得意技は洗浄。何なら家庭ゴミのありとあらゆるものを取り除くので、ハウスキーパーなんか向いてるかもしれないギャルだ。
その見た目でハウスキーパーなんてできっこないと思うから、やっぱ裏方だと思うぞ! 要石ぃ!
同じく後衛の春日井小波【トーチ】
灯をつけるのが得意な陽キャ組の一人。
その精神性はひたすらに明るく、いるだけで周囲を朗らかにすると言われている。まさにそのスキルの恩恵とでもいうか、それ以外は何もできないやつだ!
多分この中で俺以上に役に立たないと思われるが、薄暗いダンジョンを照らすという役割上誰よりも貢献しているので油断ならない女だ。次!
最後に後衛の狭間ひとり【合成】
一応は混ぜ合わせることで新たな薬品類を生み出すことができるエキスパート。
こいつだけどうもシンとは少し違う思惑できてるっぽい。
偶然居合わせた無能スキル持ちがこいつだったのか、それともこいつにすら劣る俺を笑いものにするためなのか、シンの考える事は何もわからんぜ。
計5名。
この五人で今からダンジョンアタックする。
えー、大丈夫か?
正直不安でしかないんだが?
不安でいっぱいな俺とは対照的に、怖いものなんてないとばかりのにずんずん進む四人。あーはいはい。どうせ俺はビビリですよー。
勝手知ったる他人の家とばかりにズンズン進む四人の後を、物陰に隠れながら進む。前の方ではそんな俺の行動を笑いものにしてる(特に要石)。
お前だけは絶対に許さんからな!?
いつかリベンジしてやる。そんな出来もしないことを胸に掲げ、俺の初めてのダンジョンアタックは始まった。