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現代社会のキツネさん
現代社会のキツネさん
季未
文芸・その他ショートショート
2024年09月25日
公開日
3,051字
連載中

現代社会に溶け込むキツネの「コンちゃん」
彼……もしくは彼女は、人間の社会に混ざろうと今日も変身して人間に化けるのだ……。

キツネのコンちゃん

東京・渋谷のスクランブル交差点。人々が忙しなく行き交う中、一匹の赤茶けたキツネが、まるで当たり前のように二本足で歩いていた。

誰も気づかない。なぜって?

みんな自分のスマートフォンに夢中だから。


キツネの名前は、コンちゃん。

彼……もしくは彼女にとって、人間社会に紛れ込むのは朝飯前。毛皮のコートを着て、尻尾をズボンに隠せば、あら不思議。立派な人間のフリができちゃうんだ。

ある日、コンちゃんは会社に向かう途中、エレベーターに乗り込んだ。狭い空間に詰め込まれた人間たちは、相変わらずスマホを見つめている。コンちゃんはため息をつき、心の中でつぶやいた。


(人間って、面白い生き物だよね。スマホから目を離せばここにキツネがいるって気づくのに)


そう思いながら、コンちゃんも負けじとスマホを取り出した。

コンちゃんはキツネの肉球で器用に画面をスクロール。そして表示されたのは「お手軽変身アプリ」の文字。さて、今日はどんな人間に化けようかな?

会社に到着したコンちゃんは、受付で普段よりも偉そうに歩いた。なにせ今日は、社長に化けているのだ。


「おはようございます、社長!」


元気な声で挨拶する社員たち。コンちゃんは威厳のある声で返す。


「うむ、よく来たな。今日もしっぽを振って頑張るのだぞ」


社員たちは首をかしげた。「しっぽ」って何だろう?でも、気にしている暇はない。みんな忙しそうに仕事を始める。

コンちゃんは社長室に入り、高級そうな椅子にどっかりと腰を下ろした。机の上には山積みの書類。人間の仕事って大変そうだな、とコンちゃんは思う。

そこへノックの音。コンコン……コンコン……。秘書が入ってきた。


「社長、本日の予定をお知らせします」


コンちゃんは、できるだけ人間らしく振る舞おうと必死だ。


「ほう、なんだ?」

「はい。午前中は役員会議、午後からは新商品のプレゼンテーションです」


コンちゃんは焦った。

役員会議?プレゼン?なんだそれは……。

どうしよう。でも、ここで引くわけにはいかない。


「よし、分かった。ところで君、耳が丸すぎやしないかい?」


秘書は驚いて自分の耳に触れた。


「え?耳が丸いのは当たり前では?」


コンちゃんは慌てて言った。


「いや、冗談だよ。君の耳は完璧さ。キツネ耳じゃないからね」


秘書は困惑した表情を浮かべながら部屋を出て行った。


(ふぅ、危なかった。人間の耳って丸いんだった。覚えておかないと)


コンちゃんは、スマホを取り出し、こっそりと「役員会議の進め方」を検索し始めた。

会議室に入ったコンちゃん。役員たちが一斉に立ち上がって挨拶する。


「おはようございます、社長!」


コンちゃんは咳払いをして、できるだけ堂々とした態度で言った。


「えー、今日の議題は……」


そう言いかけて、コンちゃんは自分の影に目をやった。よく見たら影にしっぽがついているではないか!

やはり基本無料の変身アプリは質が悪い。たぬきが作ったのかもしれない。

コンちゃんは慌てて姿勢を正す。


「今日の議題は、新しい穴掘り……じゃなかった、新しいマーケット戦略についてだ」


役員たちは首をかしげながらも、熱心にメモを取り始めた。


「我が社は、もっと獲物……じゃなかった、顧客を獲得せねばならん!」


コンちゃんの情熱的な演説に、役員たちは次第に引き込まれていく。


「そうだ!我々は夜も寝ずに働くべきだ!」


ある役員が熱く叫んだ。


「いや、それは駄目だ」


コンちゃんは即座に否定した。


「夜は……眠る時間だ。キツネと違って人間は夜眠るものだろう?」


役員たちは困惑しつつも、頷いた。

会議が終わり、コンちゃんはホッと一息ついた。が、安心したのも束の間。次は新商品のプレゼンだ。

プレゼンルームに入ると、大勢の社員が待っていた。スクリーンには「革新的な鶏肉……ではなく、革新的な商品企画」の文字。

コンちゃんは喉を鳴らして話し始めた。


「諸君、我が社の次なる一手は……」


そう言いかけたその時、突然停電が起きた。真っ暗闇の中、コンちゃんの目だけが妙に光っている。


「あれ?社長の目、光ってません?」


誰かが叫んだ。コンちゃんは焦った。


「いや、それは……」


言い訳を考えあぐねているうちに、別の社員が叫んだ。


「すごい! 最先端の生体技術を自ら実験されているんですね!」


コンちゃんは一瞬戸惑ったが、すぐさま状況を利用することにした。


「ああ、その通りだ!我が社の次なる革新は、人体発光技術だ!」


突如、会議室が歓声に包まれた。電気が復旧する中、社員たちは興奮気味にコンちゃんを取り囲んだ。


「社長!それって、夜間作業の効率を上げられますよね?」

「街灯いらずの省エネ社会の実現ですか?」

「これで終電逃しても真っ暗な道を歩く心配がなくなりますね!」


質問が飛び交う中、コンちゃんは冷や汗をかきながらも、堂々と答え始めた。


「そうだ!我が社は、人類をキツネ……じゃなかった、光る人類にするのだ!」


すると、後ろの方から声が上がった。


「でも社長、その技術って倫理的に問題ありませんか?なんていうか、その、自然じゃないというか……不自然というか」


会場が静まり返る。コンちゃんは一瞬たじろいだが、すぐに立ち直った。


「なに、倫理だと?我々は自然の摂理に従っているだけだ。ホタルを見よ!キノコを見よ!彼らだって光っているじゃないか!」


「確かに……」


と社員たちはうなずき始めた。

コンちゃんは勢いに乗って続けた。


「我々の祖先だって、夜は焚き火を囲んでキツネと一緒に暮らしていたんだ。あれも一種の発光じゃないか。我々は単に、その火を体内に取り込むだけさ!」


会場は再び熱狂の渦に包まれた。


「さすが社長!」

「これぞイノベーションですね!」

「早速、実験に志願します!」


興奮冷めやらぬ中、一人の社員が手を挙げた。


「社長、その技術のデモンストレーションをもう一度見せていただけませんか?」


コンちゃんは固まった。さっきは停電の暗闇のおかげで目が光って見えただけなのに……。


「あー、それが……バッテリーの充電が……」


その時、突然会議室のドアが開いた。なんと、本物の社長が帰ってきたのだ。


「やあ、みんな。海外出張から戻ってきたよ。……ん?私のそっくりさんがいるじゃないか」


場内が凍りつく。

コンちゃんは観念した。


「そんなぁ……もう少しだったのに……」


そう言いながら、コンちゃんはゆっくりとキツネの姿に戻り始めた。社員たちは呆気にとられて見ている。

社員の一人が驚きながら言った。


「これは……もしかして新しいホログラム技術のデモかな?」


コンちゃんは、それに便乗することにした。


「そ、そうです!これが我が社の新技術、『キツネ化ホログラム』です!」


社員たちは再び歓声を上げ始めた。


「さすが我が社!」

「これで、街中で可愛いキツネに会えるかもしれません!」

「動物園革命ですね!」


本物の社長は、状況が飲み込めないまま、ぼそっとつぶやいた。


「君たち、本物のキツネを目の前にしてそんな反応するのか……」


しかし誰も社長の言葉に耳を傾ける者はいなかった。みんな、コンちゃんを囲んで「キツネ化」を体験しようと殺到していたのだ。


その日以来、コンちゃんは「非常勤技術顧問」として会社に迎え入れられた。彼の仕事は、社員たちに「キツネの知恵」を授けること。

そして会社の新しいキャッチフレーズが決まった。


『人間?キツネ?どっちでもいい。大切なのは、キツネのような狡猾さと知恵だ!』


コンちゃんは、毎日の出勤途中に空を見上げてはため息をつく。


(こんなはずじゃなかったんだけどな……でも、まあいいか。鶏肉食べ放題だしね)





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