夏の夕暮れ。
「さらば、少年よ!サンキュー」
「ああ…。どうも…」
なんか、全体的に古い!
まあ、仕方ないか。
お歳だもんな。
僕は侍姿の…じゃなかった足軽スタイルのおじさん。
ただし、顔は白塗りに目の周りは黒メイクが施された怖い人感満載なので年齢不詳な、たぶんおじさんな方を前に苦笑いを浮かべていた。幸いなのはその足軽おじさんが感無量の様子でそのお姿をスーッと美しく、消えて行ってくれた事だ。
毎日、絡まれ続けて一年。
ようやく解放されたぜ!
イエ~ィ!
げっ!
セリフがダサい!
おじさんに感化されたか?
やばいやばい。僕こと早川アサヒは普通の中学生だぞ!
二学年在籍だが、中二病ではない。
だが、人と違う点はある。
それは…。
「君の推しは誰?」
せっかく自分の世界に浸ってたのに!
「はい?」
「だから、推しよ!」
おじさんの次は女の子!
しかも、またもやクセ強めなのに絡まれちまったよ。
「ねえ、視える人だよね?」
今日の落差、半端ない!
僕は帰宅部なんだぞ!
普通に自宅に帰してくれよ!
僕の人生は霊感なる力のせいで散々なのである。
物心ついた頃から動物やら人などの彷徨える魂と目が合うのだ。
別に品行方正な幽霊さん達は無害だからいいんだよ。
何を考えているか分からないけど、歩いてる…もとい浮遊しているだけだから!
でもさあ、時代に慣れ過ぎている方たちの対処は非常に厄介なんだよ。
さっきのおじさん、僕は足軽おじさんと呼んでいたあの方は戦国時代に呆気なく去った名もなきお方。長く世を彷徨う中でヘビメタに目覚め、自身の音楽を追い求めてきたらしい。
あくまで本人談!
しかし、誰も聞いてくれないのでこの世を彷徨う浮遊霊になったとかならなかったとか?
いやいや、なら、ヘビメタにハマる前の未練はなんだったんだよ!
戦で散った想いとかあるんじゃないのか!
現代の僕がいうのもどうかと思うけどさ!
とまあ、こんな感じでツッコミたくなったが、さすがにそこまで血も涙もない人間じゃないので黙っておく。
そんなわけで、視える僕を見つけて足軽おじさんは感極まって自身の歌を披露してくれたのである。
ただし、僕はヘビメタは聴かないので、良さはさっぱりである。
そもそも、足軽おじさんの曲ってヘビメタだったのか?
さらば、少年よとか言うものなの?
まあ、成仏してくれたんだからどうでもいいか。
今日はこれで帰れると思ったのに!
「推しよ!」
目をキラキラさせている少女。
まったく、今度は何にハマってる幽霊さんだよ?
うん?
そこで僕は気づいた。
多分女子高生の彼女には足が綺麗にある。
輪郭がしっかりある。
幽霊さん達は体の周囲が白いオーラで包まれているのに!
じゃあ、生きているお方!
「君の推しは?」
「えっ!いや…」
アサヒはしどろもどろに口を動かしながら俯いた。
基本、生身の人間と話すのは苦手なんだよ。
それも女子となんてもってのほかだ!
「君には推し幽霊さん活動会に入る資格があるのよ」
推し幽霊さん活動会ってなんだよ!
「さあ、参りましょう」
僕は名前も知らない…多分女子高生さんに拉致じゃなくて、腕を引かれていく。
こんな所をクラスメイトの奴らに見られたら、何を言われるか!
絶対、ネタにされる!
幽霊さんに遭遇するより嫌だ!
僕の叫びは音になる前に雑居ビルに中に連れ込まれていた。
ヤバい!
犯罪の匂いが…。
ガタガタと変なというか、不穏な音が鳴るエレベーターに恐怖が募っていく。
ごめんなさい。
こんな事なら足軽おじさんの歌…24時間耐久の方がマシだった。
それでも、女子高生さんの手を振り払えない僕も不甲斐ない。
ついにエレベーターがとまり、開いた先には綺麗な会議室。
年齢がバラバラな数名の人々が出迎えてくれた。
「あら、マヒルちゃんその子は?」
60代ぐらいの上品な女性が女子高生さんに話しかけてくる。
「新しく見つけた同志です。私よりも年下の子は初めてだから嬉しくって…」
「すっかりお姉さんね」
笑い合う女性と女子高生さんを交互に見ながら、アサヒはここに連れ込んだ彼女がマヒルという名前なのを心に刻み込んでいた。
ふ~ん。
ブラウンの髪と瞳の彼女は美人の分類に入る。
おい!僕は一体、何を考えているんだ!
そんな場合じゃない!
「じゃあ、座って。もうすぐ会が始まるから」
「あの、何が?」
「見ていれば分かるわ」
大学生ぐらいの男の人がマイクを持って、お辞儀をする。
「では、推し幽霊さん活動会の開催を宣言します」
だから、推し幽霊さん活動会ってなんだよ!
何も分かっていない様子の僕に隣のマヒルさんはニッコリと微笑んでいる。
「ワクワクするわ」
ワクワク?
詳しく聞こうとする前に、40代ぐらいの男性が立ち上がる。
会議室中央に設置されたスクリーンに映し出したのは平安貴族風の女性が空を浮遊する写真である。
透けている所を見ると幽霊さんだろう。それは分かった。
「私の推し幽霊さんである…とある貴族さんの日常を記録したものです」
推し幽霊さん?
なんだそれは?
話についていけずにポカンと口が自然と開いていく。
「今日も愛しの若君を探して情念たっぷりに昼下がりの空を散歩しているレアショットに感動しました」
うっとりとした様子で語る男性に拍手喝采が送られる。
大丈夫か?
それってストーカーじゃ…。
「言っておきますが、とある貴族さんには写真を撮る許可は頂いております」
許可制なのか…。
次に挙手した20代の女性は傷心しきったような悲痛な面持ちでマイクを握る。
「私の推し幽霊さんである名前も分からないネアンデルタール人さんは昨日、無事成仏しました。ずっと推していただけにショックでなりませんが、この世に未練を残さずにあの世に行けたのならファンとして嬉しい限りです。でもショック…」
ネアンデルタール人さんの幽霊さんは遭遇経験ないぞ!
彷徨いすぎじゃねえ?
むしろ、なんで成仏できたんだ?
普通に気になる!
僕の音にならない感想をよそに、涙をポロポロと流す女性に会場中から慰めの声がかかった。
そのほとんどが、「大丈夫よ。次の推しが見つかるわ」といった言葉だった。
アサヒはこの会について、なんとなく理解し始めた。
「分かった?ここは霊感が強い方たちが自分の推し幽霊さんを発表する場なの」
「なぜ、そんな事を?」
「私達は幽霊さん達が視える。だけど視えない人には理解されないばかりか、幽霊さん達にまとわりつかれる率が高いでしょう?」
マヒルさんの言葉は僕もよく分かる。
小学生の頃は追い回されたりしたことあったな…。
遠い記憶と呼ぶには浅い思い出が呼び起こされた。
一瞬で消えたが…。
「そんな時に思ったの。視えるのはどうしようもない。逆に幽霊さん達を好きになれば人生も楽しくなるってね」
飛躍しすぎじゃね?
「そうして生まれたのがこの会よ。皆、日々を彩る推し幽霊さん達が成仏する日を楽しみに観察しているの」
「はあ…」
まっとうな事、言ってる風だけどやっぱりおかしな会だ。
いや、集会か?
どっちでも同じか…。
そんな僕の考えなどよそに推し幽霊さん自慢は続いていく。
「で、君の推しは?」
「僕は…」
マヒルさんの問いかけに普通に応じようとしている時点で呑まれている!
でも…。
そこで思い浮かんだのは足軽おじさんだった。
「僕の推しはヘビメタ好き足軽おじさん…」
「素敵!」
「成仏しちゃいましたけど…」
「なら、次の推しを探せばいいのよ」
「じゃあ、そうします?って、あの…」
「何?」
「マヒルさん?で良いんですよね」
「あっ!まだ、名乗ってなかったわね。私は速先マヒル。中学二年生よ。よろしく…」
名前、激似!
じゃなくて、同学年かよ!
とにかく、新しい日常が始まる予感がした。
秋の夕暮れ
僕は帰宅部。ただし、放課後は推し幽霊さん活動会に参加している。
「よう!少年よ。また来たぜ!」
ぎゃあああっ!
悪魔感満載な侍!
じゃなくて、足軽おじさんかよ!
おっと?
成仏してなかったんかい!