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第1話


 これは『すこし不思議な物語』だ。



 日ノ本のとある場所にある地方都市、根井ねい市。



 その山奥には、町民の流失、減少に歯止めがきかない夜依よい町がある。



 先日、他の市町村を真似て、統合により廃校となった小学校の校舎を利用して、地方再生プロジェクトなるものを企画したが、見事にコケた。敗因はロケーションとアクセスの悪さ。



 さらには、大人気温泉郷リゾートを持つ隣町が、町役場の旧庁舎を利用して、期間限定のワークショップを企画し、参加者全員に特典満載の日帰り温泉パスポートが贈呈されるとあり、話題性といい、企画力といい、すべて持っていかれた。



 旧夜依町小学校の校舎は、閑古鳥も鳴かないほどの有様で、地方再生プロジェクトは、ひっそりと短い幕をおろした。



 その夜、今回の企画をした夜依町役場の商工課の職員たちは、町に1軒しかない飲み屋に集まり、恨み辛み、妬みそねみにまみれた酒席を設けた。



「ちくしょう……湯乃川ゆのかわ町め。なにが日ノ本百名川だ。欲張って滝百選にまで選ばれやがって」



「くっそう……源泉があるからって、これみよがしにアピールしやがって。なにが『行ってみたい温泉地ランキング殿堂入り』だ。いちいち、垂れ幕を吊るすんじゃねえ」



「湯乃川沿いをライトアップなんかして、なにが春は桜、夏は蛍、秋は紅葉、冬は雪景色──だ。枕草子か、バカヤロウ」



 酔いに酔い、くだを巻きに巻いた。



 その夜依町には、創業800年という歴史だけはある老舗仏具店がある。



 屋号を『神木かみき仏具店』といい、現在の店主は、二年前に両親から寝耳に水で、強引に店を継がされた娘の神木摩耶、24歳である。



 そして、『すこし不思議な物語』はここから。



 創業800年の歴史ある仏具店は、先祖代々、『現世うつしよ通行料』なるもので生計を立てている。



 これは、与太話でもなく、法螺ほら話もない。まことの話。



 安くはない通行料を毎回支払ってやってくるのは、現世うつしよ幽世かくりよの境界線にある行政機関。霊界の閻魔様を首長にすえる『閻魔庁』の下部組織で、幽世の入口にある『黄泉比良坂所よもつひらさかしょ』の職員たち。



 彼ら、彼女ら、モノノケらは、神木仏具店の裏手にある倉庫に300年前から鎮座している高さ6メートル、横幅4メートルの超大型仏壇を通って現世にやってくる。



 チャリーン♪



 通行料が貯まっていく音がして、仏壇の内側から催促するように扉が叩かれる。



「開けてくださ~い」



 チャリーン♪



「いつも、すみませ~ん」



 チャリーン♪



「お邪魔しま~す」



 チャリーン♪



「とうりゃんせ、とうりゃんせ 行きはよいよい 帰りはこわい」



 こんな感じで、客足はさっぱりな仏具店は、人ならざる者たちが頻繁に行き来する『黄泉比良坂所』専用の現世の入口である。



 そのような怪しい組織にあって、もっとも現世人うつしよびと遣いの荒い職員がいる。



 マヤを【今生こんじょうつなぎ人】と呼び、



「ちょっと付き合え」



 毎度、御役所仕事に同行させる黄泉比良坂所・霊魂管理部調査課に配属されている鬼課長。名を『アスラ』という。種族は鬼。



 その正体は、神格を持つ上位階級の鬼神・阿修羅で、



「俺と一緒にいたい──って云う女は腐るほどいるぞ」



 自意識過剰な鬼である。



 現世人遣いの荒い鬼に同行させられた御仕事はいくつもあるが、記憶に新しいのは、つい最近のこと。



 あの夜は、ドシャ降りだった。



 臨終課の不手際により、現世を彷徨いつづける老女の霊魂を捜索するため、山を越えて、県をまたいでの大移動をさせられ、現地では醜い遺産争いをみせられ、挙句の果てには、怨霊化した老女の成仏を手伝わされた。



 その上、帰りの車内では『鬼の戯言』をきかされ、精神的にも肉体的にも疲弊した夜から2週間後。アスラはまた、仏壇から現れた。



「おい、開けてくれ。急用だ。早くしてくれ」



 今夜もまた顔をだすなり黒スーツの鬼は、馬鹿のひとつおぼえのように云った。



「行くぞ」



「行かない」



 いつもの押し問答のあとで、理由を訊けば、今度は霊界の長であり、アスラの上司である閻魔様が、現世のお祭りでやらかしたという。



「その……祭ってこともあってか、だいぶ酒が入っていたらしくてな。ちょっと、大黒天の打ち出の小槌を借りたらしい。それで──」かくかくしかじか。




「落としたって、まさか打ち出の小槌を失くしたの?」



「そういうことだな」



「その探し物に、わたしが付き合う必要はないよね」



 ──だったはずなのに。



 その夜、マヤはアスラとともに、隣町にある温泉郷にいた。



 そう、商工課の職員たちにくだを巻きに巻かれ、ワークショップを大成功衣させている隣町である。



 古き良き湯治場の景観を損なわない配慮からか。それとも税金の収益が潤沢だからなのか。もしくはその両方か。



 夜依町のザ・公共事業の箱もの庁舎、という感じはなく、和風モダンで洗練された現代建築の庁舎には、『行ってみたい温泉地ランキング殿堂入り・湯乃川温泉郷』という立派な垂れ幕が吊るされていた。



 今夜、助手席のアスラは、めずらしく真剣な表情だった。



拾遺物しゅういぶつ課の話では、この温泉郷近くで小槌の反応があったらしい。このあたりに、築数百年越えの建物はあるか? おそらくそこに棲み憑いている霊か妖が拾って、隠しているようだ」



 このあたりは、古くは宿場町として栄え、江戸へ上がる参勤交代の大名行列の定宿も多かったため、温泉旅館は軒並み創業数百年といったところ。



 しかし、アスラの御仕事に付き合わされること二年あまり。憑き物たちが好む場所が、マヤにはなんとなくわかる。



 加えて大学時代、ミステリー同好会とホラー映画研究会に所属していたので、数多のミステリー作品やホラー映画名作を語り合うなかで、



「そういえば、あの作品。実際の事件現場で撮影されたらしくて……」



「その場所なら知っている。撮影中もいろんな心霊現象が多発して……」



 日ノ本にある有名どころの心霊スポットは、自然と耳に入ってくる環境にいたので、いわゆる幽霊屋敷から心霊現象が多発する廃墟やトンネル。いわく付きの洋館などなど。オカルト系の知識は豊富だった。



 今宵、マヤの心霊スポットデータがはじき出した場所は──



 たぶん、あそこだわ。






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