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第12話



 これは『すこし不思議な物語』だと、マヤは思うことにしている。



「うちの仏壇は、黄泉比良坂と通じているんですよ」



 神木家以外のだれに話して聞かせたところで、そんな不可思議な話しを信じる者はいない。



 それならと、もっと詳細に伝えようとして、



「信じられないかもしれませんが、うちの仏壇からは本当に鬼や天狗、ときどき狐や猫もやってくるんです。そうです、そうです……鬼に天狗です。一応、御役所勤めの職員なんですがね」



 そこまで話してしまうのは、けっこうな冒険だ。



 田舎なので、狐や猫についてはギリギリセーフかもしれない。その正体はお狐様と化猫だけれども。



 しかし、鬼と天狗はダメだ。頭がおかしいと疑われてしまう。



 狭い田舎は、噂が広まるのもあっという間。



「あそこの仏具店の店主、どうやら憑かれたな。徳の高いお坊さんに来てもらった方がいいんじゃないか。阿闍梨あじゃり様とか?」



「こんな田舎にいるかねえ。いるなら都会か、もっと山奥の寺だ。それよりも、本格的におかしくなるまえに、御祓いにでも連れていってもらった方がいいだろう。まだ若いのになあ。かわいそうに。憑き物つきの花嫁なんて、もらい手がないだろうねえ」



 そんなことを云われかねない。



 つまり、婚活に支障がでるようなリスクは冒せないということだ。



 と、いうわけで──



 今日も『神木仏具店』は、表向きはいつ閉店してもおかしくない経営状態で、平常どおり営業中。年季のはいった毛ばたきで、商品の香炉や鳴物にたまった埃をはらっていく。



 パタパタやりながら、ふと思い出したのは、あの老女のことだ。怨霊化した老女の魂を強制成仏させた夜から1週間後。



 用もないのにフラりと現れたアスラは、「腹が減った」と神木家の茶の間に居座り、ご飯と味噌汁、焼き魚と煮物の夕餉ゆうげを食べながら、いろいろ教えてくれた。



「あのとき、婆さんを怨霊化させた痩せた女がいただろ。屋敷を燃やしてしまえって云い放って。あれ、婆さんの父親が他所でつくった妾腹だった」



 幽世ともなれば、守秘義務などはないらしい。



「どうやら、婆さんの旦那に惚れこんでたみたいだ。死んだ旦那も、実際に手を出していたみたいで、よくある痴情のもつれってやつだな。まったく、半分とはいえ、血のつながった姉妹に手をだすとは、節操のねえ婿入り男だ」



 まさか鬼にそしられるとは、故人も思わなかっただろうな。



  埃を払い終わった毛ばたきを、いつものように表にでてパタパタとやっていると、ひんやりとした秋風が吹き抜けていく。ここ最近、ぐっと秋めいてきた。



 裏山には栗の木がある。空は秋晴れ。天気もいいし、栗拾いにでも行こうかな。もうすぐ十五夜だし──と、店先にあるカレンダーを見たマヤは、あっと気づく。



「そういえば、あれからちょうど2週間なんじゃ……」



 怨霊化した老女の霊が浄化日数を終え、今日あたりに黄泉比良坂を通るはずだ。



 茶筒の中にあった写真はどうなっただろうか。



『婆さんが現世で魂を浄化させて、黄泉比良坂よもつひらさかを渡ってきたら、黄泉に送り出す前に見せてやろうと思う』



 そんなことをアスラは云っていたけれど……



「無事に、黄泉比良坂よもつひらさかを通って、写真も見られたかな?」



 そんなことが頭をよぎった昼下がり。みるみると空が暗転していくではないか。ポツリ、ポツリ、小雨が降りだした。栗拾いは中止だ。



 秋の空は移ろいやすいというけれど、急変すぎやしないか。仏具店の軒先に避難して、怪訝な顔で空を見上げたマヤは、ふと気配を感じた。



 ──あ、今日もやってきそう。それも、すぐにやってきそうだ。



 雨も降ってきたし、ということで、今日も早々に店じまいした。



 店舗側のシャッターをおろして、裏の作業場兼倉庫に向かう。かんぬきを抜いて中に入れば、正面に鎮座する巨大な仏壇からは、すでに紫煙が立ち昇っていた。



 内側からは、ドンドンと叩く音がする。



「おい、開けてくれ。急用だ」



 急用じゃないときはないのか。



「早くしてくれ」



 いつものようにかす鬼に、「やれやれ」とマヤは観音扉の取手を引いた。相変わらず馬鹿みたいに重たい扉だった。



 ズズズッ、ズズッと鈍い音をたて、わずかにひらいた隙間から鬼の手が伸びてくる。



 仏壇から飛び出してきたスーツ姿の鬼は、今日も当たり前にように「行くぞ」と云ってきた。



「どこに? この間のお婆さんの霊が、また行方不明にでもなったの?」



「いいや。あの婆さんは今朝、黄泉比良坂をとおって無事に庁舎に到着した。写真を見せてやったら、また泣いていた」



「一件落着だね。ギリギリ閻魔様の審判にも間に合ったし、よかった。よかった」



「よくねえ。いまは、それどころじゃねえ」



 めずらしくアスラの顔が引き攣っている。どうやら、本当に良くないことが起きているようだ。



「今度はなに? どこの部署の不手際なの?」



「閻魔庁。正しくは閻魔のおっさんだ。怨霊化した婆さんの一件があって、臨終課の奴らに喝をいれにきたまでは良かったんだが、そのついでに現世の祭りに来ていた大黒天に会いにいって……」



 ん? 七福神の大黒様?



「会いにいって、それでどうしたの?」



「その……祭ってこともあってか、だいぶ酒が入っていたらしくてな。ちょっと、大黒天の打ち出の小槌を借りたらしい」



 小槌あれって、貸し借りできるものなんだ。



「それで?」



「それを持って、現世の祭を楽しんでいた閻魔おっさんが、だいぶ酔っぱらって、うっかりどっかに落してきたらしくてな。大黒天にバレる前に必死に探したらしいが、一向に見つからないらしい」



「落としたって、まさか打ち出の小槌を失くしたの?」



「そういうことだな」



「…………」



 呆れてものが云えない。



 おそらくアスラは、閻魔様に頼まれて、現世にを探しにきたのだろう。



 怨霊化した霊魂のつぎは、打ち出の小槌って……



 ただ、これだけはたしかだ。



「その探し物に、わたしが付き合う必要はないよね」






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