室内灯が、激しく点滅しだして——すぐだった。
仕切りのない大広間に吊るされた古い照明器具が、次々と煙をあげてショートし、電球が弾け飛ぶ。
電気がショートする音を聞き、同時に響いた破裂音に飛び上がった5人の頭上には、粉々になったガラスの破片が降りそそいだ
全員が頭を抱えて畳に蹲ったが、何が起きたのかと様子を覗った背広の男が天井を見上げた瞬間、「ヒィィィッ!!」金切り声をあげて失神した。
男の悲鳴につられるように天井を見上げた残りの4人も、その存在に気づくなり恐怖に支配され、全身を激しく震わせている。半分生霊だとアスラに云われた女でさえ、恐怖に
すべての照明が弾き飛んだ室内には、廊下からわずかに漏れでる通路灯が一筋の白光となって、畳の上に散らばったガラス片を反射させた。
うっすらとした
さきほどから、もうずっと赤く血走った眼をギラギラさせて、真下にいる親族たちを睨みつけていたが、それまでは恐ろし気な顔だけが浮き上がらせていたのに——
「全部燃やして、壊してやるのさ」
痩せた女の言葉を引き金にして激しく怒り狂い、天井から這い出すように上半身が実体化した。
怒りが屋敷全体を震わせ、憎悪は怨念となり、灰色のボサボサな髪を振り乱す老女の背中からは、墨のような影が流れだし、それはまるで蜘蛛の巣を描くように天井に広がっていく。
骨と皮。枯れ木のような老女の腕もまた、異様に伸びていく。鞭のようにしなる腕が、「燃やす」と口走った女だけではなく、となりにいる若い男にも襲いかかった。
悲鳴をあげる男の前髪まで、あと数十センチと鋭い爪が迫ったところで————シャラン————霊具が鳴った。
神楽に響く
シャランと鳴ったのは、アスラが利き手に巻いた
斬り落とされた老女の左腕が、畳の上に転がった。音はなく、まるで羽でも落ちたかのように存在感なく落ちて、すぐに消えた。
血もなく骨もなく、落ちてすぐに消えてしまうような腕だから、痛みも感じないのか、片腕を斬り落とされてもなお、怯むことなく老女は奇声をあげ、ふたたび、もう片方の腕が痩せた女に襲いかかった。
一太刀目の勢いのまま、踏み込んだアスラがもう一閃させようと腕を振り抜きかけたとき、老女の腕が軌道を変えた。
ああ、やっぱりこの人、頭がいいわ。
こんなときだというのに、老女の機転の良さにマヤは感心した。
標的にしていた痩せた女から、鞭のように
その間に、天井いっぱい広げられた蜘蛛の巣のような影が、一斉に鋭利な矢となり、黒い
「そっちかよっ!」
よくわからない悪態をついたアスラが、左掌を前にして鬼道を唱える。
マヤは落ち着いていた。なんだかんだといって、この男の強さを信頼しているのだ。
案の定、老女の首に青く光る縄がかかり、這いつくばった男女の身体の数十センチ上で、大量の矢が動きを止めていた。
「……ったく。アブねぇな、何が悪霊化だ。臨終課のやつ、相変わらず適当なこといいやがって。もうとっくに怨霊レベルじゃねえか。ああ、クソッ!」
アスラの額には、めずらしく汗が光っている。
老女の首に巻き付けた青い光の縄を、ギリギリと左手で引っ張るアスラは、
「呪力が強すぎる。ほんとうっに、面倒くせえな」
法剣の柄を口で加えた。
右手首に巻き付けていた呪数珠を器用に解いてから、一連にして右手の親指にブラリと提げ直すと真言を唱え、数珠を振って手刀で『印』を結びはじめる。
黒い数珠が月光のような光を纏い、霊呪となって青い光の縄に添うようにして老女の首に巻きつき、やがて天井全体を霊光が覆いつくした。そこではじめて、光につつまれた老女が呻き声をあげて悶え苦しみだす。
そこまではいい。ようやく、怨霊になってしまった老女の呪力を制御できたのだから。ただ、その霊光を導く役割をした最初の青く光る縄をアスラが、
「ちょっと、持ってて」
こともあろうにマヤへと渡してきたのは、どうかと思う。
「えっ、嘘でしょ!」
「悪いが、俺の腕は二本しかねえ。一時的に婆さんの呪力を遮断したから、その間に、この矢をなんとかする。それまで、これを持っといてくれ」
半ば強引に、マヤの手に握らされた光の縄。その先には当然、一時停止状態になった血走った目をする怨霊がいる。
ちょっと持っとけ……って、凧揚げじゃないんだから。