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第5話



 楽々と侵入できた廃屋のような屋敷には、奇跡的に電気が通っていた。



 ほとんどの電灯は切れているものの、ポツリ、ポツリと弱々しい白色灯が足元を照らしてくれるだけでも、マヤにはありがたかったが、それにしても室内の荒れ方は、想像していた以上だった。



 破れた障子紙、外れた網戸、腐りかけた床板に散乱する衣類や紙類。



 アスラの調査資料によると、この廃屋の家主で故人となった資産家の老女は、ひどく偏屈な性格で、数十年前に離婚したあとは、この広い屋敷で、ほぼ独りきりの暮らしをしていたという。



 享年90歳を過ぎた老女に、屋敷の管理ができたとは思えないが、行政に相談するなり、お金があるのだから人を雇うなりして、もう少し健全な暮らしは出来なかったものかと思う。



 腐った床を避けて、アスラを先頭に長い廊下を進むことしばし、ひときわ荒れた惨状の一帯が目に入ってきた。



 薄暗い廊下に面した居室の襖はすべて開け放たれ、家具や戸棚の抽斗ひきだしも引っ張りだされ、中身は床に散乱していた。



 さすがにこれは酷い。



「泥棒にでも入られたのかな」



 廃墟とはいえ、大きな御屋敷だし、空き巣に狙われても不思議はない。しかしそれは、前をいくアスラに否定された。



「いや、ちがうな。身内の仕業」



「身内? やだな。金目まねめの遺産狙い?」



「それだ。それから……あとはババァだな。霊体になってまで必死に何かを探してやがる」



 一気に背筋がゾクリとした。



「霊体って、幽霊のこと?」



「まあ、そうとも云うな。どんな姿形かは、霊体しだいだけどな」



 つまり、オーソドックスな幽霊とは限らないということか。幽霊というだけで怖いのに、さらにグロそうな見た目を想像して、鳥肌がたつ。



 それにしても、成仏できないでいる霊の『探し物』って、いったいなんだろう。どうせ、あの世には持っていけないのだから、あきらめても良さそうなものなのに。それほどまでに、未練あるものとは。

 あれこれ想像しながら長い廊下を曲がったところで、アスラが立ち止まった。



「──いやがった」



 ここまでくると恐怖よりも好奇心が勝ったマヤは、大きな背中のうしろから顔を覗かせ、ああ、見るんじゃなかった。すぐに後悔した。



 大広間と思わる一室で、畳の上に集められているのは大量の掛け軸や壺、反物や小物類に、束になった書類などなど。



 雑多な品を山にして、いわゆる金目の物をあさる男女5人がいた。その浅ましい姿は、人間の醜さを凝縮しているようであり、とことん人間らしくもあって、顔を背けるというよりは、マヤは天井を仰いだ。



「無いな。どこに隠しやがった……あの婆さん。オマエ、妹だろ、何も聞いてないのか」



「知らないよ。あんなクソ女のことなんか。ようやく死んでくれて、せいせいしたっていうのに、面倒なことを遺書に残していくなんて、ああ、腹立つ! ふつうに死ねないのかねっ!」



 口の達者な老いた女が喚くとなりで、5人の中では一番若く見える男が、雑多な山から適当そうに選んだ巻物をひろげて、口笛を吹いた。



「この掛け軸は、なかなか、いいな。幽霊画っていうのが不気味だけど、ネットオークションで売れそう。俺、貰っていい?」



「好きにしろ。俺たちは貸金庫の鍵さえ見つかればそれでいい」



 幽霊画に厭そうな目を向けた男は、仕事帰りなのか、唯一背広姿でパラパラと紙の束をめくっていた。



「銀行関連の書付には、貸金庫の契約なんてないぞ。弁護士が云うのは確かなのか」



 最初に口を開いた中年太りの男が、忌々しそうに応えた。



「まちがいない。30年ほど前に契約した書類の写しを見せてきた。どこの銀行かは、教えられねえってさ」



「まったく、面倒な。それで、そこに隠し預金と駅裏の土地の権利書があるというのも、確かか?」



「ああ、遺書には、金庫の鍵を探して、金庫内にある手紙を読めとさ。なんでも、生前の婆さんが死後、親族に託したことが綴ってあるらしい。それを果たした者に、預金と権利書を譲るとさ」



「つまり、遺書の遺書ってことか。なんだ、それは……馬鹿にしやがって。しかも、その金庫の鍵が行方不明じゃ、話しにならない。棺と一緒に燃やしてないだろうな」



「それはない。要らない物は色々棺にぶち込んだけど、万が一紛れていても鍵なら灰の中に残っているはずだ」



 背広男と中年太りとの会話に、老いた女が溜息を吐いた。



「ああ、こんなことなら、生きてる間に自白剤でも使って聞き出しておけばよかった」



 とても聞いていられない。マヤの眉間にシワが寄った。ここまで云われる故人も故人だが、身内も身内としか云いようがない。



 ふたたび天井に視線を送ったマヤは、大きな溜息を吐いた。



 さっきは、アレを見て、よく悲鳴をあげなかったと、自分を誉めてやりたい。



 どんな姿形かは、霊体しだい──と、アスラは云っていたが、なかなかどうして、ショッキングな造形だった。



 しかしながら、こうして身内らしい男女の話を聞いていると、彼らの顔もまた、善人とはほど遠い顔をしていると、マヤは思った。



 憎々し気な言葉を吐く男女の表情は、正直云って、天井から見下ろしている故人の、悪霊化した恐ろしい形相と大差ないんじゃないだろうか。






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