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第4話



 夜10時。



 荒天のせいもあって、4時間ほどかかって目的地に到着したマヤとアスラは、高台にある砂利の空地に車を停めた。天気は回復し、空には月が浮かんでいる。



 車を降りて見えた景色は、高台の下に広がるネオンや幹線道路を走る連なった車のヘッドライト。密集した住宅地の灯りも見える。



 過疎化まっしぐらの夜依町とは比べものにならない経済的な営みを感じた。それなのに……と思う。



 車を停めた周辺には、外灯が一本立つだけで、あとは暗闇が広がっている。ここだけ、夜依町なのだ。



 高台とはいえ、眼下に見える街のネオンはそう遠くない。決して不便な立地ではなく、どちらかというと市街が見下ろせる高級住宅街にありがちな環境なのだが、到底そうは思えない。



 荒れている。側道の竹林は伸び放題で一部は道路を塞ぐような倒れ方をしていた。ヘッドライトに照らされた高台の上り坂は、亀裂だらけで、ガードレールのほとんどが朽ちた状態で放置されっぱなし。ゴーストタウンを思わせるような雰囲気があった。



「こっちだな」



 アスラは薄暗い夜道を迷いなく歩き、歩道とも呼べないような、竹林の小路の手前で止まった。竹藪に囲まれた細いみちの先は、真っ暗闇が広がっている。



 霊感がないマヤでも、奥から漂ってくる陰鬱な空気を、ひしひしと感じとっていた。いる。この奥に絶対何かいる。寒気がする。



「わたし、行かないとダメ? 車で待っていたいんだけど」



「ダメだな。何かあったとき、俺のそばにいないと護れない」



 だったら、そういう場所に、一般人を連れてくるなよ。そっちの仕事に巻き込むなよ。



 そう声を大にして云いたいマヤだった。



 しかし、云い争ったところで、どうにもならないことは、これまで経験則からわかっている。そもそも、鬼と人。人種どころか、種族が違うのだから仕方がない。



 互いの考えを述べ、話し合って、擦り合わせるには、おそらく悠久のときを有するだろう。人間のマヤに、そこまでの寿命はない。人外を相手にするなら、人間が折れる方がいいに決まっている。



「ついて行けばいいんでしょ。ああ、やだなあ、こわいなあ」



 何が化けて出てくるか。恨めしや~か。それとも呪ってやる~か。あるいは憑いてやる~か。



 魑魅魍魎の巣をまえにして、何系が来てもいいようにと、マヤは祈りを捧げる。



「神様、仏様、お釈迦様。天にまします我らの父よ。南無阿弥陀仏……南無妙法蓮華経……アーメン……祓い給い、清め給え……なんまいだあぁぁぁ南無三! 悪霊退散!」



 となりでアスラが笑った。



「おい、それはあんまりだろ。いろいろ、取っ散らかってるぞ。一応は仏壇屋だろ? 信心深さのカケラもねえな」



「悪鬼に云われたくない。何系が潜んでいるかわからないんだから」



「どう考えても、純和風系の霊魂だろ」



 ここが日ノ本だからって、そうとは限らない。



「アスラ、決めつけはよくないわ。悪霊といっても古今東西、いろんなヤツがいるのよ」



 学生時代、ミステリー同好会とホラー映画研究会に所属していたマヤは息まいた。



「この先に、禍々しい洋館があったらどうするの? エクソシストが必要かもしれないわ。ああ、念のため、店で一番高い数珠は持ってきたけど、十字架とかロザリオは持ってないからなあ。大丈夫かな」



「そんなものは、必要ねえ」



「だから、決めつけは良くないって。ところで、西洋風悪魔系ゴシック霊魂でも大丈夫? 祓える?」



 クスリとアスラが笑った。



「さあな」



 アスラにつづいて小路を進むこと3分少々。



 竹藪に差し込んでくる月明かりのもと、暗闇のなかに浮き上がってきたのは──



「すごく大きな御家おうちだけど……」



 不気味な純和風の御屋敷だった。



 洋館ではなかったため、アスラの云うとおりエクソシストの出番はないようだ。ただし、どちらにしても怖いものは、怖い。



 なぜなら目の前にある御屋敷は──これって、廃屋系幽霊屋敷のテンプレじゃん。



 数年後には、確実に心霊スポットになることまちがいなしの物件。



 まったく手入れがされていなのか、落ちた瓦が砕けてところどころに瓦礫ができているし、一部の石壁は崩れている。



 その荒れ果てた惨状に顔を顰めたマヤだが、となりに立つアスラはたいして興味がないようで、スンと鼻を鳴らすと「いるな」とだけつぶやき、左の掌を上向きにした。



 青白い光が溢れ出した手掌。そこから浮き上がってきた柄を右手で握り込んだアスラは、一気に引き抜く。



 いつ見ても、不思議な光景だ。身体から刀剣で出てくるなんて。アスラの武器は、この青白い光を放つ『法剣』だ。



 生身の人間はもちろんのこと、霊体、怨霊、あやかしなどなど、魑魅魍魎を一刀両断できる幽世の秘宝中の秘宝らしい。



 法剣を手にした右手首に、黒光りする数珠を巻き付けて準備は完了。



「人の気配は……4、いや5か。まぁ、大丈夫だろうが、念ため掛けておく」



 アスラの指がパチンと鳴ると同時に、マヤの左手首に梵字が連なる複雑な紋様が刻まれた。これでアスラの加護がマヤに付与され、ふたりの姿は現世人には認識されなくなる。



 だれにも見咎められることなく容易に侵入できる便利な鬼術だ。





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