1日の売上が【¥0-】なんて日もめずらしくない仏具店は、お盆、お彼岸シーズンをのぞけば、ほぼ毎日ヒマである。
線香や蝋燭、金属磨き剤などを陳列しているショーケースを毛ばたきでひと撫でしたマヤは、ついた埃を落とすため店先に出ると、空気中でパタパタやりながら、うろこ雲が浮かぶ秋の空を見上げた。
「早めに
天気予報によると、午後から天候が崩れるらしく、すでに雲行きは怪しい。しかし、お天気程度の些細なことでは、一切左右されないのが神木仏具店である。
晴れても、雨でも、台風でも、客足はさして変わらない。本日の来客数も今のところ【ゼロ】である。
それよりも、なんだか怪しい雲行きを見上げながら、マヤはいつもの予感がしていた。言葉にするのは難しいが、アレがくる気配をヒシヒシと感じる。
「今日もかな」
毛ばたきをパタパタさせながら、お隣というには距離のある左右の店を見てみれば、左隣りの薬屋は早々に閉店していた。同じく10メートル以上離れている右隣の商店も、シャッターを降ろしているところだった。
こうなると左右に習えで、神木仏具店も昨日同様、いつも以上に早く店じまいをはじめる。
天気も悪くなりそうだし、アレも来そうだし、ちょうどいい。
午後3時すぎ。店舗のシャッターを降ろして台所に立ち、簡単な夕食を作り置きする。
畳に置いたソファーの上でゴロゴロしていると、やはり遠くからゴロゴロ鳴りはじめ、一時すると雨が降り出した。柱に掛かった振り子時計は、午後5時になろうとしている。
アレが近づいてくる気配をさらに強く感じたマヤは、店舗兼住居の裏手にある、今は物置きと化している昔の作業場へと移動した。
先祖代々、この地に住む神木家の敷地は広い。
店舗兼住居の母屋があって、裏手には納屋があり、昔、住み込みで働いていた仏具職人たちの平長屋もある。そして長屋のとなりにあるのが、だだっ広い作業場兼倉庫だ。
作業場の入口にある
どうしてこんなものが作業場にあるのかというと、先代の父の話では、なんでも300年ほど前に、この地を治めていた御殿様から依頼を受け、巨大仏壇の完成後「さぁ、納入しよう」となったところで、「やっぱり大きすぎるからいらない」と、まさかのキャンセルとなったらしい。
それ以来、買い手どころか、貰い手すらなく、神木家の作業場兼倉庫に放置されたまま300年の巨大仏壇なのだが──
「ああ、やっぱり」
倉庫の重たい扉を開けたマヤは、仏壇から紫煙が立ち昇っているのを見て、自分の予感が的中していたことを知る。
仏具店の客足はどんどん遠のいているのに、ここ最近、幽世からの訪問者は引っ切り無しだ。
チャリーン♪
どこからか通行料が貯まっていく音がして、仏壇の内側から催促するように扉が叩かれる。
「おい、開けてくれ。急用だ」
「はい、はい。わかりました」
仕方なくマヤは、重厚な観音扉の取っ手を引く。ズズッ……ズズズッ……
「くぅぅっ……相変わらずバカみたいな重さ。油差してやろうかな──あっ、指だ。あとはよろしく~」
わずかにあいた隙間から大きな手が差し込まれ、重たい扉が押し開かれていく。
ここまできたら、あとは男に任せればいい。
そうして、いつものように仏壇から現れた男は、片手をあげて「よう」と挨拶もそこそこに、
「行くぞ」
さも当たり前のように、マヤを連れ出した。
夕方になり、予報どおり天候は悪化。
バケツの水をひっくり返したような豪雨のなか。車のステアリングを握るマヤは、ほとほとうんざりしていた。
1時間前──巨大仏壇から顔を出した男は、名をアスラという。人間と変わりない姿形をしているが、異形の者だ。
もっと云えば、あの世──
鬼が勤める御役所とは何か。
業務内容は多岐にわたるが、とくに重要なのが、霊体と霊魂の登録・管理および、幽世への逝先案内。
勤続900年の中堅職員アスラは、霊魂管理部調査課・鬼課長の肩書を持ち、現世で臨終後、まれに行方不明となる霊体の捜索や、当てもなく彷徨う不浄な霊魂、霊体を強制成仏させる御役目を担っている。
そのため、ちょくちょく「調査だ」「捜索だ」と、御役所のある幽世から現世へとやってくるのだが、その際に職員専用の〖通行門〗とやらをくぐり抜けるそうで……そこから、マヤは解せない。
〖通行門〗の幽世側の入口が、乗り合いバスの扉というのも不思議だけど、なぜその出口が、およそ300年前に痛恨のキャンセルとなった神木仏具店の〖巨大仏壇〗なのか。それ以前はどうしていたのか。マヤの疑問は尽きない。
先代の父は暢気なもので、「いやあ、俺が生まれたときから、そうだったからなあ」というだけで、疑問にすら思ったことがないという鈍感ぶり。
2年前、仏具店を引き継いだあと、納屋に残る家系図や古い書付なんかを色々調べてみたが、やはりわからない。
アスラに訊いても、
「知らねえな。俺が調査課に異動してきた200年前にはもう、仏壇から出入りしていたぞ」
鈍感な父と似たような答えしか返ってこなかった。