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鬼の戯言 午前零時
鬼の戯言 午前零時
藤原ライカ
ホラー怪談
2024年09月25日
公開日
3.4万字
連載中
「オマエだけ」鬼の戯言に付き合う午前零時。
一途な鬼の口説き方。「後悔なんて、死んでからすればいい」
午前零時に鬼が嗤えば危機迫る。
幽世と現世の境界は、黄泉比良坂にあり。
閻魔庁の支配下組織『黄泉比良坂所』には、御役所勤めの鬼がいる。
霊魂管理部調査課のアスラは、今日も黄泉の入口と現世を繋ぐ神木仏具店の仏壇から現れた。
「また、貴方ですか」
迷惑そうな老舗仏具店の店主・神木マヤに、鬼が嗤う。
「今日も明日も俺だ」
今宵の目的は、現世で行方不明になった霊魂の緊急捜査。メッセージは遺書。

第1話



 地獄の入口、黄泉比良坂よもつひらさかにある庁舎内。


 霊魂管理部調査課では、黒髪の男がひとり、ファイルに閉じられた書類をめくりながら、難しい顔をしていた。


 机上にはA4サイズの浅型トレーが3つ並んでいる。左から【調査済み】【調査中】【大至急】である。


 少し遅めの昼食から戻った男は、午前中は空だった【大至急】に、黒いファイルが放り込まれているのを見て、「めんどくせえな」と舌打ちした。



 背もたれに背中を押し付け、だらしなく椅子に座りながらファイルに目を通していく。



「……マジで面倒じゃねえか」



 深い溜息を吐いて腰を上げると、スーツの上着に袖を通し、行先ボードにペンを走らせた。



————————————


 調査員  / アスラ



 行 先  / 神木仏具店 



 帰庁時刻 / 未定


————————————





「ちょっと出てくるわ」



「行ってらっしゃ~い」



 窓口に座る小鬼に声を掛け、庁舎前にあるバス停に向かう。



 〖黄泉比良坂よもつひらさか庁舎前〗



 曇天の空の下、橋を渡ってきた行先案内のない乗り合いバスに乗り込んだアスラは、走り出して数秒後には【停車】ボタンを押した。庁舎の敷地を出てひと区間。



 庁舎の赤門をくぐり抜け、数メートル先にある停留場で、バスは停まった。



 〖黄泉比良坂よもつひらさか庁舎入口〗



 料金箱に小銭を入れ、両開きになっている降車扉の前で待つこと1分少々。扉はひらかない。



 牛頭の運転手はチラチラと扉を見て、苦笑いを浮かべた。



「なかなか開きませんねえ。今日の現世うつしよは忙しいのかねえ」



 それを無視したアスラは、痺れを切らして降車扉を拳で叩く。



「おい、開けてくれ。緊急だ」



 数秒度──



「はい、はい。わかりました」



 扉の外側から暢気な声が聞こえ、観音開きの扉がゆっくりと開きはじめた。



「くぅぅっ……相変わらずバカみたいな重さ。油さしてやろうかな──あっ、指だ。あとはよろしく~」



 隙間に片手を差し込んだアスラが、観音扉を押し開くと、今日も迷惑そうな顔をした若い女が出迎えてくれる。



「今日も、貴方ですか?」



 若草のような、いい匂いがした。



「今日も、俺だ。それから油はさすな。バスがスリップする」



「扉の蝶番ちょうつがいにさすのに、なんで、バスが?」



「知るか。ただ、170年前に1回あって、えらい目にあった奴がいる」



「へぇ~」



「さすなよ」



「はいはい」



 適当な返事をした女はきびすを返し、アスラはバスを降りた。



 生死の境界線を越える瞬間、いつものように線香の香りがして、ここから先が現世だとアスラは実感する。



 深みのある伽羅の幽玄な香りを吸い込んで一歩踏み出すと、そこは生きとし生ける生者の世。景色は一変した。




∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ 




 日本のとある場所にある地方都市、根井ねい市。



 その山奥にある 夜依よい町。



 根井市と温泉が湧く町のつなぎ目にあって、その通過点でしかない町には──山々に囲まれた自然豊かな古都の町並み──なんて、無理やり古都に仕立て上げた錆びついた看板が掲げられている。



 その山奥の古町には、創業800年という歴史だけはある老舗仏具店があって、屋号は『神木かみき仏具店』という。



 店主をつとめるのは、神木摩耶かみきまや24歳。



 2年前の或る日。先祖代々つづく店を切り盛りしていた両親から「頼んだぞ。今日からマヤが店主だ」と、登記簿やら権利書なんかを一切合切、半ば強引に押し付けられた。



 寝耳に水。



 困惑する一人娘を残して、両親はさっさと山をおり、根井市の駅前にある新築マンションで、悠々自適な都会風の生活をはじめてしまった。



 映画好きな両親は現在、駅ビル内にあるシアターに週3で通いつめ、早朝2本立て上映を満喫している。



 それに引き換え、自由気ままな一人暮らしは手に入れたが、田舎の仏具店が生業となってしまったマヤは、



《 仕事がえり。最近オープンした人気のBARへ! かなり込んでいて少し並んだけど、噂どおりの美酒に感動! 終電まで飲んじゃった!》



 こんなSNSを投稿できる生活とは、完全隔離された。



 夜依町にBARはない。並ぶのは朝の診療所ぐらい。終電……駅がない。



 人口の流出に歯止めがかからない田舎町は、過疎化まっしぐら。ここで生計を立てられる生業自体がほとんどないのだ。



 そもそも、老いも若いもネットショッピングが大半を占める現代で、店頭販売一辺倒の老舗仏具店の売上は、当然よろしくない。



 ここ百年ほどの帳簿を遡ってみても、じつによろしくない経営状態なのだが、不思議とつぶれない。



 店頭客以外には、懇意にしているお得意さんも、大口の取引先もない。土地持ちでもない。



「ウチの店のチラシを喪主の方に~」



 葬儀社にお願いしてもいない。経営努力の「け」の字もない仏具店なのに、創業から800年あまり、閉店の気配はまるでなかった。今もない。



 なぜ、つぶれないのか。



 その理由をマヤが知ったのは、小学生のころ。



 神木家が存続できる理由。それは先祖代々、『現世うつしよ通行料』なるもので生計を立てていたからである。



 これは、現世うつしよの仏具店と幽世かくりよの入口にある御役所との御話。



 決して、『公にしてはいけない御話』であり、SNSなど、もってのほか。炎上どころの話ではない。ペラペラと話そうものなら、大炎熱地獄が待っている。



 そう思っていた幼いマヤは、大人になって気づいた。



 ああ、違った。これはダレかに話したところで、だれも信じてくれない。良くて『御伽噺』、悪くて『与太話』にされ、最悪「法螺話だ」と嘘つき呼ばわりされる系。



 だけども、されども、しかれども。



 これが『まことのはなし』なのだから、面倒なのだ。







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