「なあ和彦。父さんな、定年退職したら田舎に引っ越して、ガーデニングとか楽しみたいんだ」
「あー、ね。セカンドライフってヤツね。うん、いいと思う」
一度は父に同意しつつ、息子の和彦はすぐ呆れ顔になった。
「でも父さん、既に死んでんじゃん。現在ゾンビじゃん。第二の人生臨む前に、ちゃんと死んで生まれ変わろうよ」
都内のマンションのダイニングで、テーブル越しに向かい合う親子。
息子の和彦はこの春社会人になったばかりで、現在外出中の母はパートタイマー。そして父は、定年間近の会社員だった。ゾンビになるまでは。
首都を中心に、カラス由来の未知のウイルスに感染する患者が急増していた。
そして彼らはもれなく肉体が死んで、それなのに自我もないまま新鮮な人肉を求めて徘徊する、いわゆるゾンビと化す――はずなのだが。
どういうわけか和彦の父は、妙に意識がハッキリ・クッキリしていた。余生について考えられるほどに。肌は緑色だし、ちょっと腐臭もしているのに。
この未知のウイルス――
自分の父が、物言わぬ悲しき人食いモンスターになるなんて、と。
ただ実際になったのは、割と注文が多い緑色のオッサンである。オッサンという種族特有の哀愁は緑化後も健在なので、そういう意味では悲しきモンスターと呼べるかもしれない。これを言ってしまうと、世界中の人口の四分の一ぐらいは悲しきモンスターになっちゃうけれど。
なお感染後の父は人肉でなくローストビーフ好きになってしまい、エンゲル係数も爆上げ中だ。サラダチキン辺りで手を打って欲しかったのに。
食費に思いをはせた和彦は、緑の父を見た。
「そもそも父さんだけ、なんでこんなに意思疎通できるの? 人肉も欲しがらないし、病院も扱いに困って霊安室から返品して来たし。これから暑くなったら、臭いもキツくなりそうだし。俺たちも出来れば、さっさと火葬場送りにしたいというか」
父はどちらかと言わずとも、計画性のない性格だった。
急に思い立って海外旅行を敢行するタイプなので、C-ウイルスもこの男を御せていないのだろうか。
和彦の向かいの椅子に座る父は、腕を組んでしょっぱい顔だ。臭いはすっぱいけれど。
「実の親に面と向かって、火葬場送りとか言わないでよ……」
「だって土葬だと、土壌汚染も引き起こしそうだし」
「息子のリテラシーが高くて何より――あっ」
ここで何かを思いついたのか、父は濁った眼をきらめかせた。
「毎日飲んでたぐんぐん食品のグリーンスムージーのおかげで、感染しても元気なのかも」
はしゃいだ声の父に、和彦は疑惑の目を向ける。
「え、そんなしゃらくさいモノ飲んでたの? ハゲ散らかしたオッサンなのに?」
父はしゃらくさい笑顔を返した。
「ハゲ散らかしてるからこそ、内面は美しくありたいだろ。父さんはな、美意識が高いんだ」
これはゾンビになっても、ローストビーフを欲するわけである。
「美意識高いなら、死にざまも潔くあって欲しかったなぁ」
なおその後、健やかに死に長らえている病状を珍しがった国の研究機関が父を引き取り、なんやかんやでゾンビ化の特効薬も作られることになった。
今では父も普通の肌の色に戻り、宣言通り田舎へ引っ込んだ。生き返ったので死臭も消え去って、今は加齢臭だけを漂わせているらしい。
そして会社近くのアパートで一人暮らし中の和彦は、父同様にぐんぐん食品のグリーンスムージーを定期購入していた。
粉末状のため、牛乳や豆乳に混ぜればすぐに飲める優れものである。
また効果は図らずも、父のおかげで実証済みである。
*****
「というCMなんですけど、いかがでしょう?」
ぐんぐん食品の売れ筋商品であるグリーンスムージーの新CM案として、新入社員が提出したシナリオを読んだ課長は、笑っていいのか怒っていいのか困っていた。意味もなく体をひねって、しばらくうめく。
「いかがって……あー……これ、スムージーよりC-ウイルスに意識持ってかれちゃうんだけど。カラスを媒介とか、ディティールこだわり過ぎてるくせにラストは適当だし――ってか」
シナリオと共に提出されたイメージイラストの、父の顔を指さした。
「なんでお父さん、緑色にしちゃったの? グリーンスムージーの宣伝で、緑はダメでしょ。飲んだら健康どころか、ゾンビになっちゃいそうじゃん」
「いやぁ。そこはほら、サブリミナルとかステルスマーケティング的な?」
はにかむ新入社員を、課長はキッと見た。
「隠れてないよね、何よりも一番目立ってるよね。なのでこの案は、没です」
しょんぼりした新入社員が、突き返された書類を見つめてハッと閃く。
「それじゃあ、ベリーのスムージーの宣伝になら――」
「いや、