「コーギーのお尻がパンにしか見えないんです」
「はい、お大事にー」
診察室を出ようとした俺の手がガシッと掴まれた。
「お尻が……パンにしかッッッ。先生、あたしどうしたら……」
症状をつぶさに語る女子中学生の患者、通称「犬子ちゃん」がハンカチで涙をぬぐいはじめる。しかし、その右手はしっかり医者(俺)の手を万力のごとく絞めつけて離さない。
「申し訳ないがうちは内科だ。脳外科への紹介状を渡すから待合室で大人しく待てや」
そして、すぐに手を放して欲しい。
可愛い子に懐かれるのは悪い気はしないが、犬子ちゃんは+αの部分が重すぎる。
「あたしそんなに悪いんですか!?」
「うんまあ、悪いっちゃ悪いんだが」
「手術が必要なんです?!」
「そこまでではない」
多分。
「先生、なんとかなりませんか。あたしは手術してもらうなら先生がいいです!」
「俺の手には余るんだ。まず、コーギーのケツが食パンに見えて“ついついかじっちゃった”って症例が謎すぎて」
「やだ先生ったら、ケツじゃなくて~~お・し・り♪」
「はいはい、おケツね」
「もー。先生はそんなにおケツをかじりたいと考えちゃう人なんですか?」
「そもそも汚いのでかじらん」
「人生の半分は損してますね」
お前の人生の半分はケツで出来てるのか。
(スマホを取り出しながら)「ほら、見てくださいウチの愛犬(もっちー)!」
「美味そうな名前だなと」
「ウルトラ可愛くないですか!? この後ろからの写真なんて最高の構図で、どこからどう見てもふっくらモチモチの食パンにしか見えな――」
「うんうん。それじゃあオクスリダシトキマスネー」
「やっぱりあたし病気なんですね!?」
「何回この下りをやれば気が済むんだお前は!? いくらウチが暇してるからって診察にかこつけて犬自慢するにも程があるぞ!!」
「先生の犬苦手病を治してあげたくて! それに、コーギーのおしりに怯える医者ってクソダサくないですか?」
「小さい頃から知ってるお隣さんだからって調子に乗るんじゃねえぞコラァ」
「やだこわい。明日の今頃にこの病院がもちでいっぱいになっても知らないんだから、ぷんぷん」
「可愛らしくとんでもねえ脅しをかけてくるんじゃねえよ!? 食う方でも犬でも怖すぎるだろ!」
「あ、窓の外にモッチーが。ほらおいで~」
「俺にそいつを近づけるんじゃねええええええ!!!」
口ではそう言いつつも、部屋の隅に逃げる先生なのであった。