目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
碧落病
夏城燎
文芸・その他雑文・エッセイ
2024年09月25日
公開日
2,374文字
完結
暗がりの中に点々とした岩壁が視界の端にみえて、どこかを動かすと音が空間を交差するように広がっていくのが手に取るように伝ってくる。どこまで研ぎ澄ませても、どこまで静かにしていてもしっかりと孤独で、どうやら俺は、一人でここにいるみたいだった。

小説家になろう様にも同様の物を転載しております

碧落病

 空がよう見える。

 暗がりの中に点々とした岩壁が視界の端にみえて、どこかを動かすと音が空間を交差するように広がっていくのが手に取るように伝ってくる。どこまで研ぎ澄ませても、どこまで静かにしていてもしっかりと孤独で、どうやら俺は、一人でここにいるみたいだった。体を起こす事はもう出来ない。そして、その澄み切った青空だけが俺を覗き込むようにして、見つめられているようだと勘違いをしてしまうくらいによく見えた。細目で眺めると、高さがいつもより遠いきがした。空という天井の位置は変わらない。だが、周りにみえた岩壁の高さのせいで、それは勘違いでなくはっきりと、目の錯覚として、天井が高く思えてきて、その遠い青空に、並々ならぬ哀傷みたいなものを覚えたときに、ふいに、ぽつりと熱いものが目から溢れた気がする。でも、それはきっと気のせいだった。

 空には雲が一つもなかった。まるで見せつけられている様だった。

 俺はもう動けない。体の感覚がないからだ。きっと万全ならもっとやりようがあったが、どうやら俺は、けがをしているらしい。だから体が動かない。助けもこない。何故断言できるかって? それは、そういうものだからだ。

 助けようのない人間を誰が助けようと思う。

 そう、俺はもう助けようがない。誰も寄り付かなくて、寄り付こうとしなくて、独りぼっちだった。ただ息をして、今ではもう、空という当たり前を噛みしめることしか、許されていなかった。

 きっと俺は間違えたのだろう。どこで間違えたのかはまるで分からない。でも、孤独でいるということは、きっと、選択でも間違えたんだと思う。何を間違えたのか分からないし、何となく分かったところで、改善できるかと言われれば、出来ない確信が謎にあった。恐らくそれは自分の生き方の問題だ。生きてきて身に付いた経験という不透明なものを盲信するあまり、足元を取られた。でも思い返してもどうしようもないきがする。であるなら、俺はこうなる運命だったのだろう。どんなことをしても変わらない運命なんだ。だって俺は、そういう人間だったから。

 世界は果てない海だ。間違えてはいけない。人間社会も、人間関係も、海だ。我々人類は、今、人生という一世一代の大航海をしている。世は大航海時代なんだ。海は、聡いものが得をする場合があるし、逆に、大馬鹿者が得をすることがある。ようは巡り合わせであるのだが、どうやら俺は、巡り合わせが悪かったようだ。

 人はいう。お前はただ突っ立っているだけで、頑張っているフリをしているだけで、成果を求めているというくせに、何もしていないじゃないかと。

 そういう言葉が人を殺している。現実は怖い。そして、恐ろしい。海においての正解は多少なりともある。だから、聡い人がそういう海を理解して、その正しさを馬鹿者に振り下ろしてくる。早々と自分が馬鹿者であると思っていても、まるでそれは、致命傷だ。

 自分が馬鹿者であると知ると、馬鹿者は、馬鹿だから、身の振り方を改めるか、荒々しくなる。俺の場合は前者だった。後者もなかなか悲惨だと思う。こうはならなくてよかったと思う反面、そうなった人たちがいたたまれなくて見ていられない。そして、そういう人たちを助けたいなんて思い上がりすら溢れてくるが、自分がそんな人たちを助けようとしたら、きっと、結果的に自分を殺してしまうだけなのだろうと思う。思うではないか。これは経験論だ。俺はそういう人を助けたいと思っていた。自分は馬鹿だった。だから、同じ馬鹿者を助けたいと思い上がったことがあったんだ。でも、現実はそうはいかなかった。

 海の荒波は人の生なんて興味がない。理不尽に殺されて、理不尽に生かされて、だから、もう手遅れな人は確かに存在した。それでいて、身の振り方を改めてもなお、しかし、治らない。根本は何も変化していないのだ。結局上っ面を目も当てられない状態からぎりぎり目のあてられる状態にしただけの、人のフリをした、猿だった。

 そんな虚しい人生を送ってきた。自分の努力とか、自分の生き方とか、いえない。どうしようもない人間はいるからだ。「もっと頑張ればできる」「もっと考えればできる」「努力しろ」そう言ってくる奴らも、「あいつは無理」と誰かを遠ざけている。なら、最初から遠ざけてくれればよかったのに、人間のフリをして上っ面だけいい俺は、見た目だけ人だから、普通に人は説教をしてくる。そのくらいなら、救いようのない馬鹿者でいて、馬鹿なまま死にたかった。正論は傷口に塩を塗りたくっているようだった。

 こんな穴に落ちてどのくらい経つか分からない。こんな絶望を味わってから何年か分からない。少なくとも、あの時自分が馬鹿者だと気が付かなければ、中途半端に生きる事はなかったし、中途半端に情が芽生える事もなかった。なら、戻れるなら、あの時からやり直したい。もちろん記憶を消して。


 ああ、意識が残る。手放したいのに残る。これが現実だ。死にたいのに死ねない。苦しいのに死ぬのには恐怖がある。だから醜く足掻こうとする。これは自分の意思ではない。きっと体が勝手にそう動いているだけだ。俺は死にたいんだ。この大穴の中で絶命したい。なのにどうして、こんな無様に落ちたくせに、意識だけははっきりしているんだ。もうここは袋小路だ。出口はない。そして、助けもこない。誰がこの大穴に飛び込んでくるというのか。

 ……いや、或いはもう死んでいるのか。

 何年経った? 何ねん、ここにいるんだ。

 分からぬ。わしは、いったいここで何をしておるんじゃ。


「…………」


 のう。

 空がよう見える。

 わしも空に、成れたのだろうか。

 わしも空を、飛べたのだろうか。

 のう。

 空が、よう見える。


 いい天気。そして、いい青空。これが当たり前。これが日常。

 これが『普通』。

 あれになれなかったのが、わし、か。




 みにくいねえ…………

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?