──コツコツと、無機質な音が響き渡る。
冷え切った石畳の廊下の上を漆黒のドレスを纏った女が足早に歩く。
壁は飛び散った血飛沫で汚れ、床には兵士の亡骸が無惨に転がっている。
嫌悪。驚愕。軽蔑。憤怒。悲観。親愛。悲哀。
弄ばれ、人形のような姿になった兵士達はどれも異なる表情を浮かべていた。
女は沢山の亡骸の中でも特に傷が深いものに近づく。左腕は完全に切り落とされ、胸の中央を背まで貫かれている。
それでも尚、彼は誇らしげに口元を綻ばせていた。
「──────い」
光を失った瞳に語り掛ける。開いたままになっている瞼に掌を重ね、そっとそれを閉じた。
温かで柔らかい春風が女の長い髪をさらう。空を仰ぐと、雲一つない澄み切った青色が広がっていた。
幾つもの赤黒い血溜まりを超え、廊下を直進する。その足取りには一切の迷いすらない。一歩、また一歩と足を進める。
女は一つの大きな扉の前で立ち止まる。ドレスに合わせた黒い靴はすっかり赤く染まりつつあった。足裏は湿り気を帯びている。
ドアノブに手を掛ける。
薄いレースの手袋越しに感じる、鉄の冷たさ。一度大きく深呼吸をする。心を整え一息に扉を開け放った。
次の瞬間、白い光が陰鬱な世界にいる女を迎え入れる。
そして、女は見た。
──床に座り込み、絶望を目に宿している少女の姿を。
細い喉元には銀色の刃が突き付けられている。恐怖に支配されている彼女は動くこともままならない。
女は切先から剣身へ視線を移していく。少女に相対するのは、惜しみなく金糸を使った絢爛な衣装を身に纏う一人の男。
黒いドレスの女は静かに、しかし威厳を含んだ声で言う。
「────陛下」
鈴を転がしたような美しい音が響く。
男は剣を少女に向けたままゆっくりと女の方を振り向いた。女の姿を瞳に映した男は眉を上げる。
女はコツコツと靴音を立てて男に近づく。
そして、切れ味を確かめるように少女に向けられていた剣に長い指で触れた。
ぷつりと薄いレースの手袋が切れる。血液が色白の肌の上に丸く溢れ始め、細やかなレースの隙間から滴っていく。
痛みを感じる素振りすら見せず、女は刃先を自身の頸筋に当てがう。
男は女の行動の意味を咄嗟に理解できず戸惑いを露わにした。女は挑発するような目をして、甘美な声で男を誘う。
「貴方様の目的はこの『私』でしょう? 陛下」
女は緩やかに目を細め、口角をあげる。余裕がある表情が男の嗜虐心を酷く煽る。
──剣の刀身に添えられた手から朱色が流れていく。無垢な肌は少しずつ朱で穢されていった。
黒いドレスに染み込んでいく朱を眺めつつ男は問う。
「お前は『死』を畏れないのか?」
女は散りゆく花のごとく美しい微笑みを返す。男は愛おしむように細い頸筋を刃先で撫でた。
──一筋の赤が女の真っ白な頸筋を伝い落ちていった。