各ユニットが顔合わせ……と言っても同じ寮に居るのだが。
相手と星座を把握したあと、天灯里は「ユニット名は自由につけていい」と告げた。
しかし、それが山羊座――
噛はユニット名を決めるため、同ユニットとなった牡羊座の
そうして最初は白紙のコピー用紙に向かい、それぞれペンを持ち考え込んでいたのだが……。
「あ、この近くの飯屋結構評判良いな……」
「有馬さん」
「え、何処にあんの? 見せて見せて」
「矢田さん」
今や会議に飽きた二人は、関係のない会話を繰り広げている。
「真面目にやってくださいよ。いつまで携帯いじってるんですか」
「ほら、これも支給品だし、操作慣れておかねぇと」
「そーだよ。息抜き大事ぃ」
そう、現状候補を上げては消しているのは、紺牙ただ一人。
(この……自由人共が……!)
密かに怒りを抱いている紺牙だが、人間になったばかりのホシビトに通用するわけもなく……というより、紺牙が人間に適応するのが早かったのだ。
「紺牙くん、そんなにビシビシやって疲れない? 私は疲れたなぁ。もっと気楽でいいんだよ」
「そうだぞ、紺牙。浮かぶもんも浮かばなくなるぞ」
「誰のせいだと思ってるんですか、お二人共」
紺牙は威嚇するような精神とは対称的に、冷静に返答をする。
とはいえ、怒りが滲んでいるのは確かなわけなのだが。
「まだ他のユニットも名前提出してないし、期限だってある。ゆとりを持つべきだと思うよ」
「それ、人間で言うところの『夏休み最終日に宿題をやる』になりかねませんから」
とはいえ、何も浮かんでいないのは紺牙も同じこと。
ゆとりを持つべき、と言う矢田の意見も一理あるのだ。
「……」
そんな中、有馬一人が扉の方に視線を向けていた。
「有馬さん、どうしたんですか?」
「いや、そろそろかなって」
そう口にしたと同時に、ノックが響く。
「あ、はい!」
紺牙は応対するべく席を立つ。
「有馬くん、なにしたの? 賄賂?」
「いや、行き詰まってたから。セイ博士から聞いたんだ」
「何をさ」
そんな会話をしている中、部屋を訪れたのは、蟹座の
「雨笠さん? えっと、何か俺に用事ですか?」
「そこの牡羊座に頼まれてな。ほら」
雨笠は紺牙に箱を手渡す。
「えっと……? 開けても大丈夫ですか?」
「少なくとも危険物ではないさ、三人で分け合いな」
そう行って雨笠は去っていく。
(結局開けて良い、ってことか……?)
紺牙は疑問に思いつつ、席に着き箱を開ける。
甘い香りが広がって、暖かな空気とともに、何種類ものパンが入っていた。
「これ、って……!」
「雨笠、料理に興味あるって昨日聞いたから、試しに作ってもらった」
「有馬さんが頼んだんですか?」
「そ。こいつもなーんも知らない。ちなみに味は俺も知らない」
矢田の方を指さしたあと、有馬は軽く笑った。
そうやって気を回せるホシビトということに、紺牙は少し驚いた様子だった。
「疲れた頭には甘いものが良いって、セイ博士から聞いたんだよ。でも、紺牙は甘いもの得意じゃない様子だったから、甘さ控えめそうなやつを頼んだ」
その言葉に矢田は納得したように頷いた。
「……焼き立て、ですね」
「焼き立てだねぇ。冷める前に食べたほうが良いだろうねぇ」
「……ご厚意に甘えて、休憩としましょうか……」
流石に厚意を無下には出来ない、とペンをしまった。
「でも、食べ終わったら真面目にやってくださいね」
そう言いつつも、紺牙も少しパンに対し興味を持っていた。
有馬と矢田が思い思いの返事をすると、それぞれパンを選ぶ。
尚、矢田は最後に残ったものを選んだ。
「残り物には福があるってねー」
などと、現状を楽しむ様子だった。
「では、いただきます」
紺牙が選んだのは、チョココロネだった。
パッと見た瞬間から、どう考えても作るのが大変だっただろう、と直感に訴えてきたからだった。
実際、他のパンの味は知らない三人である、味の比較はできない。
しかし、本能的に分かるものはあるのだった。
「……美味しいですね」
柔らかな甘みと、適度な苦さのチョコレートが上手く合わさり、とても初心者が作ったとは思えなかった。
――他にパンは食べたことは無いのだが。
それでも、明らかに焼き立ての様子から買ってきたものでも無いことは分かった。
「雨笠くん、料理の才能ってやつあるんじゃないかな」
矢田も頬張りながら、そう呟く。
「まあ、アイドル活動に活かせるかは知らないけれど。私たち、一応セイ博士の実験としてアイドルやるわけだし?」
「……そうですね。それに、雨笠さんのパンがどれだけ美味しくても、俺らの個性では無いですし」
一気に会議モードに入る紺牙を止めるように、有馬は口を開く。
「今は休憩中だろ。それに、他のホシビトの個性を知ることも大事だろ」
――ああ、そうだ。
「一緒に暮らしてんだぜ、こんなに大人数が」
「だから、ゆっくり知ってけば良いんだよ。美味しいパンをくれるお兄さんが居るって分かっただけで大きな収穫でしょ」
「……いや、矢田さんの後半は私欲では……?」
固くなった雰囲気を柔らかくする。
二人にはそんな力があるのかもしれない。
――ならば、自分はなんだろう。
自分が、この二人にできることはなんだろうか。
「紺牙?」
「――ちょっと待ってください、メモしたいので」
紺牙が書いた言葉は、二人に出来ること、そして自分にできること。
それぞれが補い合う、そういった意味を込めて書いた言葉だった
「『Sunset Unison』どうでしょうか」
「それって、ユニット名?」
「ええ、日没は柔らかい空気がある太陽が沈み、一人では輝け無い月が登ります」
つまり、太陽を二人の『自由人』という空気に見立てたわけだ。
月は一人では迷走しがちな紺牙自身を当てはめている。
「そんな月と太陽が声を揃え、歌う。そんなユニット名です」
「へー! 良いんじゃない、なんかオシャレだし」
「矢田さん……」
とはいえ、矢田の返答は予想の範囲内のものだった。
「俺も良いと思う。ちゃんと理由もしっかり考えられてるし」
有馬の返答を受け、矢田も頷いた。
「じゃあ、これで決定……で、良いですか?」
二人は笑って答えると、紺牙は立ち上がる。
「では、提出してきます。お付き合い、ありがとうございました」
「おー、いってらー」
「迷うなよ、ここ結構広いから気を抜くと普通に迷う」
不安になることを言われた気もするが、紺牙は二人に頭を下げたあと、部屋を去った。
「――ということで、こちらがユニット名です」
「もう決まったんですね。……なるほど、ではこちらで登録しておきます」
天灯里は、登録処理をする。
と言っても、セイと共有しているメモに書き込むだけなのだが。
「はい、博士からも返事を貰ったので大丈夫ですよ。会議お疲れ様でした」
「……知ってたんですか?」
「昨日の内から有馬さんと矢田さんに声をかけていたので、そうかな……と思っただけです」
天灯里は微笑み答えた。
「ユニットというものの答えは出ましたか?」
「……他のユニットは分かりませんけれど、俺は……補い合うものだと思います」
その返答を受け、安心したように天灯里は微笑んだ。
「自分なりの答えが見つかったのなら、満点です。それが紺牙くんたちのユニットの色になります。忘れないでくださいね」
「はい」
淡白な返事に見えるそれは、紺牙の決意の現れだった。
――これから、始まる星座たちの道。
これから彼らは、何があっても消して揺るがぬものもあるのだと、心に決めたものは強い光なのだと証明する。
それが、ホシビトだから。