地図に記された場所は、大きな寮のような場所。
十数人の生まれたばかりの疑似人間……基、ホシビトを連れてくるのは、想像通り骨の折れるものだった。
降り立ったばかりの地球という場所に興味を示す者や恐怖を抱く者、人それぞれならぬ、星それぞれだ。
そんな姿は人間と何ら変わりないが、ある程度成長した姿をしている彼らと、人数を考えると……人目を避けなければ天灯里自身が怪しい人間に映ったことだろう。
そうなった時、あの博士は……きっと手を叩いて笑うであろうことは想像に容易いものだ。
まずは全員を共有スペースに集め、一人一枚、天灯里はセイに「渡せ」と言われていた書類を手渡した。
名前や誕生日など、擬態する上で必要な情報が自動的に捻出されるのだとか。
その技術の理屈は全く持って常人では理解できなかった。
その後は自由行動となり、ホシビトたちは思い思いの返事をし、自室へと向かった。
どっと疲れた天灯里もまた、自室に戻るのだった。
――用意された自室を見つめ、一人感慨に耽るホシビトが居た。
(僕も……来られたんだ。人間として)
白い透き通った髪に、赤い目に鋭い瞳孔はまるで――白蛇のようだ。
自分の資料にただ見つめる。
そんな時、自室の扉から軽い音が聞こえた。
(ノックってやつだ。聞いたことある)
「はい。誰?」
扉を開ければ少女――にしか見えないホシビトが立っていて混乱する。
(あれ、ホシビトはみんな男に変換されてたはず……)
自分の資料には性別不明と書かれていたのを思い出し、背後に隠す。
「オリオン座の
元気にはしゃぐような返答に、少し驚く。
「とっても綺麗なお隣さん! 何座か聞いても良い?」
「……へびつかい座だよ。へびつかい座の、
「お隣さんがへびつかい座って、オリオリ豪運ってやつだ! オリオリ以外じゃあ、十三星座なのか……」
「オリオリ……?」
「うん! 折紙衣織だから、オリオリ。カワイイでしょ?」
魅せ方が分かっているのか、折神は可愛らしく笑う。
凪砂羽は少し困惑した様子を見せていたが。
「じゃあ、凪ちゃん」
(僕は凪ちゃんなんだ……?)
「博士ちゃんの資料、もうしっかり見た感じ?」
「ん……。まだ自分のプロフィールしか見てないや。重要なことでも有ったの?」
「あのねあのね! ホシビトたちはユニットで活動するんだって! で、その組分けは……見てもらったほうが早いかな」
折神は凪砂羽に資料を見るように促すと、そのままそわそわした様子で凪砂羽を待っていた。
一方で凪砂羽もまた、プロフィールが見えないよう慎重に資料を取り出した。
「あ、一緒だ」
「そうなの! 博士ちゃんがね、バランスを考えて組み合わされるように設定して、出た結果がこれらしいんだー」
「……五人ユニット、有るけど」
「それもバランスだよ、きっと」
ホシビトたちであれ、セイの考えを理解することは難しい。
星と人間の違いではなく、研究者の『それ』であるからだ。
「同じユニットの子とは仲良くしましょう、できる限りコミュニケーションを取りましょう……ということで、へびつかい座の子を探してたら一発で見つけたってわけ」
「すごいね、オリオリ。部屋が隣なのも、ユニットが同じだからなのかな」
「いや、それはくじ引きらしいよ?」
「何故」
そここそ重要に考えるべきだろう、と凪砂羽は少し複雑に思うも、隣が折神なのであれば多少は安心できる。
何せ深入りしてくるタイプには見えなかったからだ。
折神も、凪砂羽も、一線引いたところにお互いを置いている。
――距離が縮まるまでは、時間がかかるかもしれない。
それはお互いに思っていることだった。
いや、凪砂羽はそれでもいいと少し思っているのだった。
(仲良くならなければ、お別れも寂しくない――きっと)
いつか別れの時が来る、特に自分は。
凪砂羽がそう考えるのは、彼自身にある秘密の中にあった。
(だから、僕の資料は見せられない)
「ねぇ、凪ちゃん。なんかね、資料によると学生組は学校バラバラなんだって」
「へぇ……」
折神の言葉で『学校について』の資料に目を通す。
「ちゃんとバラバラなんだ。『疑いを避けるため』ってなんだろ」
「なんかね、一度に沢山転校生が来ると、何かあったと思われる……らしいよ?」
けれど、凪砂羽にとっては都合が良かった。
ずっと一緒、というのが嫌なわけではないけれど、自分のことをあまり知られたくないのだ。
「凪ちゃんが良ければ何だけどさ、一緒に登校ってやつしない?」
折神は資料の地図を指差す。
「ほら、オリオリと凪ちゃんの学校近いの! でさ、誰かと登校ってなんか人間っぽい!」
「……そうだね。結構近いから、一緒に登下校できちゃう」
その言葉に折神は目を輝かす。
――これには凪砂羽も堪えた。
(自分の首絞めたなぁ、これ)
断れない、素直にそう思った。
「一緒に登下校……する?」
「する! 下校時間になったらチャットちょうだい! 絶対だからね!」
「分かった」
凪砂羽の声、表情は一見無機質に見える。
それでも、人間らしく、凪砂羽は感情を持っている。
それに気づかない折神ではない。
「凪ちゃん……よく見ると感情豊かだね」
「え?」
人間の感情を読み取る。
そういった意味では、折神衣織はホシビトの中では鋭い方であろう。
それは、星座になる前の記憶が影響しているのかもしれない。
けれど、今は折神衣織という一人のホシビトだ。
(人間って、言い切れれば良かったんだけどなぁ……。でも――)
「あのね、凪ちゃん。凪ちゃんが星座時代に何を経験したのか、人間をどう思っているかは分からないけれど、星と人間とホシビト、この三つってあんまり違いはないんじゃないかな」
「なんで、そう思うの?」
凪砂羽の純粋な疑問に折神は笑顔で答える。
「誰かを照らすものって点は同じでしょ? それに、何かに焦がれるのも、さ」
折神は凪砂羽の『何か』を感じ取っていた。
だからこそ、『同じ』と伝えたかった。
何があっても、自分たちは変わらないのだと。
「うん、そうだね。ありがと、オリオリ」
「何がかなー? オリオリは思ったことを言っただけだよ」
この子は根から星なんだ、と凪砂羽は感じた。
「オリオリ、確かご飯は観測者が出してくれるんだよね。一緒に食べよ」
「もちろん! オリオリ、現代のご飯興味あるんだ」
笑顔を咲かせる折神の表情は――きっと。
(あの博士は求めるものだ。だから、僕は――)
「凪ちゃん、ご飯見に行こ?」
「あ……うん。ちょっと待って、資料置いてくる」
「じゃあ、此処で待ってるね」
部屋の扉の前で折神は待っている。
凪砂羽は扉はそのままにし、備え付けられた勉強机の引き出しに仕舞った。
「行こうか、オリオリ」
「レッツゴー!」
星座たちの共同生活は、そうして少しづつ始まって行く。
その先が、誰かの心を照らすと信じて。