視界に映ったのは、夜空。
疲れた私には、いつもより星が輝いて見えた。
ふと、思い出す。輝いている人間が『スター』と呼ばれていたことを。
スター、つまりは星。
思いついた、思いついてしまった。
あとは、成し遂げるだけだ。
たとえ禁忌と言われようとも、私にはその一線を越える覚悟がある。
ならば、そうならば必ずや成し遂げよう。
「――これは、成功が約束された実験だ。星座たちよ、真のスターと成れ!」
――午前九時丁度。
都会の離れ。
深い森の中にその場所は、ひっそりと存在する。
研究所……と呼ぶには、少しばかり小さすぎるその場所は、今日という日、大きな実験を開始することとなる。
『星座の観測者』として働くことになった
そして、一呼吸置いて扉を開く。
「失礼します」
「やあ、待っていたよ。観測者クン」
白衣を着たいかにも寝不足な女性は、天灯里の方へと振り返る。
寝不足を訴える寝癖と睡魔に耐える瞼とは対照的に、その表情は自身に満ちていた。
「この時間に間に合うとは、君は運が良い。なんて言ったって、時間通りに来ない人間なんて世の中いくらでもいるからね。君が一秒でも遅れたら、先に始める予定だったよ」
「は、始めるって……観測を、ですか?」
目線を左右に向ける天灯里。
それも当然、この研究所には見合わないほど大きな機械が、十数個あるのだから。
「いいや? 確かに君は今この瞬間から観測者となる。伝説の始まりの目撃者となり、その責任として観測し、記録する義務がある。……とはいえ、名乗らないのも不便だ。君、名前は?」
いつの間にか詰め寄られる形となり、その威圧感から答えざるを得なかった。
「天灯里コウです」
「良い名じゃないか! 私はセイ。気軽にセイ博士とでも呼んでおくれ」
楽しげに笑いながら離れると、十数の機械を束ねているもう一つの機械へと近づく。
「あの、それって……?」
「言わなかったかい? 君は『星座の観測者になる』と」
「ええ、それを聞いて此処に来ましたが……」
「天灯里クン、そもそも君は運が良い。本来なら私一人で完結するはずだった実験に参加できるのだから」
「へ……?」
――確かに今実験、と言われた。
(この人は何をする気だ……?)
天灯里は警戒心で身を引き締める。
そんな姿をセイは誂うように笑った。
「諸事情があってね、君以外巻き込めなかったんだ。これから起きることは現実だと、しっかり君が覚えておけ」
「諸事情って、一体何を……」
「まあ、落ち着け。見ての通り私は寝不足でね。
「――っ!」
セイはその言葉通り、なんの断りもなくスイッチを押し、起動した。
瞬間、十数の機械から光が放たれる。
――それは目を開けていられないほどの瞬き。
白が止んだ頃、漸く目を開くことが叶った天灯里は絶句する事となった。
そこには、機械と同じ数の人間が居たからだ。
「……な、な、な!? い、一体何を……! 彼らは……一体何処から……」
「『何処から』って、星空からだよ?」
「は、はい……?」
「彼らは星座。私はこの機会を通して彼らを
尚更何を言っているのか、理解に苦しむ。
「まず、私が星座をの反応を観測し、
「疑似人間……? 実験で人間を造った、ということですか!?」
「まあ、そうなるね」
「そんな人類の禁忌みたいなこと……」
「だから言っただろう? 『諸事情で君以外巻き込めなかった』と。君、目撃してしまったね? スターが生まれる瞬間を」
その言葉に次第に背筋が寒くなる。
こういった状況で恐怖を覚えるのは、人間の当然の本能とも言えよう。
「ならば、その責任を取らねばならない。そうだろう? 君は観測者として働くんだ。そう――
その言葉の圧から、『君には拒否権はない』と告げられているかの様で天灯里は黙ることしか出来なかった。
「疑似人間改め、ホシビトの彼らは現代の人間としての生活を知らない。それに加え、私は研究者だ。生活リズムなんて有って無いようなものだ」
それを証明するかの如く、軽くあくびをすると説明を続ける。
「彼らはこれからアイドルとして生きていく。諸々の手配等はこちらが済ませる。何と言ったって、私が初めた実験だからね」
「諸々の手配って、まだなにかあるんですね……。で、具体的に僕は何をすれば?」
全てを諦めた天灯里はセイの実験を受け入れる。
否、それしか道が残されていなかっただけなのだが。
「君がすることは、二つ。アイドルの彼らをサポートすること。次にこちらが最重要なのだが、彼らが人間として生きるために共同生活をしてほしい。そして、人間というものを彼らには学んでもらう」
伝え終わったセイの表情は打って変わって真剣なものであった。
「拒否権はないが念のため聞かせてもらう。引き受けてくれるかな?」
こうして、天灯里の平穏な生活に終わりを告げ、人間の形をした星座をアイドルとして、人間としてサポートする事となるのだった。
「君は今から彼らとこの地図に記された場所へ向かってほしい。私は諸々済ませたらそちらに向かうよ。車は手配してあるから、運転は君に任せよう。なんて言ったって――」
「寝不足なんでしょう? いくらなんでも運転は任せられませんよ」
「察しが良いな、君。しかしそれだけではない。――彼らはまだ生まれたばかり。名前も無いのだからね」
名前も、というのはどういうことだ?
少なくとも、彼らには星座としての名称は有ったはずだ。
そんな天灯里の思考を読むかのように、セイは続ける。
「まさか君、星座の名称を名前として使えるとでも思っているのかい? 使ったらこんな実験一瞬でバレるだろうね。信じる者と信じない者は分かれるだろうが――人間じゃない、とバレたホシビトは星空に帰らねばならない」
「なるほど、何方にせよ疑いの眼差しが向けられることは避けたい、ということですね」
「彼らのためにもね」
何処か納得のいかない感情はあるが、一先ず彼らと生活してみなければ何もわからない。
天灯里はセイの言葉通り、疑似人間……基、ホシビトを連れ、記された場所へと向かうのだった。