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第67話

 ロイ=バックス。

 聖魔のオラトリオの攻略対象の1人。

 聖王国の騎士。

 そして――魔族領に潜んでいた密偵。

 そんな彼がそこにいた。

「ロイ……!?」

 思わず声を上げてしまう。

 ――すでに彼は魔族の変装はしていない。

 リュートの暗殺に動く以上、魔族を装うことはもはや無駄だと判断したのだろうか。

 それとも変装のせいでわずかでも最適な動きができなくなるリスクを排除したかったのか。

 ともあれ、そこにいたのはゲームで見たロイの姿そのままだった。

「お前が俺の名を呼ぶな……!」

 そう吐き捨てるロイ。

 ゲームでもめったに聞かないような侮蔑の感情が滲む声。

 彼がここまで嫌悪を見せるのは――

「魔女がッ」

 彼の幼馴染を苦しめる少女――エレナを前にした時だけだ。

 最近は少しだけ忘れかけていた悪評。

 背負うべき悪縁を想起させられる。

「そういきり立つな。オレを前にして、他を見る余裕などないだろう?」

 そう笑うリュート。

 彼は余裕な表情を見せながら、私の前に立つ。

 まるでロイの視線を遮るように。

「なにより彼女はオレの婚約者候補だからな。他の男にはやれんな」

「婚約者候補……? そこまでお前たちの陣営に食い込んでいたとはな」

 忌々しげなロイの声。

 本来の彼はもっと冷静で寡黙な人物だ。

 そんな彼が、柄にもないほどに声を荒げている。

 言い換えるのなら、それだけのことをエレナはしたというわけだ。

「いい情報が得られたか?」

 リュートは涼しげに笑う。

 ロイから向けられる殺気なんて感じてもいないかのように。

 手出し無用ということだろうか。

 アンネローゼを含め、魔族の誰もがリュートに駆け寄ることはない。

 不安そうにすることもなく、ただ彼を見守っていた。

 我々の王ならば当然のように勝利するだろう。

 そんな信頼を感じさせる。

「惜しむらくは、生きてその情報を持ち帰れないことだな」

 リュートの手に剣が現れる。

 彼は構えない。

 だが、それでも一歩下がったのはロイだった。

「ちっ」

 舌打ちするロイ。

 たしかに聖女ノアは魔王リュートを討伐した。

 だが、それは仲間の助けがあってこそのもの。

 1対1で勝てるというわけではない。

 ゆえにロイは暗殺という手段でリュートを狙ったのだ。

 それを防がれた以上、これからのロイの戦いは逃げるための戦いへとシフトしていることだろう。

(まさかここにロイが現れるなんて……!)

 嫌な汗がにじむ。

 危惧したことが起きてしまった。

 リュートに、ロイのことを話す覚悟は決めた。

 だがまさか、こんなタイミングで彼らが相対してしまうとは。

「さすがに逃げるか」

 勝ち目がないと判断したのだろう。

 身を翻すロイ。

 それを見てもリュートの笑みは消えない。

「奇襲ならともかく、真正面からオレに勝てるはずもないのだから当然か」

 リュートの笑みが深まる。

 そして彼が――消えた。

「だが甘い」

 響く剣劇の音。

 リュートが剣を振るい、それをロイがなんとか防いだ。

 そんな攻防。

 しかしその速度が桁違いだ。

 2人がどんな動きをしたのか、私にはまったく分からなかった。

「ぐっ!」

 苦しげな声を漏らすロイ。

 見えないほどの速度で行われた交錯。

 私から見るとどちらも圧倒的な強者。

 しかしあの2人の間には、それでも明確な差が存在するらしい。

「オレの目につかぬうちに、オレの国から逃げておくべきだったな」

 余裕の笑みを見せるリュート。

 そのまま彼は剣を振り抜く。

 スイングに合わせて巻き起こる烈風。

 斬撃の風圧に押され、ロイの体が壁に叩きつけられた。

「それとも、エレナがここで生きていることがお前の判断を狂わせたか?」

「黙れ!」

 ロイはふらつきながらも立ち上がる。

 ――たしかに、あのタイミングでリュートに暗殺を仕掛けるのは悪手だ。

 仮に魔王を殺せたとしても、ロイが逃げ延びられる可能性はゼロに近いのだから。

 そんなことはロイも分かるはず。

 それでも、理屈を感情が越えてしまうほどに私が憎かったのだろうか。

 じくりと胸が痛い。

「騎士としては優秀だが。聖女に入れ込みすぎるのが玉に瑕だな」

「ぐあッ!?」

 何度見ても、私の目ではリュートの動きを捉えられない。

 ただ、ロイが再び吹っ飛ばされた。

 彼の体は向かい側への壁へと飛び、そのまま叩きつけられる。

 投げたのか、殴ったのか、それとも蹴ったのか。

 リュートの攻撃は見えなかった。

「もっとも、別にそれが敗因というわけでもないがな」

 リュートは、聖女ノアとの戦いの結果として力を大きく削がれている。

 生存のため魂を分けたことで、力を失ったのだ。

「これは、単純に実力の差だ」

 それでなお強い。

 聖女の仲間でさえ、1人では太刀打ちできないほどに。

 まさに王というわけか。

「ぐ……」

 二度も壁にぶつけられたせいだろう。

 ロイは床に伏したまま呻いている。

 どうやらすぐには動けないようだ。

「終いにするか」

 そんな彼へとリュートは歩んでゆく。

 もはや戦いは終わった。

 敗者が命を落とすまで、あと数秒も必要ないだろう。

(どうしよう……)

 握った拳の中は汗で濡れていた。

(この状況。放っておけば確実にロイは殺される)

 そんな光景は見たくない。

 それは偽らざる本音。

(だからといって彼を助けるということは――)

 しかしそれを口にすることは、リュートへの――魔族への裏切りだ。

 今ここで積み上げてきた生活のすべてを捨てるということだ。

 中立で済まされる問題ではない。

(どうするのが正解なの……!?)

 好きなゲームの世界だから、そのキャラクターを死なせたくない。

 そんな浮ついた気持ちで止めていい状況ではない。

 なら、

「言い残すことはあるか?」

「……」

 見下ろすリュート。

 しかしロイは答えない。

 答える力すらない……というわけではないのだろう。

 立ち上がれはしなくとも、その目は死んでいなかったから。

「そうか」

 リュートの剣が振り上げられる。

 その剣が断頭台の刃となるまで数秒と要さない。

 だからだろうか。

 気が付けば、私の口は動き出していた。

 悪手だと分かっていたのに。


「待ってくださいっ」


 とっさに出てきた制止の言葉は、思いのほかホールに響いた

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