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第62話 お願い

「あの……! それでお願いがあるのですが、イーサン様も五ッ村についてきてくださいませんか?」

「えっ?」


 イーサンはコトハの言葉に目をぱちくりとさせる。頭が真っ白になってしまった事もあり、彼女の言葉を理解するまでに時間がかかってしまった。だが、完全に意味を理解した時、彼は目を大きく見開いた。

 そう。自分は転移陣を使う事ができないと、転移陣を利用する事自体を排除していた事に気がついたのだ。そもそもイーサンだって転移陣が使えるかもしれないのに。むしろ自ら転移陣に乗り、コトハと共に五ッ村へ向かう事すら考え付かなかったポンコツな自分にガックリと肩を落とす。

 それを見ていたコトハは彼の行動が答えだと考え、一歩後ろに下がり頭を下げる。


「あ、やっぱり難しいですよね……転移陣なんて乗った事がないでしょうから……すみませ――」


 彼女が謝罪の言葉を告げようとしたところで、我に返ったイーサンがコトハの肩を思わず掴む。そしてすぐに慌てて叫んだ。


「済まない! 先程肩を落としたのは、コトハへの意思表示ではない! 『ついていく』という事すら思いつかなかった自分に呆れていたのだ!」

「えっ」


 イーサンの勢いに、今度はコトハが固まる番となる。彼の勢いに圧倒されているコトハを尻目に、イーサンは話を続けた。


「あの男の報告を聞いた時から、コトハは巫女姫の仕事を全うしようとするのだろう、と分かっていた。俺としては君の思いは叶えてあげたいと思っていたのだが、コトハと離れるのが……嫌だったので……な……」


 最後の方は言っていて恥ずかしくなったのか、段々と言葉尻が小さくなる。言い終えた後、彼はコトハの肩に置いていた手を離し、そっぽを向いたが耳まで真っ赤になっていた。まだ言葉にならず口を呆然と開けているコトハ。そんな彼女を見てやけになったのか。イーサンは乱暴に自分の頭を掻く。


「もし五ッ村に暮らす事になったのなら、俺も共に向かおう。コトハの居る場所が俺の居場所だ。つまり、俺は一生君と離れるつもりはない」

「えっ」


 イーサンとしては、一生かけて共にいたいという意思表示ではあったが、残念な事に前半の言葉に意識を持って行かれたため……コトハは後半の言葉を聞き取れていなかったので気づかない。そのため、なぜ五ッ村で暮らすという話が出ているのか、とコトハは首を傾げる。ただ、村へと来てくれるという事は理解した。


「ですが、もしかしたら危険な目に遭わせてしまうかもしれません……」

「それはコトハも同じだろう? あの男は君に謝罪すらしていない……あちらで何が起こるか分からないからな。それに以前言っただろう? 竜人族は人族に比べると頑丈だと」


 そう言って力瘤を作るイーサン。そんな姿にコトハは笑みが溢れる。


「良かったです……私一人だと心細かったのですが……浄化の旅にイーサンが来てくれるのなら、心強いです!」


 満面の笑みで告げるコトハに、イーサンは上を向いて手で目を隠した。彼女の笑顔が眩しすぎて見ていられなかったのだ。そんな不思議な行動を取ったイーサンを見て、コトハは首を傾げた。


「イーサン様、どうされたのですか?」

「いや……何でもない……。あ、そうだ。ひとつお願いがあるのだが」

「なんでしょうか?」


 首を傾げるコトハの可愛さに再度顔を上げようとするイーサンだったが、一旦思いとどまりコトハへと視線を向ける。


「コトハはその口調が素ではないだろう? 良ければ砕けた口調で俺と話してもらえないだろうか?」

「口調……」


 そう言えば、ここに来てから他者と一線を引こうとして口調も丁寧なものに変えていた事を思い出す。と言っても、故郷でもアカネ以外にはあの口調だったのだが。ここは今や第二の故郷……いや、五ッ村よりも期間は短いが一番の故郷であると言っても過言でないほど、馴染んできたように思っているコトハはそれを了承する。


「分かったわ、イーサン。でももしかしたら、今までの口調が混ざってしまうかもしれませんが……それでもいいか……いいかな?」

「ああ。ありがとう」

「どういたしまして!」


 二人は笑い合う。コトハが喜んでくれて嬉しい、と思っている中、イーサンは心の中でほくそ笑んでいた。

 ズオウはコトハの元婚約者である。先程見たズオウは、コトハならば自分の元に戻ってくる、と思っているに違いない。もう既にイーサンとコトハが思い合っているとは知らないから、と言うのもあるが……彼女を自分の装飾品としか思っていないのだ。

 そんな男に二人の仲を見せつけたらどうなるだろうか、イーサンは込み上げる笑いを必死に押さえた。



 その後二人は面会許可を得たために、ファーディナントの元へと向かう。彼の執務室にはファーディナント、パウルだけではなく、アカネやジェフ、レノ、教会からはザシャとブラッドも呼ばれていた。

 コトハたちは空いていたふたつの席に座り、姿勢を正す。パウルの質問にコトハが答えるという形で、ズオウとのやり取りを話した。一通り話を聞いていたファーディナントはソファーの背もたれに音を立てて寄りかかり、腕と足を組んで眉間に皺を寄せる。


「そうか、あの男はコトハ嬢を冤罪で追放した事を謝らなかったか……コトハ嬢、本当に助けるのか? 俺からすれば、あちらの自業自得だと思うのだが」

「私も同意ですね。礼儀を尽くさない者たちに施しを与える必要はないと思います」


 ファーディナントの後方で立ちながら話を聞いているパウルも珍しく憤慨しているらしく、腕を組んで鼻を鳴らす。


「だが、それだとあの男は納得しないだろうし、そもそもコトハ嬢も納得しないだろう。転移するのは良いのだが……これだけは聞いておこう。コトハ嬢」


 彼の珍しく真剣な表情を見て、コトハは唾を飲み込んだ。


「もし五ッ村の浄化を終えたらどうするのだ? またあちらで暮らすのか?」


 ファーディナントの懸念も尤もだと思った。現在コトハは帝国の神子である上に、大陸一番の力の使い手と言われているほどの力の持ち主。彼らとしても帝国に残って欲しいという気持ちがあるのだろう。

 それについても考えていた事があった。ただコトハが口を開く前に、イーサンが告げる。


「ちなみに陛下。私はコトハに着いていきますので、もし向こうで過ごす事になったとしたら、私も行きます。後のことはよろしくお願いしますね」

「……まあ、そう言うと思ったが……お前を失うのは痛いな」

「決めた事ですから」


 ファーディナントはパウルに向けて肩を竦める。これは完全に心を決めた時のイーサンだと理解しているからだ。そこまで話を聞いて、コトハが村に定住すると思われている事に気づき、慌てて訂正する。


「あ、みなさん! 五ッ村で暮らす事になっているようですが……私は戻るつもりなど全くありません。私の故郷はここですから……!」


 ポカンと口を開く周囲を他所に、コトハは続きを話し始めた。


「浄化を終えたら、転移して戻ってきます」

「ですが、転移陣が使えるのでしょうか? ズオウという男性は宝玉と言われるものの力を使ったのでしょう? それは転移陣を動かす鍵だと言う話は先程コトハ様から聞きましたが……その鍵が毎回動くとは限りませんよ?」

「ザシャの言う通りさね。あの遺跡は女神の力を利用した転移陣だと古の文献には書かれていたのを覚えているが……自由自在にあたしらが使えるものではないと思うさね」

「まあ、何人も連れて行けるのであればそれに越した事はないが……そこのところ、どう考えている?」


 ファーディナントやザシャ、レノはいぶかしげな表情でコトハを見る。コトハはそんな彼らを安心させるかのように、告げた。


「私に考えがあります。聞いていただいてもよろしいでしょうか?」

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