ズオウは度重なる相手の不手際に苛立ちを覚えていた。
転移が成功した後、現れたのは現地の人間と思われる男たち。その者たちと意思疎通を図ろうとしたズオウだったが、言葉が通じない。懸命に喋ったところで相手からの反応は、肩をすくめられたり、眉間に皺を寄せられたり……ズオウも相手の言葉が分からず、不満が募っていた。
その上、興奮しすぎて勢いよく喋り続けたからか、咳き込んだ時に血が出てしまったのだ。この血を見て驚いたらしい相手は、医者を連れてきてくれたのだが……その医者ですら首を捻るばかりで役に立たなかった。
ズオウが直々に「これは穢れによって起きたものだ」と言ったのだが……中々通じない。
血を吐いた、という事でズオウの馬車には医者も同行する事に決まったらしい。面倒だ、と思いながら馬車に乗り込む。かろうじて聞き取れた話によれば、これから帝都へと向かうという。
二日ほど馬車に揺られ、着いた場所が帝都のようだ。五ッ村から十九里ほど離れた場所にある国と似たような雰囲気を感じた。
ここにコトハがいる、彼は何となくそう感じる。その勘はどうやら当たったらしい。
――翌日、念願の彼女に会う事となったのだから。
「コトハ様がお見えになりました」
ズオウは期待で胸を高鳴らせた。昨日コトハへの面会を依頼して暫く経った後、使者がやってきてコトハが会う事を了承したと言われたのだ。ズオウはその話を聞いて、非常に気分が良くなった。
彼女はなんだかんだ自分を求めているのだ、そうズオウは思った。きっとコトハは未だにズオウの事を忘れることができず、故郷である五ッ村へと帰りたがっている……だから面会を申し込んだのだと。
既に自分から「コトハに会わせろ」と騒いでいた事すら忘れ、長老より与えられた自分の使命を全うしたつもりになっているズオウ。コトハの姿が見えて、思わず口角が釣り上がったのだが……彼女が着用している服が、五ッ村では見た事のない服装であったため眉間に皺を寄せる。
だが、思い出してみれば彼女は身ひとつで転移陣に放り投げられたのだ。何か理由があって巫女服を着ていないだけだろう、と思い直す。そして服装で怒らない寛容な自分に感謝をして欲しい、と思うと同時に、服装について後で叱らなければ、と考えた。
そんな彼女がズオウの対面のソファーに座ろうとする。やっと来たか、と言わんばかりに鼻息を鳴らした彼は、ふと彼女の隣に見知らぬ男がいる事に気づく。
しかもその男はコトハの肩を抱いている。それを見て苛立ちが募る中、コトハと男は顔を見合わせて微笑みあった。それが更に彼の神経にさわった。
二人を睨みつけて不満であると言わんばかりに表情に出すズオウだったが、ふと一番最後に部屋へと入ってきた人物を見て、目を見開いた。
「お前、アカネか……?」
無意識に出てしまった言葉に、アカネの肩がぴくりと跳ねる。ズオウの声に気づいたアカネの前にいた男がすぐに彼女を後ろへと隠していたが、その時の彼女の顔は血の気が引いているように見えた。
長老直属の暗部から、アカネは転移陣の上で消えたと報告が来ているのは知っていた。そんな彼女がまさかコトハと同じこの場所に来ているとは思わなかったズオウ。そこで良い考えが思いついた。
アカネは罪人だ。だが、コトハとはとても仲が良かったはずだ。自分と再婚約するだけでなくアカネの罪も
そうニマニマと笑みを湛えるズオウは、ちょうど目の前の席に座ったコトハへ普段接しているように命令した。
「早速だが、お前は俺と村へ帰るぞ」
後ろにいるアカネは再度ぴくりと肩を震わせた。まだ自分の威厳が相手に通じるのだ、と気づいたズオウは更に威圧的な態度をとる。立場が上であるのはこちらだと、二人に示すためだった。
もう一度アカネを見れば、彼女は他の者にズオウの知らない言葉で話している。アカネが来たのは、通訳としてなのだろう。
そこでふと気づく。アカネは面白いように顔に出るが、目の前のコトハは無表情。その表情が彼の言葉で動く事はない。ズオウは一抹の不安を感じるが、気のせいだと切り捨てた。
「お前も俺がここにいる時点で気づいているとは思うが……現在、村に『穢れ』が生じている。村人ほぼ全員が見えている程の濃い穢れだ。穢れを浄化するのは、巫女姫の仕事だろう? とっとと帰ってきて自分の仕事をしろ」
「……新しい巫女姫様はどうされたのですか?」
「承知しました」と返事が来るだろうと思っていたズオウは憤った。口答えしたコトハを睨みつけようとしたが、彼女の表情が少しだけ曇ったのを見て、新しい巫女姫であったエイカに嫉妬しているのだろうと判断する。嫉妬なら可愛いものだ、そう思ったズオウはコトハの無礼を許す事にした。
その後ズオウは一度アカネを一瞥する。彼女とコトハは仲が良かったはずだ。彼女を置いていくなどと言えば、コトハ渋るだろう。そう考えたズオウは自分がコトハの事を大切に思っていると言わんばかりに、言葉を続ける。
「ああ、エイカか? あいつは偽巫女姫だった。村にそ奴らはもういないぞ。ああ、そうそう。アカネも連れて行ってやっても良い。転移先でお前を世話していたとでも言えば、犯した罪も帳消しとなるだろうからな。ああ、無償とは言わない。お前にも褒美が必要だろう? 浄化を全て終えた暁には、俺がお前と結婚してやろう」
鼻を高くして話すズオウ。彼は周囲に殺気が漂った事に気がついていない。コトハの後ろにいて、こちらを睨みつけている男は眼中にないのだ。むしろ、コトハが喜んで食いついてくるだろう、と相手の喜びの声を待った。だが、いつまで経ってもコトハは声を発しない。
自分が結婚してやる、と言っているのだから、すぐに返事をするべきだとズオウは憤慨した。そして彼女と結婚したら、きちんと躾をしなければ、と決意する――。
話し始めたズオウの言葉を聞いて、ああ、変わっていないな。コトハはそう思った。
やはり彼女の予想通り、穢れが浄化されずに溜まった結果、村に影響が出たためにコトハを連れ戻そうとしているのだ。自分たちがコトハにした仕打ちすら忘れ……いや、忘れたのではない。彼らはコトハが巫女姫なのだから、村に尽くすのが当然だと、道具だと思っているのだ。
道具にも感情がある事に気づいていない。
今もそう。「お前と結婚してやろう」それがコトハへの褒美になると信じて疑っていない。そんなはずないのに。
後ろから圧が漏れている。ちらりとそちらへ顔を向ければ、イーサンが憤怒の表情でズオウに強い眼差しを向けていた。片言であっても、意味は理解できるのだろう。きっと「お前と結婚してやる」その言葉に気づいているのだ。
その一瞬でコトハの視線に気付いたのか、イーサンと視線が交わる。コトハが微笑むと、イーサンも少し落ち着いたようだった。
顔を戻せば、目の前のズオウは眉間に皺を寄せてこちらを見ている。コトハとイーサンのやり取りを見て、不機嫌になっているのだろう。彼はコトハがズオウの申し出を断るなんて全く考えていない。むしろ喜んで引き受けるだろうとでも思っているはずだ。
「ちなみに次期長老様、その前におひとつお聞きいたします。どうやって私を村へと連れて帰るのでしょう? 転移陣は一方通行だと聞いておりましたが……」
そう呼ばれてズオウは目を見開く。目の前にいるコトハは今まで「ズオウ様」と呼んでいた。何故ここでもそう呼ばないのか、と苛立つ。この事もまた結婚後に躾けよう、と考える。
「そうだな、以前見せた家宝の宝玉を覚えているか?」
「家宝……あの赤い宝玉でしょうか?」
「そうだ。実はあの宝玉を手にした状態で転移すれば、村へと戻る事ができるのだ。過去に一度宝玉を利用して転移を試みた長老がいたが、その者は宝玉の力を利用すれば行き来する事ができたらしい。そう代々長老のみに伝わる書物には書かれていた。これは代々の長老のみが知る話だ」
なるほど、と呟くコトハに彼は満足そうに頷く。行き来できるという話は長老しか知らない。それを疑問に思うのは、ズオウも理解できた。だから疑問が解決したこの後の返事は、「はい」だろうとニヤニヤが止まらないズオウだったが……。
「元巫女姫としては穢れに苦しんでいる人を放置しておく事はできません。ですが、私はもう既に帝国の民であり、巫女姫と同様の神子という特別な地位をいただいております。ですので、一度皇帝陛下に相談させていただきたく思います」
まさかの言葉に目を丸くするズオウ。コトハも無表情で告げた。