コトハはこの首飾りに見覚えがあった。そう、両親が亡くなるときに持っていたと言われていた蒼玉の首飾りとそっくりなのである。
「これは……宝石でしょうか?」
差し出された首飾りにまず反応したのはパウルだった。
「はい。あたしの村では
「そうなのか、コトハ」
隣にいたイーサンが、コトハを見る。彼女はアカネから手渡された首飾りを近くで見てから、驚いたように言葉を告げた。
「……一度長老から見せてもらった事があります。母の形見だったので、譲っていただけないかと相談したのですが……『亡くなった者が持っていた物は穢れているから』と、巫女姫である私には持たせられない……と以前言われました。どうしてこれを……?」
コトハは不思議そうに首を傾げてアカネを見た。
「コトハ様が牢へと入れられる前に、屋敷内で拾いました。最初は誰かの落とし物だろうと思って……ポケットへと入れっ放しになっていたのですが……偶然長老の話を聞いてしまったのです……長老は蒼玉が無くなった事に気づいて、話していたのですが『あんな高価な物をあの娘に与えるなんて勿体無い』と呟いておりました……蒼玉はあちらで非常に高価な物ですから、逃げる際に使えるものは渡さない、とも……」
段々声が小さくなっていくアカネ。きっとその意味を理解しているのだろう。申し訳なさそうに話す彼女にコトハは微笑んだ。
「薄々……そうではないかと心の中では思っていたのよ、アカネ。だから私の事は気にしなくて大丈夫よ」
「コトハ様……」
アカネは頭を左右に振った後、再度言葉を紡いだ。
「幸いな事に蒼玉を探す者はおりませんでしたので、時を見てコトハ様にお見せしようと思っていたのですが……その前にコトハ様は牢へ入れられてしまい……そしてあたしも村を追い出されたので見せることができずに、転移をしたようです。こちらは……お返しします」
そう告げたアカネは手に持っていた蒼玉をコトハに手渡そうとする。チラリとパウルを一瞥すると、彼は首を縦に振ってくれたので、コトハはおずおずと蒼玉を受け取る。受け取った蒼玉はヒンヤリとしていて、少し緊張でほてっていた身体を冷やしてくれるようだ。
蒼玉を持つ手が震える。
今までコトハの手元に残る物などひとつもなかった。両親が亡くなった時でさえ、多忙なコトハに代わってという大義名分で、全ての管理を長老が行なっていた。ほぼ全てを処分した、と聞いてコトハは愕然とした事を覚えている。
まさかこの場所で、亡き母の形見が見られるとは思っていなかった。涙目になるコトハの肩にイーサンが優しく触れると、コトハは彼へと顔を向ける。イーサンは彼女の手のひらにある蒼玉を優しく手に取り、コトハの首へとかけた。
彼女の胸で光り輝く蒼玉。心なしか、先程アカネが持っていた時よりも綺麗に輝いているように見えた。
大好きだった母と父を思い出していたコトハだったが、こほん、という咳払いで我に返る。咳払いをしたのは、パウルだ。
「コトハ様、大変申し訳ないのですが、次の話へ進めさせていただいてもよろしいでしょうか? ご両親の形見であるのは重々承知しているのですが……やはりズオウという男について、もう少し話し合いをさせていただきたく思いまして」
「いえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。話を進めてください」
パウルは頭を下げて、感謝を示した後、手に持っていた書類を見ながら話し始めた。
「そのズオウ、という男ですが……コトハ様を返せと告げた後に、少量の血を吐いたそうです。その後、遺跡近くにある街で診療を受けたそうですが、身体に異常はないと診断されました。そして昨日から、馬車で移動を開始しております。現在、彼を見た医師が馬車に同伴している関係で、帝都に到着するのは明日の昼以降だと思われます」
早くて明日の昼には帝都に着くのだ、と聞いてコトハとアカネは唾を飲む。その緊張感を感じ取ったのか、ファーディナントは腕を組んで告げた。
「もしそのズオウ、という男に会いたくないのであれば、コトハ嬢にはカルサダニア王国のオーガスタに匿ってもらう事もできる。勿論、アカネ嬢と共にだ。だが、俺個人としては……そのズオウという男が、二人の知っている者たちであるのかを確認してほしい」
「皇帝陛下!」
イーサンは兄であるファーディナントを睨みつける。だが、その睨みもどこ吹く風だ。
「イーサンの懸念も理解はしているが、迷い人の身分が分かるのであれば、それに越した事はないからな」
「ですが……!」
またもや兄へと突っかかろうとしたイーサンだったが、思わぬ人物に止められる。コトハであった。
「イーサン様、大丈夫です。私、あの方とお会いしようと思います」
以前はズオウ様、と呼んでいたコトハだったが、もう既に婚約も解消された上にあの扱い。名前を呼ぶのも躊躇われたため、彼女は年寄衆がズオウをあの方と呼んでいた事を思い出して、そう告げた。
イーサンは呼び名に気づいたのか、はっと息を呑む。そして続けて話し出す。
「私が刑を執行された時、あの方から転移陣は一方通行で、五ッ村には戻れないと聞いていました。ですが……あの方は、私を返せ、と言っている。つまり、私を連れて返る算段があるのではないでしょうか? どのようにここへと来たのかが、少々気になるのです」
そう告げると、イーサンは思い至る事があったらしい。
「先程ヘイデリクやマリさんが、『祝福のない迷い人』と言っていたな。それが関係しているのだろうか」
「イーサン、ちなみ祝福のない迷い人とはなんだ?」
「転移陣を通る者に与えられる祝福……まあ、能力の一種を得られない人の事です。よく考えてみて下さい。転移したマリさんやコトハ、アカネ嬢は違う国から来ている筈なのに、何故我々と同じ言葉を話しているでしょうか」
「なるほど、それが女神の祝福というわけか……」
ファーディナントはイーサンの話に納得したらしく、首を縦に振って頷いている。その一方で、血の気が引いている者もいる。アカネだ。
「コトハ様。もしかして五ッ村で発生している『穢れ』で病人が出た可能性もありませんか……?」
穢れの体内侵食による影響のひとつとして、喉の痛みがある。古文書によると、最初は軽度の痛みであるが、時間が経つと血を吐く事もあると書かれていた。ズオウにその症状が見られたという事は……きっと穢れが浄化できずに溜まってしまっているのだろう。
「その可能性が高いでしょう」
アカネの言葉にコトハが頷けば、イーサンは憤慨した。
「本当に、必要ないと追放しておいて今更だと思うが……コトハ。少し気になるのだが……その『穢れ』というものは、そんなにも早く溜まるものなのだろうか?」
イーサンは首を捻る。その言葉に同意したのはパウルだった。
「私もイーサン様の考えに同意します。人の負の感情が穢れの原因になる事は理解しましたが、そんなに直ぐ身体に影響が出るほどにまで成長するものなのでしょうか? まあ私は穢れ発生の仕掛けについては又聞きなので、完全に理解できている訳ではありませんが……」
「ふむ、もしかしたら何か原因があるのかもしれないな」
ファーディナントの言葉にコトハは首を縦に振った。
「私もそれが気になりましたので、あの方に確認をさせていただきたいのです。現在はこの国で神子の地位をいただいてはいますが、五ッ村は私の故郷でもありますので」
「ならば、ズオウという者への聞き取りはコトハ嬢にお願いしよう。時間はパウルが調整し次第、連絡する」
「ありがとうございます」
そうコトハが告げれば、ファーディナントとパウルは残っている仕事に取り掛かると言う。イーサンとコトハ、アカネとジェフは部屋から退出した。その後、ジェフも訓練があるからと別れた。
コトハはイーサンに話しかけようと、彼へと顔を向けると……イーサンの表情は暗く、眉間に皺が寄っている。「イーサン……?」と心配したように彼女が声をかけると、彼は縋るような瞳でコトハを見て告げた。
「もし……コトハが故郷へ帰る事ができるのなら、村へと戻――いや、なんでもない」
彼は無意識に出た言葉を強制的に止めた後、「すまない、俺は先に帰る」と告げて、彼女たちの元から去っていった。