「穢れによる疫病……確か、穢れとは人間の負の感情によって発生するものだったか? いまいちピンと来ないのだが……」
ファーディナントが眉間に皺を寄せる中、イーサンが口を挟む。
「俺は火から出てくる煙、を想像していた。煙を吸い続けると、咳が出たり息苦しくなる。それと似た様なものだと思っている。まあ、身体にとって有害なものである事は間違いないだろうな」
「なるほど、煙か。それなら何となく分かるな。まあ、全てを知る必要はないか。穢れは人の負の感情によって現れ、巫女姫と呼ばれる浄化の力を持つ者が浄化している、という事で良いのだろう」
ファーディナントの話に、ジェフも何となく理解したようで首を上下に軽く振りながら、相槌を打っている。コトハはその認識で間違っていないと示すために、頷いた。
「はい。負の感情により発生した穢れは、水を好むため集落近くにある泉へと溜まります。それを浄化するのが巫女姫の仕事でした。そして私は巫女姫として、日々穢れを浄化しておりました。私が巫女姫だった時に、彼女……アカネは側仕えとして、色々と手助けしてくれたのです」
「ああ、そこまでは我らも話を聞いたな。確か一年ほど前に流行った疫病の原因は、最終的に穢れだとされたのだろう? そして穢れを浄化できていないと判断されたコトハ嬢が、偽巫女姫として追放され、代わりに新たな巫女姫が誕生した……これで相違ないか?」
「その通りです」
彼の言葉を肯定した後、自分の代わりに報告してくれたイーサンの心遣いを有り難く感じた彼女は、彼を一瞥する。すると偶然イーサンと視線が合った。視線が交わる事でふたりだけの世界が現れるかと思われたが、それを終わらせたのはファーディナントだ。
「だが、今頃になって何故……いや、コトハ嬢が巫女姫である事は確実だ。もしそれで嘘を付いていたのなら、転移陣は使えないだろうからな。つまり、新たな巫女姫は浄化の力を持っていない、と考えられるな」
「浄化の力が使えなければ、穢れは溜まる一方なのですよね? コトハ様の故郷……
「コトハを追放しておいて、今更だな」
鼻を鳴らすイーサン。彼の中で怒りが燻っているようだ。
「ちなみにコトハ嬢、そのズオウという男は誰だ?」
「現長老の息子です。長老は五ッ村の役職なのですが、村の最高指導者です。 長老は世襲制ですので……彼は次期長老でした。そして、私の元婚約者でもありました」
「成程。権威付けのための婚約ですね」
パウルの告げた言葉は、二人の元婚約関係を正しく表しているようにコトハは思う。結局村を守護する巫女姫という
過去を思い出す事に胸が痛むかと思っていたが、思った以上にコトハの心は凪いでいる。
「仰る通りです。その婚約も私が偽物だと長老が判断し、私を牢に入れた時点で破棄されています」
「その長老とやらは、きちんと裏付けを取ったのだろうか……いや、取っていないからコトハ嬢が追放されたのだろうな」
一連の流れに納得したファーディナントは、腕と足を組んで座り直す。
「ふむ、なんとなく経緯は理解した。ちなみにアカネ嬢は、コトハ嬢が牢に入っていた時、どうしていたのか教えてもらえるだろうか?」
ファーディナントはアカネに話を振る。コトハとしても、その話を聞けるのであれば聞きたいのだが……先程から少々血の気が引いているアカネの事が心配だった。大丈夫か、と声をかけようとしてコトハは口を噤んだ。ジェフがアカネの手を優しく握っており、二人が目で会話をしている様に見えたからだ。
アカネはジェフの行動が心強かったのか、少しずつではあるが話し始めた。
「少々その頃の記憶が曖昧なので、覚えている事だけをお話しさせて下さい。あたしは……コトハ様が牢へと入れられたと聞き、長老様へと直談判を行いました。ご存知かは分かりませんが……あたしも穢れを見る事ができまして……あ、ですが浄化はできません。長老様へ、『穢れはコトハ様が浄化している。もう少し調査をしてほしい』と訴えたのです……」
涙目になって話すアカネの背をさすっているのは、ジェフであった。彼は心配そうな瞳をアカネに向けている。そんな中、コトハはズオウの言葉を思い出していた。アカネはコトハを巫女姫だと主張しただけではなく、一族の宝である宝玉を盗んだ、と言う話を。
背中をさすられて落ち着いてきたらしいアカネは、話を続けた。
「コトハ様は……ご存知ないかもしれませんが、穢れを浄化する際、湖面が一瞬光るのです。浄化された穢れの量によって光量は変化しますが……その光はあたし以外の村人にも見えているはずなのです。以前話した時に、『光っていて綺麗だ』と言っていた村人が多々おりましたので……」
その言葉にコトハは目を見張った。いつも浄化する際は目を瞑っていたから、彼女が知らなくて当然だった。初めての事実に驚愕しつつも、続けて話すアカネの言葉に耳を傾ける。
「原因不明の疫病が流行った際にも、コトハ様が泉を浄化すれば湖面が淡く光っていました。あたしはそれを根拠に、長老様へ再調査の依頼をしたのですが……何故か長老様には取り合ってもらえず……あたしの意見は聞き入れてくれないどころか……いつの間にか、反逆者にされていて……村から……追放されたのです」
その言葉に全員が息を呑んだ。
「あたしは多分、コトハ様が転移した直後……に村から追い出されました。最初は山を降りて、近隣にある大国へと向かっていたのですが……歩いているうちに……誰かに殺されそうになって……いつの間にか……コトハ様と同じ遺跡に足を踏み入れていたのです。最終的にあたしは……転移陣の上で黒装束の人物に刃物を向けられて……思わず目を瞑って……」
その光景が頭に思い浮かび、コトハは胸が痛んだ。多分ズオウは彼女がこの様な目に遭う事を知っていたから、「のたれ死んでいる」と言ったのだろう。眉間に皺が寄るコトハだったが、それ以上に衝撃的な言葉がアカネの口から発せられた。
「目を開いたら……女神アステリア様の元にいたのです――」
「女神……アステリア様の元に?!」
全員がアカネの言葉に驚いていたが、一番驚いていたのはジェフだ。彼は目をまん丸に見開き、無意識に叫んでいたのか慌てて口元を手で押さえる。
「許可なく声をあげてしまいました。申し訳ございません」
罪悪感を感じていた彼がそう頭を下げると、ファーディナントが首を左右に振って返す。
「我が最初に無礼講だ、と言っているから問題ない。女神アステリア様の元に居たと聞いて我も驚いている。その点を詳しく教えて欲しい」
そう声をかけられたアカネは言葉を紡ぐ。
「女神様から聞いた話は正直あまり記憶に残っておりません。気づいたら……真っ白い部屋にあたしが座っていたのです。そこで覚えているのはコトハ様がサザランド大陸の……アーガイル帝国に転移した事という話だけです。多分他にも話をされているとは思いますが……記憶にありません」
「そうか」
「何故……あたしがこの国に来られたのかは分からなくて……あ、もしかして……」
何かを思い出したのか、アカネはスカートの右ポケットに手を入れた。そしてポケットに入っていた何かを取り出して見せた。彼女の手の上に置かれていたのは、
思わずコトハは顔を上げてアカネへと視線を向けた。