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第57話 五ッ村

「穢れによる疫病……確か、穢れとは人間の負の感情によって発生するものだったか? いまいちピンと来ないのだが……」


 ファーディナントが眉間に皺を寄せる中、イーサンが口を挟む。


「俺は火から出てくる煙、を想像していた。煙を吸い続けると、咳が出たり息苦しくなる。それと似た様なものだと思っている。まあ、身体にとって有害なものである事は間違いないだろうな」

「なるほど、煙か。それなら何となく分かるな。まあ、全てを知る必要はないか。穢れは人の負の感情によって現れ、巫女姫と呼ばれる浄化の力を持つ者が浄化している、という事で良いのだろう」


 ファーディナントの話に、ジェフも何となく理解したようで首を上下に軽く振りながら、相槌を打っている。コトハはその認識で間違っていないと示すために、頷いた。


「はい。負の感情により発生した穢れは、水を好むため集落近くにある泉へと溜まります。それを浄化するのが巫女姫の仕事でした。そして私は巫女姫として、日々穢れを浄化しておりました。私が巫女姫だった時に、彼女……アカネは側仕えとして、色々と手助けしてくれたのです」

「ああ、そこまでは我らも話を聞いたな。確か一年ほど前に流行った疫病の原因は、最終的に穢れだとされたのだろう? そして穢れを浄化できていないと判断されたコトハ嬢が、偽巫女姫として追放され、代わりに新たな巫女姫が誕生した……これで相違ないか?」

「その通りです」


 彼の言葉を肯定した後、自分の代わりに報告してくれたイーサンの心遣いを有り難く感じた彼女は、彼を一瞥する。すると偶然イーサンと視線が合った。視線が交わる事でふたりだけの世界が現れるかと思われたが、それを終わらせたのはファーディナントだ。


「だが、今頃になって何故……いや、コトハ嬢が巫女姫である事は確実だ。もしそれで嘘を付いていたのなら、転移陣は使えないだろうからな。つまり、新たな巫女姫は浄化の力を持っていない、と考えられるな」

「浄化の力が使えなければ、穢れは溜まる一方なのですよね? コトハ様の故郷……五ッ村ごつむらがもし現在、穢れが原因による疫病が発生していたと仮定しますと……新たな巫女姫はそれを浄化する事ができていないという事かもしれません。つまり、そのズオウと名乗る男は、真の巫女姫であるコトハ様を連れて帰ろうとしている、と想定できますね」

「コトハを追放しておいて、今更だな」


 鼻を鳴らすイーサン。彼の中で怒りが燻っているようだ。


「ちなみにコトハ嬢、そのズオウという男は誰だ?」

「現長老の息子です。長老は五ッ村の役職なのですが、村の最高指導者です。 長老は世襲制ですので……彼は次期長老でした。そして、私の元婚約者でもありました」

「成程。権威付けのための婚約ですね」


 パウルの告げた言葉は、二人の元婚約関係を正しく表しているようにコトハは思う。結局村を守護する巫女姫という装飾品権力を欲しがった長老やズオウにとっては、コトハの存在はその程度のものだったのだろう。

 過去を思い出す事に胸が痛むかと思っていたが、思った以上にコトハの心は凪いでいる。


「仰る通りです。その婚約も私が偽物だと長老が判断し、私を牢に入れた時点で破棄されています」

「その長老とやらは、きちんと裏付けを取ったのだろうか……いや、取っていないからコトハ嬢が追放されたのだろうな」


 一連の流れに納得したファーディナントは、腕と足を組んで座り直す。


「ふむ、なんとなく経緯は理解した。ちなみにアカネ嬢は、コトハ嬢が牢に入っていた時、どうしていたのか教えてもらえるだろうか?」


 ファーディナントはアカネに話を振る。コトハとしても、その話を聞けるのであれば聞きたいのだが……先程から少々血の気が引いているアカネの事が心配だった。大丈夫か、と声をかけようとしてコトハは口を噤んだ。ジェフがアカネの手を優しく握っており、二人が目で会話をしている様に見えたからだ。

 アカネはジェフの行動が心強かったのか、少しずつではあるが話し始めた。


「少々その頃の記憶が曖昧なので、覚えている事だけをお話しさせて下さい。あたしは……コトハ様が牢へと入れられたと聞き、長老様へと直談判を行いました。ご存知かは分かりませんが……あたしも穢れを見る事ができまして……あ、ですが浄化はできません。長老様へ、『穢れはコトハ様が浄化している。もう少し調査をしてほしい』と訴えたのです……」


 涙目になって話すアカネの背をさすっているのは、ジェフであった。彼は心配そうな瞳をアカネに向けている。そんな中、コトハはズオウの言葉を思い出していた。アカネはコトハを巫女姫だと主張しただけではなく、一族の宝である宝玉を盗んだ、と言う話を。

 背中をさすられて落ち着いてきたらしいアカネは、話を続けた。


「コトハ様は……ご存知ないかもしれませんが、穢れを浄化する際、湖面が一瞬光るのです。浄化された穢れの量によって光量は変化しますが……その光はあたし以外の村人にも見えているはずなのです。以前話した時に、『光っていて綺麗だ』と言っていた村人が多々おりましたので……」


 その言葉にコトハは目を見張った。いつも浄化する際は目を瞑っていたから、彼女が知らなくて当然だった。初めての事実に驚愕しつつも、続けて話すアカネの言葉に耳を傾ける。


「原因不明の疫病が流行った際にも、コトハ様が泉を浄化すれば湖面が淡く光っていました。あたしはそれを根拠に、長老様へ再調査の依頼をしたのですが……何故か長老様には取り合ってもらえず……あたしの意見は聞き入れてくれないどころか……いつの間にか、反逆者にされていて……村から……追放されたのです」


 その言葉に全員が息を呑んだ。


「あたしは多分、コトハ様が転移した直後……に村から追い出されました。最初は山を降りて、近隣にある大国へと向かっていたのですが……歩いているうちに……誰かに殺されそうになって……いつの間にか……コトハ様と同じ遺跡に足を踏み入れていたのです。最終的にあたしは……転移陣の上で黒装束の人物に刃物を向けられて……思わず目を瞑って……」


 その光景が頭に思い浮かび、コトハは胸が痛んだ。多分ズオウは彼女がこの様な目に遭う事を知っていたから、「のたれ死んでいる」と言ったのだろう。眉間に皺が寄るコトハだったが、それ以上に衝撃的な言葉がアカネの口から発せられた。


「目を開いたら……女神アステリア様の元にいたのです――」

「女神……アステリア様の元に?!」


 全員がアカネの言葉に驚いていたが、一番驚いていたのはジェフだ。彼は目をまん丸に見開き、無意識に叫んでいたのか慌てて口元を手で押さえる。


「許可なく声をあげてしまいました。申し訳ございません」


 罪悪感を感じていた彼がそう頭を下げると、ファーディナントが首を左右に振って返す。


「我が最初に無礼講だ、と言っているから問題ない。女神アステリア様の元に居たと聞いて我も驚いている。その点を詳しく教えて欲しい」


 そう声をかけられたアカネは言葉を紡ぐ。


「女神様から聞いた話は正直あまり記憶に残っておりません。気づいたら……真っ白い部屋にあたしが座っていたのです。そこで覚えているのはコトハ様がサザランド大陸の……アーガイル帝国に転移した事という話だけです。多分他にも話をされているとは思いますが……記憶にありません」

「そうか」

「何故……あたしがこの国に来られたのかは分からなくて……あ、もしかして……」


 何かを思い出したのか、アカネはスカートの右ポケットに手を入れた。そしてポケットに入っていた何かを取り出して見せた。彼女の手の上に置かれていたのは、蒼玉あおだまの首飾りであった。焦茶色の革紐の先端に、親指の爪よりひとまわり小さい蒼玉がついている。

 思わずコトハは顔を上げてアカネへと視線を向けた。

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