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第53話 定例儀式

 その後イーサンとコトハは、私的な場所ではお互いを呼び捨てで呼ぶようになった。特に座学では――。


「イーサン、ここに住んでいる方たちはどのように生計を立てているのでしょうか?」

「ああ、この村はエスティの森と接していてな。狩りで生計を立てている者も多い。だが、全員ではないはずだ。この村の北側は畑になっていて、収穫した農作物を出荷する者もいるな」


 以前であれば真ん中に一人分隙間が空いていたのだが、現在では肩を寄せ合って話している。だからだろう。マリとヘイデリクもレノと同様に「二人は付き合い始めたのでは?」と勘違いしたほどだ。イーサンを問い詰めた際、彼から「付き合ってはいない」と言われ、目を丸くしたくらいだった。


「……あれでか?」

「そうみたいね……」


 と二人の間でやり取りがあるほど、コトハとイーサンの距離は近づいていた。


 そして前回の儀式から三ヶ月が過ぎた頃。三ヶ月に一度行われている儀式の日になった。待合室となっている礼拝堂へ出てみると、以前と比べて儀式を受ける人の数が圧倒的に少ない。内心驚きながらも挨拶をしてから部屋へと戻り、レノへ尋ねた。


「レノ様、以前と比べて儀式を受ける方が少ないですね」

「ああ、年の後半よりも、年の前半で儀式を受ける人が多くてねぇ。その影響かセテン9月デセン12月は人が少ないんだよ」

「そんなに差があるのですね……」

「この時期は寒いからねぇ……寒くなる前に儀式を受けたいって人が多いのかもしれないねぇ」


 そんな会話を終える頃、今回教会から派遣された司祭が参加者を連れてくる。もう何度も行い慣れた手順で、コトハは今日も参加者の儀式を行なっていく。しかし人数が少なかったためか、儀式もすぐに終わってしまう。

 レノ曰く、定例儀式は昼までと時間を定めてあるので、その時間まではここで待機をするそうだ。「今年も少なかったねぇ〜、お嬢ちゃんもここに来たら?」なんて言いながら、レノは待機スペースで紅茶とお菓子をつまんでいる。

 最初は遠慮していたコトハだったが「休んでいて良いですよ」と司祭にも言われたので、大人しく座った。そこからレノと喋ったり、事前に持参していた本を読んだりと、自由な時間を過ごしていた時、扉を叩く音が耳に入った。


「最後に一人、参加者が来たのでお願いできますか?」

「はい、どうぞ」

「では、私は外の片付けをして参りますので、儀式をよろしくお願いいたします」


 そう言って司祭は出ていく。その後すぐに入ってきたのは、見た事のない服を着た男性だった。正確に言えば、以前カルサダニア王国に同行してきたヘイデリクの格好が近いだろうか。

 帽子、手袋、そして靴やマントに至るまで、全て黒地で統一されている。唯一黒でない物といえば、服に使用されているボタンくらいだろうか。金色であるため、黒地の服にはよく映えていた。佇まいや雰囲気はイーサンに似ている……かもしれない。

 初めて見る服をじっと見ていたコトハだったが、後ろから見覚えのある男性が現れたことに気づいた。それはレノも一緒だったらしい。


「おや、イーサン様。どうしたんだい?」

「ああ、ここに来る時に偶然ジェフと会ったんだ。俺はこれを渡そうと思ってな。ジェフの儀式が終わるまで、礼拝堂で待たせてもらうことにする」


 どうやら儀式を終えたコトハへ贈り物を持ってきたらしい。イーサンはそう告げるとジェフに軽く声をかけてから、部屋を出ていく。それを見届けたコトハが、ジェフを椅子に案内するが、彼は緊張しているのか動きが硬かった。そして開口一番こう告げたのだ。


「あの……僕の番、見つかりますか……?」


 血の気が引いた顔でそう告げるので、話を聞いてみると、彼はジェフ・モファット。帝国の軍部に所属する若兵らしい。昨年までカルサダニア王国にある大使館で勤務していたため、初めての儀式をカルサダニアで行ったとの事。だが、そこでは番が判らなかったという。

 そんな事がイーサン以外にもあるのか、と思ったコトハはレノへ顔を向ける。彼女曰く、ごくわずかではあるが、まだこの世に生まれていないという人も時にはいるらしい。レノも今までで一度だけ、儀式者の成人時に番が生まれておらず、翌年に判明したという者がいたという。


「だから、そんな思い詰めた表情をするもんじゃないよ。もしかしたらここでお前さんの番が分かるかもしれないだろう? だって、ここにいるのは大陸一の神子さね」


 ジェフは縋るような瞳でコトハを見る。


「そうお聞きして、藁にも縋るような思いでこちらに来たのですが……見つけてもらえませんか?!」

「……絶対に、とは言い切れませんが、全力を尽くしますね」

「ありがとうございます!」


 レノとコトハの言葉に緊張を解したジェフは姿勢を正す。そしてコトハは普段の儀式と同様に宝玉へと力を込めた。


 浮かび上がる番の情報。これは彼に良い話が伝えられそうだ、と胸を撫で下ろした彼女だったが、その情報の内容に身体が強張る。ジェフの番は、コトハが人だったからだ。

 まさか……と思い、浮かび上がっている他の情報を確認するが、その情報全てがを指している。困惑、歓喜、安堵……様々な思いが混ざり合い、感情が喉まで込み上げてきたのだが、最後に映った彼女の様子でコトハは我に返った。


 普段であれば、目を開けてすぐに相手に番の情報を告げるのだが、今のコトハにはそれをしている余裕は無かった。何故なら、最後に映った彼女ジェフの番の顔は顔面蒼白、見覚えのある遺跡の床にグッタリと倒れていたからである。


 コトハはジェフに何も言わずに立ち上がり、礼拝堂で待っているイーサンの元に駆けつけた。顔から血の気が引いていく。

 扉が乱暴に開く音に驚いたイーサンだったが、その中から現れたコトハの顔を見て、更に目を見開いた。そして彼女はイーサンの胸へと飛び込み、思い切り服を掴んだ。

 後ろから驚いた様子のレノとジェフがやってくる。そして、大きな音に驚いた司祭も「何事か」とイーサンの周りへ集まった。


「コトハ、どうした?」


 そうイーサンが声をかけると、コトハが顔を上げる。その目には涙が溜まっていた。


「イーサン、アカネが……!」


 アカネ、という名前でイーサンはすぐに思い出す。


「アカネさんは確か故郷にいた時の側仕えの子だったか? 彼女がどうしたんだ?」

「アカネが……遺跡に……傷だらけで……!」


 言葉に詰まりながらも、涙ながらに話すコトハ。それを聞いて、言いたいことを理解したイーサンはコトハに話しかけた。


「もしかして、アカネさんがジェフの番なのか? そして彼女は今遺跡にいるという事で合っているか?」


 言いたい事を全て言ってくれたイーサンにコトハは何度も首を縦に振る。


「ちなみに遺跡は、コトハが転移してきたパーン遺跡で合っているか?」

「多分……そうではないか……と思います」


 その瞬間、レノが声を上げる。


「あたしゃ、マリとヘイデリクに声をかけてくるさね」

「レノ様、お願いします! 俺は宰相様に声を、司祭様は念の為女性医師に声をかけてきてくれ! 終わり次第北広場に集合だ! ジェフは先に向かえ!」


 そう言って全員が走り出した。


 そして、北広場に集まったのはマリ、ヘイデリク、パウル宰相ファーディナント皇帝だった。パウルは礼拝堂にいた全員もここに集まった事を確認すると、その場にいる者たちへと向けて話し出す。


「先程、守護人の代わりを勤めているベイリック殿より速達が届きました。パーン遺跡の転移陣に女性が倒れていたと。その女性は命に別状はないと、リビー殿は判断しておりますが……相当身体が弱っていると思われますので、こちらから医師を派遣する事になりました」


 ファーディナントがパウルの言葉の後に続く。


「ヘイデリクとマリはこちらで待機してくれ。何かあればこちらで指示を出す。レノ様も同様に待機をお願いしたい。イーサンはコトハ様を連れて、遺跡へ行け。その女性が彼女の言うアカネ嬢なのか、確認をして欲しい。お願いできるだろうか、コトハ様」

「勿論です」


 コトハはファーディナントの言葉に頷く。それと同時に後ろにいた者たちも頷いた。


「そしてジェフ、お前は女性医師を連れて向かえ。番のためならできるだろう?」

「承知しました」


 そして遺跡へ向かう者たちが全員竜化し、女性医師とコトハはそれぞれジェフとイーサンに乗る。


「任せたぞ」


 そう告げるファーディナントにコトハが頷くと同時に、全員が一斉に飛び立った。

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