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第47話 挙動不審な二人

 オウマ王国での仕事も終わり、帝国へと帰国した一行。それから数日……。


 ヘイデリクはニックに呼び出され、眉間に皺を寄せていた。

 現在は外交官室長室。仕事がひと段落したらしいイーサンだが、珍しく机に突っ伏して微動だにしない。ニックへと顔を向けると、彼も困惑した表情で肩を竦めた。


「帰ってきてからずっとこんな状態で。仕事に支障はないから良いけど、外交官室の皆が心配しててねぇ……きっと帰国中に何かあったのだろうけど、知ってる?」

「……そう言えば、昨日は休憩に来なかったな」


 昨日は帰国して初めての座学があった。マリとヘイデリクは帝国で仲睦まじかった様子を見ていたので、てっきり休憩中にイーサンが来るものだと思っていたが来なかったのである。コトハも心なしか元気がないように見えたのは気のせいではなかったのかもしれない、とヘイデリクは考えた。

 騎乗して帰る際は、普通だったような気がしたのだが……。ともかく、話を聞いてみないといけないと考えた彼はイーサンに声をかけた。


「イーサン、どうしたんだ?」

「……ああ、ヘイデリク……俺はやってしまったんだ……」


 その後また突っ伏してしまう。


「聞いてもこれだけしか喋らなくて……」

「ふむ」


 ヘイデリクは考える。イーサンが正気せいきの抜けている状態になるくらい衝撃的な事があったのだろうと。だが、本人に聞こうとしても無理そうだ。ならば……。


「済まないが、ちょっと時間を貰えないだろうか? 仕事で腑抜けているのなら問題であろうが、仕事はきちんとこなしているんだろう?」

「まあ、そうだねぇ」

「別口から確認してみよう」

「おお! お願い〜。ちょっと僕たちもこんな室長に慣れてないからさぁ。助かるよ」


 二人がそんな会話を交わしていた一方。

 座学の休憩中だったマリとコトハ。


 今日のコトハも挙動不審だった。普段であれば落ち着いてお茶を飲んでいる彼女だったが、今は扉に何度も視線を送っている。マリの予想が合っていれば、コトハはイーサンが来るかどうかを気にしているのだろう。

 マリはヘイデリクがニックに呼ばれたと聞いて、イーサンも似たような状態なのだろうなと考える。この二人の事だ。正直このままだったらいつまで経っても、前に進まない気がしてくるのだ。

 だから彼女はコトハへ話を切り出した。


「コトハさん、今日もそわそわしているようだけれど……イーサン様と何かあったの?」

「え?!」


 明らかに彼女は動揺している。これは何かあったな、と思ったマリはコトハに優しく尋ねてみる。


「もし良かったら、私に話してみない? 話す事で気持ちも落ち着くかもしれないわ」

「……私、そんなにソワソワしているように見えますか?」

「うーん、挙動不審、と言った方が良いかも?」

「……そうですか……」


 コトハはマリの顔と自分の手元に視線を行ったり来たりさせる。そして意を決した彼女は膝上に置いていた手をぎゅっと握りしめてから、マリの顔を見た。そしてポツポツと話し出す。彼女の言葉を聞き逃さないように、相槌を打ちながら聞いていたマリは、オウマ王国であった出来事を聞いて、「なるほどね」と呟いた。


 まず、恋愛に関しては少し臆病になっている(ような気がする)イーサンが、コトハへと愛の言葉を囁いた事に驚いた。

 まあ、最近の二人はマリから見ても仲睦まじく見える。そもそもコトハもイーサンに好意を抱いていると思っていた。そんな二人が誰もいないバルコニーで踊ったのだ。月の光の下での愛の告白は、ロマンティックではあると思う。だけど彼女の様子を見て、照れているだけと判断するのは早計だと思った。


「告白の返事はしたの?」

「いえ、してません。その後すぐに部屋に戻るよう言われたので……」

「……ヘタレか」

「何か言いましたか?」

「あら、ごめんなさい。何でもないわ」


 ほほほほ、とマリが笑いで誤魔化すと、コトハはそれで納得したらしく「そうですか……」と告げて、下を向く。


「私、神子として働いてから……番について分かったつもりでいました。でも本当に理解しているかと言えば……正直分かりません。もし、私がイーサン様の番でなかったら、こんなに好きになってもらっていないんじゃないかと思って……」

「分かるわ。番というものがない私たちにとって、それを本当に理解する事は難しいわよね」


 きっとコトハは不安なんだろう、とマリは判断した。元々彼女は冤罪で追放の刑を受け、この土地に来たのだ。ここに来てから他者と一線引いていたが、きっと故郷で人を信じられなくなったからこその自衛行動だったのだろう。

 けれども、彼女は前向きに進んでいた。イーサンも彼女の事を考えて距離を縮めていったのだ。それが功を奏して、コトハも人との距離が少しずつ近くなっても怖がらなくなった……ただ、愛の告白はまだ早かったのかもしれない。


 しみじみと告げるマリに、「マリさんも……?」と首を傾げるコトハ。マリはそんな様子のコトハを見て、笑いながら言う。


「勿論よ。私も迷い人で人族だったからね。以前いた日本で番が現れる物語はあったけれど、実際私たちには番なんていなかったもの。私だってヘイデリクが番だと認識できたのは、結婚した後だったわ」

「そうなんですね」

「うん。だから、コトハさんの気持ちは分かるつもり。私もそれで悩んだわ」

「……え、マリさんも、ですか?」

「ええ。だって私とデリクの出会い、覚えてる? いきなり抱きしめられたのよ? ちょっと怖くない?」


 マリはコトハから視線を外して、遠くを見る。過去を思い出しているのだろう。

 以前教えてもらった話を思い出す。マリとヘイデリクの初めての出会いは転移陣の上。彼の父から守護人を引き継ごうとしていた時に現れたのが、マリ。そして目が合った瞬間番だと理解した彼が、マリを抱きしめたという話だったはずだ。

 イーサンがもしヘイデリクと同じ行動をしていたら、コトハもイーサンを怖がっていただろうと思う。

 マリはコトハの方へ顔を向けると、頬に手を当てて続きを話し出した。


「相当悩んだわ。この人でいいのかしら? って。でも、その時点で既にデリクに絆されていたから、最終的には自分の気持ちを大事にしようと思ったの。はっきり言ってしまえば、人族であるコトハさんが番について正確に理解するなんてできないわ。私も無理だったもの。だったら、番について理解しようとするんじゃなくて、自分の心に向き合って、どうしたいかを考えるといいと思うわ」

「自分の気持ち、ですか?」

「そうよ。分からないものは分からないで仕方ないと思うの。番がどんなものであるかの答えなんて、正確には女神様しか知らないと思うわ。でも、自分の気持ちなら分かるでしょう?」

「……そうですね」


 それなら分かるかもしれない、と思った。でも、自分の気持ちを理解するのであれば、追放されたあの時の事も含めて考えなくてはいけない。それを考えると少し胸が痛む。思わず眉間に皺が寄ってしまうが、マリはコトハの表情の変化に気がつかなかったようで話が続いた。


「まあ、でも無理して答えを出さなくていいとは思うわよ。イーサン様もコトハさんに対する愛が溢れたから言葉にしただけで、返事をもらうつもりもなかったのでしょうし」

「そうでしょうか……」

「ええ、もしかしてコトハさん。イーサン様に告白された事が嫌だった?」


 マリの言葉にコトハは首を振る。


「いえ、嬉しかったです! 嬉しかったのですが……色々思い出してしまって……」

「もしかして、過去のこと……?」


 コトハは少し狼狽えながらも頷いた。マリであれば、無理矢理聞いてくる事はないと思ったからだ。


「そっか。それは仕方ないわね」


 マリはそこで話を終わらせた後、部屋を出て行く。すぐに戻ってきた彼女はこう言った。


「じゃあ、今日はお終い。このまま休んだらいいわ。レノ様には許可を取ったから」


 そう告げられたコトハは、狼狽える。


「え、良いのでしょうか?」

「レノ様は問題ない、って仰ってたわ。むしろレノ様も、『他国に長居したら疲れたねぇ。お嬢ちゃんが休みなら、あたしも午後は休もうかねぇ。じゃあ、あたしは宰相にそれを伝えておくさ。お嬢ちゃんには休むように言っといてくれ』って言って、帰ってったわよ? 早いわねぇ〜」

「なら私もお言葉に甘えて、帰ります。あ、ですが……」


 ニックに呼ばれたヘイデリクが帰ってこない。彼が来るまで待とうとしたコトハを止めたのは、マリだった。


「ああ、大丈夫よ。私が待ってるわ。この部屋の鍵も宰相様に返せばいいらしいから、気にしないで」

「……ありがとうございます」

「良いのよ。ゆっくり考えてみて」

「はい」


 マリはニコニコと笑ってコトハを送り出す。彼女は笑顔のマリを見て、頭を下げて部屋を退室する。静まり返った部屋で、マリは一人呟いた。


「……気持ちの整理が辛いのよね……でもいつかは通らなくてはならない道。コトハさん頑張って……」


 迷い人であるマリは、もう帰れぬ故郷日本をふと思い出して、目を細める。そんな時にヘイデリクが部屋に入ってきたのだった。


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